決戦場

「なん、ですか……これ……」

 

 百合子達がヤタガラスの追跡、そして彼が向かっていたであろう方角に進み始めてから早数時間。太陽が沈んで茜色に染まる大地をヘリコプターから見下ろしていた百合子の口から、唖然とした声が出てくる。

 飛び続けていたヘリコプターが辿り着いたのは、とある『都市』。いや、だった、という過去形を付けるべきだろうか。そこは見るも無残な姿となっていたのだから。

 多くのビルが倒れ、瓦礫の山と化している。かつて多くの車両が走っていたであろう道は瓦礫で埋まり、恐らく陸路では、ただの人間だと奥まで進む事は出来ない。残っているビルも少なくないが、それらのビルの壁面には無数のツル植物が茂り、緑色に染め上げていた。

 当然ながら人気は全くない。それどころか動物の姿も気配もない有り様だ。これだけ荒廃していればクマやタヌキなどの獣がいそうであるし、鳥や虫なら人間が暮らしていても見られる筈。上空高くから見下ろしているのにそうした生き物が全く見付からないのは、奇妙さと同時に不気味さを感じさせる。

 この都市は何かが奇妙だ。いや、それ以前に此処は何処なのか。


「此処、何処かしら?」


「座標から判断するに、東京と思われます」


 百合子の抱いたそんな疑問(傍に座る茜も困惑した表情を浮かべているので同じ気持ちだろう)を真綾も抱いたらしく、ヘリの操縦士に訊いたところそんな答えが返ってくる。

 真綾はその答えに「あー東京なのね」と大した感情もなく答えたが、百合子と茜はそう簡単に割り切れない。二人は大きく目を見開き、百合子よりも早く我を取り戻した茜が動揺した口振りで問い詰めた。


「と、東京って、どういう事!?」


「どうもこうもそのままの意味よ。かつての日本の首都、東京。東京って言っても広いんだから、怪獣に破壊された場所だってあるわよ。この破壊の規模だと相当大きな怪獣が暴れたっぽいから、撃退出来なくても不思議じゃないし」


「それは、そう、だけど……」


 真綾に淡々と言い返され、茜は言葉を失ったように黙る。百合子としても何も言えない。確かに東京と一言でいっても、色んな地域がある。怪獣は首都だろうがなんだろうが構わず襲うから、東京で暴れ回っていてもなんらおかしくない。そしてその後破壊された都市が放置されているのも、今の日本の惨状を思えば致し方ないだろう。

 理屈の上では真綾の言う通りだ。けれどもそれだけで納得出来るほど、人間というのは合理的な生き物ではない。自分の国の首都、最も発展した都市が壊滅している姿を見るのは、精神的な動揺を誘った。

 百合子は一度深呼吸を行う。吐息の熱が外へと出れば、乱れた気持ちも少しは落ち着く。ここで自分が慌てふためいたり狼狽したりしたところで、起きてしまった現実は何も変わらないのだ。

 それよりも気にすべき事が別にある。


「……ヤタガラスは、此処を目指していたのですよね?」


 百合子達は、何も廃墟と化した東京の観光に来たのではない。ヤタガラスが目指している場所に先回りするべく進んだ結果、此処に辿り着いたのだ。

 そしてヤタガラスが目指しているのは、宇宙怪獣マレビドス。

 だとすれば、もしかすると此処にいるのかも知れない。地球の怪獣の殆どを自由に操れる、宇宙からの脅威が――――百合子の懸念を肯定するように、真綾はこくりと頷いた。


「ええ。あくまで発信機が示してるルートからの予測だけど、恐らく此処で間違いないわね」


「なら、いるんだね。あの宇宙怪獣が」


「その可能性が高いわ。さて、万一遭遇したらどうなる事か。なんやかんや私らが遭遇した時は何時もヤタガラスがいたから、そっちに気を取られてこちらへの反応とか皆無なのよね。だからどうなるか予想も出来ない。もしかしたら、こっちを見付けるやあの触手で襲い掛かってくるかもね」


 落ち着き払った口振りで、恐ろしい可能性を言葉にする真綾。もしマレビドスに襲われたらどうなるかなど、説明されずとも想像が付く。百合子と茜はぶるりと背筋を震わせる。

 話を聞いていたヘリコプターの操縦士も恐怖心が込み上がったらしく、身体を僅かに身動ぎさせた。とはいえ流石は元自衛隊員。メンタルは百合子達よりも遥かに丈夫なのか、はたまた最初からその可能性は織り込み済みか。恐らく両方の理由で平静を保つ。

