群がる偽獣

 最初に行動を起こしたのはジゴクイヌ達だった。五体が一斉に、ヤタガラス目掛けて突進する。

 しかし今回現れたジゴクイヌは十体。残る五体は動きを取らず、ヤタガラスをじっと睨み付けている。ヤタガラスの動きに対応して仲間の援護に入るつもりのようだ。ジゴクイヌは犬が怪獣化した存在。普段は単独で生きているが、『親玉』から群れで倒せと指示があれば、チームを作る事は難しくないのだろう。そして本能的に、団体で戦う事は得意な筈。

 八十メートル級のジゴクイヌとなれば、本気で暴れれば一体でも一つの国を滅ぼしかねない。いや、ここまで大きい個体の撃退には核兵器が不可欠な時点で、大多数の国家では為す術もないというのが正確か。ヤタガラスはその核すら通じないが、強大なジゴクイヌがこれだけ集まれば苦戦するかも知れない――――

 等と百合子は一瞬思ったが、実に甘い見通しだったとすぐに思い知らされる。


【……クアアァァァ】


 ヤタガラスが小さく唸るや、構えた両翼の先が光り始めた。

 レーザー光線でジゴクイヌ達を射抜くつもりか。これまで見せてきた威力を思えばジゴクイヌも難なく一撃で倒せるだろう。しかしヤタガラスの翼は二枚だけ。一度に倒せるジゴクイヌも二体まで。二匹犠牲になったところで残りはヤタガラスに組み付ける……とジゴクイヌ達も考えていたに違いない。

 そうでなければ、ヤタガラスが広げた翼から放たれたレーザーがどのジゴクイヌ達も射抜かなかった事に、キョトンとした表情を浮かべる事などありはしない。


【グ、ガアァッ!】


 そしてヤタガラスが翼を広げたまました時、驚愕したように目を見開く事もなかっただろう。

 驚きに染まるジゴクイヌの顔。だが、その顔が恐怖で歪む事はない。ヤタガラスが一回転するのと共に、放たれ続けていたレーザーも一回転しているのだ。全てを切り裂く光はヤタガラスの動きに合わせて高速で横切り、地上に立つ全てのジゴクイヌを撫でていく。無論、その撫でる力に耐えられるものは一匹もいないのだが。

 身体が上下に分断され、断面で爆発を起こしながら崩れ落ちるジゴクイヌ達。爆発しといて無事とも思えないが、仮にその衝撃に耐えたところで脳も心臓も肺も既に真っ二つだ。ジゴクイヌ達は即死だったようで、悪足掻きどころかバラバラになった脚が痙攣するので精いっぱい。

 九体のジゴクイヌが大地の上に横たわり、動かなくなった。

 ……そう、九体だけ。

 残る一体、体長百メートル近いジゴクイヌは、大きく跳躍してヤタガラスのレーザーを避けていた。


【グルルアアアアッ!】


 猛々しい咆哮は仲間の仇を取ろうという意思の表れか。はたまたマレビドスに操られて異常な闘争心を得た結果か。

 いずれにせよ何一つ恐怖していないジゴクイヌが、ヤタガラスの頭上に迫る。体格差は一・五倍以上。体格相応のパワーがヤタガラスに迫り……


【グアァッ!】


 しかしその攻撃をむざむざ受けるほど、ヤタガラスは甘くない。

 翼からは未だレーザーが放たれている。ならばその翼を、素早く差し向ければ良い。そうすればジゴクイヌの身体は光に撫でられ、綺麗に右と左に分けられる。そして切られた断面が、熱膨張かはたまた別原理か、ぶくりと膨らみ……爆発を起こして粉微塵に吹き飛ぶ。

 反撃すら出来ぬまま、十体のジゴクイヌは葬り去られた。しかしヤタガラスは勝利の雄叫びすら上げない。今のヤタガラスが意識しているのは、自分と互角の存在であるマレビドスだけ。

 ジゴクイヌ達の死骸を啄む事すらなく、ヤタガラスはその場から飛び立とうと翼を広げる。

 後ろを飛んでいる人間達のヘリコプターなど、気付いてもいないのだろう。


「ヤタガラスを追って! 今のアイツは人間なんて興味ないから安全な筈よ!」


「了解」


 真綾の指示にヘリコプターのパイロットは従う。ヘリコプターは前進を始め、飛び立ったヤタガラスの後を追い始めた。

 空を飛んだヤタガラスは、何時ものような高高度ではなく、地上数十メートルの低さで飛行していく。マレビドスが低空で飛んでいたため、その痕跡(臭いか何かがあるのだろう)を辿るためか。速度も比較的緩やかである……それでもヘリコプターが全速力でやっと追えるようなスピードなのだが。

