追跡中

 バラバラと音を立てて飛ぶ、ヘリコプター。その中に、百合子達三人は乗っていた。

 操縦を行うのは、百合子にとっては面識のない男性。真綾曰く部下兼後輩の元自衛隊員だそうで、ヘリコプターの操縦は自衛隊員時代に身に着けたものらしい。これまでに戦闘ヘリを用いて様々な怪獣と戦い、時には勝ち、負けた時でも機体と共に生き延びてきた猛者だという。

 尤も、そんな彼でもヤタガラスの『追跡』は初めてのようだが。

 真綾が言うには、ヤタガラスには発信機が備え付けられているらしい。発信機は羽根と羽根の間に入っており(夜間のうちに自衛隊が頑張って撃ち込んだらしい)、そのため表面に展開されている光子フィールドの内側で守られている。クラゲ怪獣との戦いでも壊れてはいないようで、今も機能は喪失していないようだ。そしてその発信機の信号を捉えるためのレーダーが、このヘリコプターには備わっている。

 これで追跡に問題はない。そう、追跡する事は全く問題ないのだが……追跡という行いそのものが大問題だ。 


「って、なんで私達ヤタガラスを追わなきゃなんないんですかぁー!?」


 何故ヤタガラスをわざわざ追跡するのか、その理由を百合子は知らないのだから。

 隣に座る茜も同意見なのだろう。睨むような、或いは困惑するような、なんとも言えない複雑な顔で真綾を見ていた。

 二人の親友に、言葉の有無は兎も角として問われ、真綾は小さくため息を吐く。とはいえそれは何も知らない百合子達に呆れているからではあるまい。恐らくは、乱れていた自分の気持ちを落ち着かせるための行いだ。

 事実、真綾はため息からやや間を開けた後、重たい口調で話を始めてくれた。


「まず、大前提として、これは私の推論よ。それも推論に推論を重ねた、結構なトンデモ理論」


「……でも、真綾ちゃんは正しいと確信している訳だ。その推論が」


「ええ。そしてもし正しければ、これは地球の命運を左右する。人類じゃないわよ? 地球の命運。そこ、間違わないでね」


 念を押すように、地球の、という部分を強調する真綾。

 地球の命運。

 なんともスケールの大きな話だ。大き過ぎて百合子にはいまいちピンと来ない。しかしわざわざ「人類じゃない」というぐらいなのだから、本当に地球そのものに関わる話、と真綾は思っているのだろう。正直怪獣出現という事態も地球に多大な影響を与えた筈(人類文明が壊滅すれば環境負荷は減るだろうし、怪獣ならばクマなどの頂点捕食者を食べてしまうだろう)だが……真綾はそれ以上の事態を想定しているように見える。

 真綾は一体何に気付いたのか。何が起ころうとしているのか。百合子は真綾の話を聞き逃すまいと、しっかり耳を傾けた。

 やがて真綾は語り出す。彼女の思い描く推論を。

 ただしその話は、未来からでも今からでもなく、過去から始まるのだが。


「……グリーンアローって覚えてる?」


「グリーンアロー? ……なんでしたっけ。聞き覚えがあるような、ないような」


「私も思い出せない。なんだっけそれ?」


「今から大体七年前、つまり怪獣が出現する一年前に観測された隕石よ。緑色に発光しながら落ちてきたからそう呼ばれているやつ」


 真綾に言われ、百合子は少し考え込み……ふっと思い出す。そういえば怪獣が現れて少し経った、けれどもまだ自分達が女子高生だった頃、真綾がそんな事を話していた。まだまだヤタガラスどころか怪獣について何も知らず、茜の復讐心もあってヤタガラスについて『自由研究』を行い、そして発表し合った時の事だ。

 あの時真綾は興味深い話をしていた。

 怪獣出現の一年前に観測されたグリーンアローは、通常の隕石とは異なる、数々の特徴を持つ。そしてグリーンアローにはある特殊な物質が含まれていて、地球降下時にそれらの物質は撒き散らされ、生物の怪獣化を引き起こしたのではないか……というものだ。

 あの時は百合子の「そんなのより古生物が復活したと考える方が自然じゃありません?」という意見により取り下げられた。だが最近になって様々な新事実が明らかとなった。ヤタガラス以外の怪獣は既知の生物が変化したものである事、怪獣の体内には未知の細菌がいる事、その細菌が地球外からのものである事……それらの情報を考慮した今ならば、こうも考えられる。

 グリーンアローが運んできたのは未知の物質ではなく、未知の細菌だったと。


「そして今回、グリーンアローと同じく緑色に輝く隕石が現れ……十中八九、中から怪獣が現れた。あのクラゲみたいな怪獣が宇宙から来た事、グリーンアローと関係があるのはほぼ間違いない」


「つまり、あのクラゲ怪獣が地球に怪獣を生み出した張本人?」


「私はそう考えているわ。なんでそんな事をしたのかは分からないけどね。目的なんてなくて、単に常在菌が剥がれ落ちただけかも」


 自分の考えを否定する可能性を述べながらも、真綾の顔は真剣そのもの。少なくとも彼女自身は、自分の可能性が正しいと信じている。

 百合子としても、宇宙怪獣なんて、などと否定的な意見を言うつもりはない。実際あのクラゲ怪獣は隕石衝突後に突然現れたのだ。あれだけ大きな身体なのだから、森の中にこっそり身を潜めていたと考えるよりは、空から堂々と落ちてきたとする方が納得がいく。