 尤も、そんな彼でも――――ヘリコプターの真横を横切るように空から巨影が現れた時には、跳ねるように身体を震わせたが。当然百合子達はそれ以上に動揺し、百合子と茜は悲鳴を上げてしまう。


「きゃああああああっ!?」


「ひぁっ!? や、ヤタガラス!?」


「いえ、違います! これは――――」


 混乱する百合子達の叫びに答えたのは操縦士。

 ヤタガラスではないという事は……百合子の頭を過る無意識の考え。それが確信に変わったのは、本能的に窓から地上を覗いた時。

 ヘリコプターの真下に広がる廃墟に、緑色に光り輝くものが佇む。

 体長凡そ五十メートル。傘のような巨体と、その下から生える三角形の身体と六本の触手。そして下側に生える身体に備わる一つ目……数時間前に見たものとなんら変わらない姿がそこにあった。

 マレビドスだ。

 空から降りてきたマレビドスは、そのまま廃墟の上に着地。すれすれの低空を飛ぶのではなく、瓦礫を砕いていたので間違いなく地面に降りている。触手からも力を抜き、だらんと垂れ下がらせた。百合子の勝手な推測であるが、休憩中らしい。

 しかし眠っている訳ではなく、百合子達が乗るヘリコプターを、マレビドスはその一つ目でじっと見ていたが。


【……ピルルルルルルル……】


 唸っているのか、はたまたただの吐息か。意図が理解出来ないからこそ、マレビドスの声に百合子は背筋が凍る想いになる。

 幸いにしてマレビドスが百合子達の乗るヘリに襲い掛かる事はない。しばし見ていたが、その視線もやがて逸らされた。

 どうやらマレビドスは百合子達(正確には乗っているヘリコプターの方だが)にあまり興味がないらしい。ヤタガラス並の怪獣に攻撃されたらヘリなんて一溜りもないので、興味を持たれたかった訳ではないが……攻撃されないとそれはそれで百合子的には気になる。

 単なる気紛れか、なんらかの理由があるのか。一般人に過ぎない百合子がどれだけ考えても答えは出てこない。だが、怪獣研究の専門家ならば何か分かるかも知れない。


「襲い掛かって、きませんね……真綾さん」


 百合子は親友に、それとなく話を振る。

 ところが真綾は中々話し出さない。マレビドスの真意について考察してるのか、と思う百合子だったが……あまりにも反応がない。真綾の性格的に、分からないなら分からないとちゃんと答える筈なのに。

 何かがおかしい。茜もそれを思ったようで、百合子と自然に目を合わせる。勿論それで答えが得られる訳もないので、百合子は恐る恐る真綾の肩を指で突いた。


「はっ! 気を失っていたわ」


 すると真綾は即座に理由を口走り、百合子と茜を脱力させる。ついでに操縦士も。


「……そういやアンタ、高校時代にコックマーと鉢合わせた時も腰が抜けていたよね」


「あら、懐かしい思い出ね。そうねぇ、昔から頭でっかちで、いざって時に役立たずなのよねぇ私」


「自虐されても反応に困るのですが……」


 ふざけているのか真面目なのか。いまいち判別が付かない反応に困りつつ、百合子はこほんと咳払い一つ。改めて、真綾に尋ねる。


「あの、真綾さん。マレビドスなのですけど……」


「うん、襲ってこないわね。どうやら私達を餌とか敵とは思ってないらしいわ。だとすると、侵略兵器ではなさそうね」


「え? ……あー、そっか。侵略者なら兵器かも知れない奴を野放しにしちゃ駄目か」


「その通り。敵陣地なのは間違いないんだから、とりあえず目に付くものは攻撃しとけば良いのよ。でもそうしないって事は、少なくとも効率的な侵略をしようとは考えていないのでしょうね」


 真綾の推論に百合子は成程と思い頷く。とはいえ、そうなると今度は何故マレビドスが地球に来たのかが分からない。それに怪獣化を引き起こしたのは何故なのか。単純に身体の中の細菌が漏れた結果なのか、それともなんらかの意図が……

 真綾とて「侵略兵器じゃない」という半端な答えでは納得するまい。何か可能性を閃いていないか、もしそうなら推論でも構わないから教えてほしい。

 故に問おうとした百合子であるが、その声は出す前に途切れた。


【グガアアアアアアアアゴオオオオオオオオオオオオオオォ!】


 空高くから、ヘリコプターを震わせる雄叫びが轟いたがために。

 この星の命運を賭けた戦いが、いよいよ始まろうとしていた……

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