 撒き散らされる爆風により、周りの木々のみならず、ジゴクイヌの亡骸も吹き飛ばされる。レーザーにより粉微塵にされた身体は、衝撃で細切れになりながら転がっていく。赤黒い染みが大地に広がっていった。


「……酷い」


 ぽつりと、百合子は思わず独りごちる。

 ヤタガラスが繰り広げた一方的戦いの結果について? 確かに酷い惨状だ。ジゴクイヌ達は生きたまま切り裂かれ、粉砕し、その亡骸は啄まれる事もないまま放置された。後はコックマーやテッソなど小型怪獣が食べに来るか、バクテリアにより分解される腐るだけ。あまりにも、死に方として惨たらしい。

 だが、ヤタガラスはあくまでも襲われた側だ。反撃した結果であり、それを非難するなどあまりにもおこがましい。そもそも結果がどれだけ惨たらしくても、所詮は人間的価値観からの物言いだ。獣であるヤタガラスからすれば、意味すら分からぬ言い分だろう。

 何よりこの『惨状』に元凶がいるとすれば……あの宇宙からの来訪者の方だ。

 マレビドスの実力はヤタガラスとほぼ互角。だとすれば他の、自分が操れる怪獣達ではヤタガラスに敵わないと分かっていた筈。にも拘らずジゴクイヌを差し向けたからには、マレビドスは最初からジゴクイヌ達を使い捨ての時間稼ぎにするつもりだったに違いない。

 自分以外の命を、道具としか思っていない。

 他の動物も似たようなものかも知れない。だから善悪で判断するのは間違っているが、しかし一つだけ百合子にも言える事がある。

 あんな奴に地球の全てを良いようにされるのは、真っ平御免だ。


「(そうは言っても、止められるとしたらヤタガラスだけなんだろうけど……)」


 マレビドスの力は圧倒的だ。ヤタガラスと同じくレーザーらしき技を使い、ヤタガラスに匹敵するパワーを持ち……何よりヤタガラスの攻撃に耐える防御力を持つ。

 特に防御力が厄介だ。マレビドスの防御がヤタガラスと同じ光子フィールドによるものだとすれば、核兵器の直撃にも耐える可能性がある。そうなれば人類側は勿論、昼間では怪獣でも勝機どころか傷一つ与えられないだろう。攻撃は最大の防御、などと昔の人は言っていたが、あくまでも人間と同程度かそれ以下の敵にしか当て嵌まらない話だったか。

 唯一その無敵のフィールドにダメージを与えたものがあるとすれば、ヤタガラスの大出力レーザーだけ。

 つまりマレビドスを打ち倒せるものがこの地球にいるとすれば、ヤタガラスだけという訳だ――――


「……………」


 そこまで考えて、百合子はふと隣に座る親友・茜の方を見遣る。

 茜は決して馬鹿ではない。マレビドスがどれほどの脅威であるか、ちゃんと理解している筈である。そしてヤタガラスへの憎しみはあるが、ヤタガラスの力や影響を客観的に評価する事も出来る。

 姉の仇が、地球を守るただ一つの切り札。

 それを理解した時の気持ちは、どんなものなのか。百合子には想像も出来ないが、決して笑顔で「後はヤタガラスお前に任せた!」なんて言えるものではあるまい。

 彼女の胸の内には今、どれだけドロドロとした気持ちが渦巻いているのか……


「あの、茜さん――――」


 何か伝えたい言葉があった訳ではない。けれども何も言わないなんて事はしたくなくて、百合子は口を開いた


「皆さん! 捕まって!」


 直後、ヘリのパイロットがそう叫ぶ。

 なんだ、と思う間もない。ヘリコプターは急停止し、更に右方向に機体を傾ける。強烈な慣性で身体の自由が利かず、それどころか中身が外に出てきそうな感覚を覚えた。

 幸いにしてその時間は左程長く続かなかったが、百合子の気持ち悪さはそこそこ長引く。とはいえ文句を言ってやろう、なんて気にはならないが。パイロットは元自衛隊員であるプロ。理由もなくこんな危ない運転をする筈がない。

