侵略者降臨
今日の天気は晴れで、今の時刻は昼間を少し過ぎた頃。天頂で春の太陽がキラキラと輝き、空を眩い青さで染めていた。
昼間の空で星を見ないのは何故か? 答えは簡単だ。太陽の明るさが、星の光を掻き消してしまうからである。星は夜と変わらず空で輝いているのだ。
逆に言えば、空に太陽がある限り星というのは見えないもの。優れた観測機器があれば話は別だが、つまりはそうした特殊な道具を用意しなければ無理だという事である。
ならば、今空に輝いている緑色の光は、なんなのか?
「なん、ですか……星……?」
「いえ、星じゃないわね。比較的太陽系に近き星が超新星爆発を起こしたなら、昼間でも肉眼で観測可能だと言われてるけど……アレは、何か違う」
思わず百合子が呟けば、真綾が解説をしてくれた。が、彼女も正体を解き明かすには至らない。星ではないと語るが、ではなんなのかが続かない。
「ま、まさか、アレ隕石なんじゃ……」
星以外の可能性を示せたのは、茜だった。
言われてみれば、空の光はどんどん強くなっているように見えた。単に発光現象が強くなっているのかも知れないが……どんどん近付いているようにも見える。
もしもアレが隕石だとすれば、ヤタガラスが警戒心を向けるのも頷ける。大きさ次第だが、隕石は生命の大量絶滅をも引き起こす大災厄。ヤタガラス以上の脅威だ。核兵器の直撃にも耐えるヤタガラスではあるが、巨大隕石のエネルギー量はその核兵器を大きく超える。しかもそのエネルギーの多くは光ではなく物理的な衝撃だ。ヤタガラスにとっても決して油断出来ない相手だろう。
勿論、人間にとっても脅威であるのは言うまでもない。
「……隕石、こっちというか、ヤタガラスに向かって落ちてません?」
「そう見えるわね。直径とかは分からないけど、燃え尽きる様子もないし……直撃したら、大きなクレーターも出来そうね。つーか緑の発光って、隕石としてどうなのかしら」
「……つまり、ヤタガラスの傍にいる私達ってば全滅?」
茜が言うように、隕石が直撃すれば百合子達人間など跡形も残らず消し飛ぶだろう。そして真綾が言うように、安定した光の強さからして燃え尽きる様子もない。
クレーターの大きさ次第では、今から逃げても間に合わない可能性がある。なんでこんな事に、と思わなくもないが、旅先で災害に見舞われた事に理由などある筈がない。そしてそこに「前世の行いが〜」等と理由を与えて悪事をするのが悪徳宗教というものだ。因果応報という言葉は、全てに当て嵌まるものではない。理由のない理不尽や不幸も世の中にはある事を理解しなければ、それこそ因果応報な結果が待っている。
――――等という考えが百合子の頭に続々と浮かんできたが、こんなのはいわば現実逃避。逃れられない災禍に思考停止しているだけだ。
のんびり思考停止している場合ではない。そして諦める必要もない。隕石なら空中で砕ける事もある筈。それに何処か安全な場所に身を隠せば、衝撃波ぐらいは防げるかも知れない。
何より、此処にいる大怪獣は黙って隕石を受けるつもりなどないようだ。
【……グガアアアアァァァァァァ……!】
地響きにも似た唸り声と共に、ヤタガラスが動き出した!
ヤタガラスは大きな翼を広げて構える。ただし空に向けるのは頭だけ。両足を大きく広げてどっしりと構え、四十メートルはある尾羽を地面に叩き付けた。足だけでなく尾羽でも身体を支え、此処から一歩も動かないという意思を示す。
そして体表面を覆う虹色の輝きが、揺らめく動きを激しくした。
ヤタガラス体表面を包む揺らめく輝きは、光子フィールドが展開されている証。その揺らめきが激しくなったという事は、光子フィールドの出力などが大きく変化したのだろうか。
これまで百合子は、ヤタガラスが戦った際の姿を何度も見てきた。しかしこれまでこんな変化を見せた事はない。ヤタガラスや怪獣学者ならば何か分かるかも知れないが、百合子は所詮ただのトラック運転手。見ただけでは何が何やら分からない。
怪獣研究者であり、ヤタガラスの論文も読んでいる真綾に聞けば何か分かるかも知れないが……残念ながら問い質す時間はなかった。
【グガアァッ!】
一際大きな叫び声と共に、ヤタガラスの嘴の先から大出力レーザーが放たれた!