 そして、真綾が言う地球の命運というのも、百合子にはなんとなく察せられた。


「……目的がなんであれ、怪獣を生み出すような存在です。もしかするとアイツが現れた事で、更にたくさんの怪獣が、世界中に出現するかも知れません」


「ええ。現時点ですら人類は怪獣を全くコントロール出来ていない。更に大量の怪獣が現れたら、それこそ人類文明全体の危機……そして地球生態系の危機よ。奴の目的は皆目検討も付かないけど、グリーンアローと同じ光を放つものが、偶々地球に立ち寄っただけとは考え辛い。何かある筈なのよ、星々を渡るのに見合う目的が」


 真綾はそう言うと、再びため息を吐く。

 ……真綾の考えは、百合子も理解した。日和見なんてしている場合ではないという事も。しかしあの宇宙怪獣が何かを企んでいたとして、それを見届けなくては対策も何も考えようがない。

 そしてヤタガラスはその宇宙怪獣の後を追っている。

 地球を護るため……ではないだろう。だが、ヤタガラスは怪獣化の原因と思われる遺伝子も細菌も持たない、唯一無二の純粋な地球怪獣だ。怪獣出現を引き起こした可能性がある宇宙怪獣余所者に、嫌悪感のようなものを抱いているのかも知れない。宇宙怪獣も、自分とは関係なしに存在するヤタガラスに敵意や嫌悪を抱いていた可能性がある。

 恐らく、両者は再び激突するだろう。

 その時こそが地球の命運が決まる時かも知れない。どちらが勝ち、どのような結末になろうとも、それを知らなければ人間は対策を行えない。ヤタガラスの後を追うという選択も、科学者である真綾としては当然のものかも知れない。

 ……科学者である真綾としては。


「……で、なんで私達を連れてきたのですか?」


「え? いや、だって一人でヤタガラスに接近とか不安じゃない。私達親友なんだし、死ぬ時は一緒よ」


「強制的な一蓮托生は止めてくれません?」


 あんまりにも身勝手な理由にツッコミを入れる百合子だったが、真綾は楽しそうに微笑むだけ。反省はしていないようだ。

 とはいえ百合子も本気で嫌がっている訳ではない。むしろ真綾が一人で行こうとしたら、意地でもそれに付いていこうとしただろう。茜が心配だという理由でヤタガラス討伐作戦にまで参加してしまうぐらい、百合子は友達のためなら身体を張ってしまう人間なのだから。

 我ながら度し難いなと思いつつ、百合子は肩を竦めながら笑った。茜も、特段口は挟まなかったが、百合子と似たような笑みを浮かべている。


「――――さてと。とりあえず新怪獣が現れた訳だし、自衛隊に連絡しないとね」


「あ、そこは連絡するんだ」


「そりゃそうでしょ。というか宇宙怪獣なんて訳分かんない奴が私一人の手に負える筈ないから。あらゆる分野の専門家を集めて、走力を結集させなきゃ駄目でしょ」


「あー、まぁ、そうか。凄い天才一人がやってくれる訳じゃないのか」


「天才って一言でいっても、何事にも専門はあるし、考え方や発想の方法も違うわ。ある程度結果が予測出来るなら兎も角、全く未知の存在の解析を一人で任せても、解決出来る保証はないのよ」


 淡々と語りながら、真綾はヘリコプター内に置かれていた通信機を取り出す。周波数を合わせているのか、メモリをきりきりと弄っていた。


「そういえば、あの怪獣はなんという名前になるんですかね」


「名前ねぇ。なんかある度に宇宙怪獣だのクラゲ怪獣だの言うのも難だし、確かにヤタガラスみたいな名前は付けておきたいよね」


「マレビドス」


「……はい?」


「だからマレビドス。発見者権限としてその名前を付けるつもりだから、よろしく」


 目の前で起こる、怪獣の名前が決まる瞬間。あまりにも呆気なく名前が決まり、百合子と茜は呆けたように固まる。

 そうこうしているうちに、真綾が耳を当てた通信機からぷつぷつと微かな音が聞こえてきた。どうやら自衛隊と繋がったらしい。自衛隊といっても真綾の職場である、怪獣研究部門にだろう。


「もしもし、長嶺です。新怪獣発見の報告をしたく……え?」


 その通話先に連絡していた真綾だが、話が終わるよりも前に呆けた声を漏らす。

 しばしその呆けた顔でいた彼女は、やがて熱心に通信機の向こうに耳を傾ける。通信機の先では何やら長い話があり、それを聞く度真綾は頷く。

 一通り話を聞き終わったところで、真綾は自分の要件である新怪獣マレビドスについて報告。マレビドスを追ってヤタガラスが動き出した事も伝えた。それから何か、話し合いを続けて……通信機を切る。

 真綾は、小さくないため息を吐いた。

 しばし黙っていたが、やがて俯き、またため息を吐く。何か嫌な事でも言われたのか? と思ったのも束の間、唐突に真綾は天井を仰ぎ、げらげらと笑い出した。一通り笑うと、またため息を吐く。


「……成程。どうやら、偶々来たって可能性はなさそうね」


 最後に何か、気付いたかのように呟く。


「……何か、あったのですか?」


「ええ、あったわ。私としては割と決定的な……マレビドスが怪獣出現の原因だという、確定的な出来事が」


「確定的な、出来事?」


 真綾の言い分に、百合子と茜は首を傾げた。

 普通、誰それが犯人だと言うのならば、必要なのは物証だ。起きた事から犯人を探すのは推測と変わらない。科学者である真綾ならそれは分かっている筈である。

 しかし真綾が聞かされたのはあくまでも情報。それで確信に至るとは、一体真綾は何を聞かされたのか? 百合子が茜共々困惑していると、真綾は落ち着いた口調で、自分が聞いた事を教えてくれた。

 そして百合子達は知る。


「世界中で怪獣の活動が活性化。世界中で怪獣と人類の戦いが巻き起こっているわ」


 終わりが、始まろうとしているのだと……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る