 逆に言えば、理由があるからこんな、もしかしたら墜落したかも知れない運転をしたのだろう。

 百合子にはその理由が、大したものではないなどと楽観視は出来ない。


「な、何が、あったんですか……?」


 おどおどと、百合子はパイロットに質問する。

 しかし彼は答えてくれない。

 いや、答える余裕がないのだ。目の前のものを観察するのに必死であるがために。一時でも、一瞬でも目を離さないとばかりに、彼は双眼を大きく見開いていた。

 パイロットに代わり答えたのは、パイロットと同じく前を見据えている真綾だった。尤もちゃんとした説明はなかったが。


「……前、見てみれば分かるわよ」


「前、ですか?」


「何よ、これ以上一体何があるっての……」


 真綾に言われるがまま、百合子と茜はヘリコプターの窓から正面を見る。

 それだけで、どんな長い説明よりも遥かに早く、そして正確に状況を理解する事が出来た。

 ヤタガラスはもう空を飛んでいない。地面に着陸して急停止したのか、ブレーキ痕のように森が抉れていた。豪快な自然破壊をした奴は、じっと、百合子達と同じく前を見据えている。

 視線の先にあるのは、無数の影。

 怪獣達の影だった。それは良いのだが、問題は数であろう。何しろ現れた怪獣は一体二体ではない。十体二十体でもない。数えきれないほどの……一体何百体いるのか、もしかしたら何千体もいるのではないかと思うほどの大群だ。種類も一つではなく、ジゴクイヌやレッドフェイス、コックマーにテッソなど、無数に見られる。圧倒的な大群だ。それこそ日本中から集まっているのではないかと思うほどに。

 何故こんなにも大量の怪獣がいるのか? 少し考えてみれば答えはすぐに分かった。それ故に百合子は固まってしまい、茜は喘ぐ魚のように口をパクパクさせているのだろう。  

 真綾は百合子達三人の中では冷静だったが、精々自分の考えを話せる程度。語る口振りは忙しない。或いは端から聞かせるつもりの話ではなく、自分の考えを纏めるためか。


「……私は、今までこの戦いはヤタガラスとマレビドスの戦いだと思っていた。差し向けられる怪獣達は付近にいる奴だけで、役目は時間稼ぎや手助け要員程度……でも、どうやらそれは甘い考えだったみたいね」


 野生生物の生息密度は、一般人が思うほど高くない。野生での食べ物というのは決して潤沢ではなく、生きていくのに十分な量を確保するにはそれなりの『面積』が必要だからだ。例えばニホンジカの場合、一平方キロの範囲に十〜二十頭生息していれば比較的高密度と言える。ましてや鹿よりも遥かに巨大な怪獣は、鹿よりも更にたくさんの餌が必要だ。しかも鹿は草食動物であり、そこら中に餌があるにも拘らずこの生息密度である。肉食性が多い怪獣は、更に生息密度は低い。

 こうした情報を、百合子は食品工場に就職する際(今や大切な食べ物である怪獣の『資源管理』を行うため)研修として学んだ。真綾曰く怪獣は同じ体重の動物と比べ、数十分の一の餌で十分生きていけるらしいが……それを差し引いても、五十メートルを超える怪獣は数平方キロメートルの範囲に一体いるかどうか。数百キロもの範囲を見渡して、ようやく数百体と確認出来る低度だろう。

 なら、数千体の巨大怪獣を集めるにはそれこそ日本中に呼び声を届けなければならない。

 マレビドスにはそれが出来る。いや、どうして呼び声が日本だけに留まると言い切れるのか。そうだ、世界中で怪獣が暴れ出しているのならば、マレビドスの力は地球全土に及ぶのだ。そうであるなら世界中から怪獣を呼び寄せられる筈。集まってこないのは、単純に遠くて間に合わないだけ。

 既に地球の怪獣はマレビドスのもの。全ての怪獣が、マレビドスの手下となっている。

 ヤタガラスがこれより相手にするのは、地球に蔓延る怪獣大軍団。繰り広げられる戦いは、最早野生の闘争とは言えない。互いの総力をぶつけ合い、殺し合い、奪い合う……百合子が知る限り、その惨事を示す言葉はただ一つ。

 そう、これより始まる戦いはこう呼ぶべきだ。


「怪獣、大戦争……」


 さながらその独り言が開戦の合図であるかのように、ヤタガラスの行く手を遮る怪獣達が一斉に動き出すのだった。

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