百合子はこれまで幾度となく、ヤタガラスのレーザー攻撃を見ている。いずれも大気を切り裂き、鼓膜を破りそうな爆音を轟かせるほどの威力を有していた。だが、此度の一撃はこれまで見せてきたどのレーザーよりも強力なものだと、百合子は本能的に感じる。
それを証明するかのように、放たれたレーザーは真っ直ぐ、ヤタガラスが見上げている空に力強く伸びていく。引き裂かれた空からは稲光が飛び交い、昼間の大地を真っ白に染め上げた。
そしてレーザーが向かうは、空で輝く緑色の光。
光速で飛んでいくレーザーは一瞬にして緑色の輝きに接触する。眩い光が四方八方へと飛び散り、まるで花が咲くように拡散していた。間違いなく緑色の輝きと衝突しており、あの輝きは超新星爆発のような、遥か遠方の出来事ではないようだ。やはり隕石の類なのだろう。
なんにせよヤタガラスのレーザーが直撃した。空爆すらものともしない怪獣を一撃で貫く威力……いや、その威力を遥かに上回る大出力の攻撃だ。隕石の硬さなど百合子は知らないが、ヤタガラスのレーザーを受ければ粉々に砕けるに違いない。
そう、その筈なのだが。
「(……あれ? 砕けない……?)」
ヤタガラスがどれだけレーザーを撃ち込んでも、隕石こと緑色の輝きは砕けない。
【ガ……ガアアアアアァァァァァァ……!】
ヤタガラスは全身に力を滾らせ、更にレーザーの力を強める。しかしそれでも緑色の輝きは砕けない。
いや、それどころか緑色の輝きは、ヤタガラス目掛けて突き進んでいるような……
「百合子ちゃん! 真綾ちゃん! 兎に角逃げよう!」
呆然とヤタガラス達を眺めていたところ、茜が服の袖を引っ張りながらそう訴えてきた。
言われて我に返る。そうだ、こんなところで立ち尽くしている場合ではない。
幸いにして、先程感じた印象通りならば隕石はヤタガラス目掛けて落ちている。ならばヤタガラスから離れれば、隕石の落下地点からも離れられる筈だ。少しでも距離を取れば、衝撃から逃れられるかも知れない。
「真綾さん! 逃げましょう!」
「……あの輝き……まさか……」
「真綾さんっ!」
「何してんのよ真綾ちゃん!」
未だ緑色の輝きを見上げていた真綾を茜と共に引っ張り、百合子はヤタガラスから駆け足で逃げる。
幸いだったのは、ヤタガラスのレーザーにより緑色の輝きは明らかに減速していた。地上に近付いてくる速さは格段に落ちている。お陰で百合子達が数百メートルと離れるまで、空から輝きが落ちてくる事はなかった。
隕石と思われる輝きを目に見えて減速させたという事は、ヤタガラスのレーザーの威力が隕石落下に匹敵するほどという事。なんとも出鱈目な威力だが、その出鱈目を受けても隕石はまだ形を崩さない。隕石というのはそれほどまでに頑強なものなのか? 疑問は残るものの……いよいよ光はヤタガラスの至近距離まで迫る。
「伏せて!」
茜が頭を押さえるのと共に、百合子達三人は地面に倒れるように伏せた
瞬間、全身が痺れるほどの爆音と、身体が浮かび上がるほどの衝撃が百合子の身を襲った。
「きゃあっ!?」
「ぐぅっ……!」
思わず百合子は悲鳴を上げ、茜も呻く。真綾に至っては息が詰まったのか声も出ず、浮いた身体が地面に落ちた後、酷く咳き込んでいた。
百合子は真綾の背中を擦りながら、爆音が轟いた方を見遣る。
するとそこには、濛々と白い粉塵の舞い上がる景色が見えた。爆発による粉塵だろうか……そう思ったのも束の間、粉塵の一部が広がるようにしてこちらに迫っている事に気付く。
「け、煙が来てます! 息止めて!」
この対処で正しいかは分からない。しかしそのまま吸い込むよりはマシだと思った行動方針を叫び、百合子は息を止めて目も瞑る。
やがて粉塵は百合子達の下に流れ込んだ。もしもこの粉塵が高温に熱せられていたら、百合子達はそのまま焼け死んでいただろう。だが此度押し寄せてきた粉塵は、かなり熱くなっていたが、火傷するほどのものではない。目や口を開けていたら危なかっただろうが、しっかり閉じていたので大きなダメージは受けずに済んだ。
しばし熱さに耐えていると、熱は段々と下がっていく。身体に打ち付けてくる風の感触もなくなった。
もう、大丈夫だろうか。恐る恐る百合子は目を開けて……
「……え?」
その直後に、呆けた声を漏らす。
未だ漂う粉塵。されどかなり拡散したようで、向こう側を見通せる程度には薄くなっていた。無論、中に佇むヤタガラスの姿も見えている。
ヤタガラスは激しい闘争心を露わにしていた。
これまた、今まで百合子が見た事もないような……七ヶ月前にユミル及び自衛隊との戦闘で見せた時の覇気を、明らかに上回るようなもの。無論その覇気は矮小な人間である百合子には向けられていない。ヤタガラスは百合子とは直角の、全く無関係な方向を見つめている。だがそれでも覇気の『余波』を受けて、百合子の身体から力が抜けてしまう。身体が、本能が、完全に抵抗を諦めていた。
お陰で、というのも難だが、逃げようとする気持ちも湧かない。百合子は自然とヤタガラスの見ているものが気になり、視線を追うようにその方角に目を向ける。
そうすれば、ヤタガラスが見ている『存在』が百合子の目にも入った。
「(なん、ですかアレ……怪獣……!?)」
ヤタガラスの前にいたのは、怪獣、らしき存在。
そいつは緑色の奇妙な発光を放っている。形は一見してクラゲのように、三角形の傘……傘の全長はざっと五十メートルはあるだろうか……を持ち、傘の下から長さ九十メートル以上の触手を六本伸びていた。しかしクラゲと明確に異なる点として、六本の触手に囲まれた中心部に下向きの、傘部分よりもかなり細長い三角形の突起が生えている事が挙げられる。そしてその突起には、一つの巨大な目玉が備わっていた。触手の先が針のように鋭く尖っているのも、クラゲとは違う点だろう。
何より奇妙なのは、このクラゲ染みた怪獣が空を飛んでいる事だ。
クラゲ怪獣はふわふわと宙に浮いている。ヤタガラスも空を飛ぶが、あくまで鳥らしく羽ばたいていた。詳しい理屈は兎も角として、羽ばたいて起こした風により空を飛ぶのは自然なものだろう。だがこのクラゲ怪獣は一体どんな原理で浮遊しているのか。風も何も起こさず、まるで反重力でも使っているかのように浮いているのだ。耳を澄ませても音は何一つ聞こえてこないので、ジェットエンジンのように物質を噴出している訳ではないらしい。まさか、本当に反重力飛行をしているのか?
いや、そもそもコイツはなんの怪獣なのか?
一見してクラゲの怪獣にも思える。だがクラゲは海の生き物だ。陸上では息なんて出来ないし、しかも軟体だから陸上だと自重を支えられなくて潰れてしまう筈。ましてや空を飛ぶなんて、何もかもがおかしい。
大体この怪獣は何処から現れたのだろうか。先程まで此処にはヤタガラスしかいなかった。なのに隕石が落ちた後、突然現れた。
これでは、まるで……
「ま、真綾さん。アイツは……」
思わず百合子は傍にいる真綾に尋ねる。
真綾は、百合子以上に呆けた顔になっていた。ぶつぶつと何かを呟き、思案を巡らせている。
思わず真綾とは逆方向にいる茜の方を見てしまう百合子だったが、茜も呆然とした様子。結局三人揃ってただ立ち尽くすばかり。
「まさか、アイツが……アイツか……!」
やがて何かに気付いたような言葉を漏らすや、真綾は百合子に掴み掛かってきた。
気迫のこもった瞳に百合子は思わず怯む。だが真綾は全く気にも留めない。ただただ自分の感情に従って動くばかり。
されど真綾が口から吐き出す言葉は、きっと今まで考えていたもの。
故にこの言葉は、きっと筋の通ったものなのだ――――例えどれだけ荒唐無稽でも。
「コイツは宇宙怪獣……コイツこそが、地球に怪獣を生み出した張本人よ!」
そう信じる百合子であっても、真綾の言葉の意味を、すぐには理解出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます