新たな力

 山中を何台ものトラックが走っていく。所謂トレーラーと呼ばれるタイプの大型車種で、荷物を入れる場所であるコンテナ状の『ボディ』を有していた。

 トラックはやがて開けた場所……木々が切られているのではなく、まるでへし折られるようにして除去された……に来ると、綺麗に整列して並ぶ。するとそのトラックに群がるように無数の迷彩服姿の人員こと、自衛隊員達が集まってくる。

 自衛隊員達はトラックのボディを開くと、中から大きな金属製のパーツを取り出した。パーツの長さは十五メートル近く、数十人掛かりでどうにかこうにか運んでいく。

 そうして運んできたパーツを、待機していた重機が受け取る。重機といってもショベルカーなどではなく、巨大なカニのハサミのようなものが付いた腕状のマシン。マシンは掴んだパーツを持ち上げると、他のマシンが持ち上げたパーツと近付けて、接合した。これを何度も何度も繰り返していくと、『パーツ』でしかなかった金属の塊が、段々とある種の形を帯びていく。

 出来上がったのは、巨大な腕輪付きの『刃物』だ。長さ二十メートル、幅は三メートルほど。厚みが十数センチとあるため人間スケールでは鋭利とは言い難いものの、全体として見ればかなり薄い……突き立てればものを切り裂く働きがあるのは容易に想像出来る。

 その刃物を持ち上げたのは――――巨人怪獣ユミル。


【ウゥ? コレ、ウデニハメル?】


「そーだよー。こんな感じにね」


 そのユミルの問いに答えるのは、彼の傍に立つ茜だった。茜は身振り手振りで彼に腕輪付き刃物の装着方法を伝え、ユミルはそれを真似しながら腕に付ける。

 腕輪はガチャンッと音を鳴らすと、ユミルの腕にぴったりと嵌まった。ユミルはそれを高々と掲げ、降り注ぐ日差しを浴びさせて煌めかせる。彼の瞳も、同じぐらいキラキラと輝いていた。

 さながらその姿は、オモチャの剣を買ってもらった幼稚園児といったところ。実際退化しているユミルの精神年齢を思えば、存外的外れな印象ではないだろう。しかしながらその腕に装着したものは、決してオモチャなんかではない。

 それは対ヤタガラス討伐のための自衛隊新兵器――――強化重合金ブレードという名の武器なのだ。


「(名前だけなら、特撮番組とかに出てきそうなそれなんですけどねぇ)」


 そんな新兵器の装着光景を見ていた、トラックの運転手こと百合子(人手が足りない、且つ事情を知ってるとの事で参加を要請された。給金の良さが決め手だったのはここだけの話)は、ぼんやりと自らの抱いた印象を脳内で呟く。

 腕に装着した剣……このような武器の正式な名前はジャマダハルというらしい。インドで使われていた武器だそうだ……で敵を切り裂き、大ダメージを与える。見た目重視なそれはフィクションならば魅力的だろうが、実戦でそれを使うのは最早滑稽だろう。ジャマダハルが使われていたインドでも、銃の普及と共に衰退し、今では儀礼や装飾として存在するだけ。最早武器ですらない。普通の相手なら、銃やミサイルを持ってくる方が良い。

 しかしヤタガラス相手であれば別。

 強力な化学反応により破壊力を生み出す現代兵器では、どれもこれも光を発してしまう。現時点では仮定とはいえ、ヤタガラスは光エネルギーで防御力を高める力があるのだ。ミサイルや榴弾は使えず、巨大な質量をぶつけるのが正しい。

 そもそも何故ユミルに装備させるのかといえば、それは機動兵器だと素早さが足りないため。ヤタガラス討伐作戦に投入した新兵器は、機動力不足からろくにヤタガラスに当てられず、当てても反撃で踏み潰されて終わったという。ユミルに装備する形で使ってもらえば機動力の問題は解決する。ちなみに新兵器をジャマダハルの形にしたのは、ユミルの格闘戦スタイルに合わせた結果だそうだ。

 一見してジョークや悪ふざけのように見えるスタイルが、合理性を突き詰めた結果だと思うと、百合子としてはなんだか不思議な気持ちになる。


【ンフフ〜。カッコイイ! オレ、キニイッタ!】


 対してユミルは大はしゃぎ。何度も拳を振るい、装備したブレードを自由気ままに振り回す。オモチャをもらって喜ぶ子供のようで、ちょっと微笑ましいなと百合子は思う。

 この後の作業について、百合子が聞いている限りでは、ブレードの使用感を確かめるらしい。数値上はユミルにぴったり合うサイズで作られているし、ユミルも気に入っている。しかし実戦で使った時の感覚までも良いとは限らない。こればかりは実際に使ってみなければ分からないものだ。

 とはいえ試しでヤタガラスに打ち込む訳にはいかない。試験用の巨大な『巻藁』を使う予定だ。そしてそれを運ぶのは百合子達輸送係の役目。

 そろそろ戻ろうかなと、百合子はトラックのエンジンを始動させようとした……その時の事である。

 不意にユミルがその動きをぴたりと止めた。


「……ユミルさん?」


 ユミルの不可解な動きが気になり、車の発進を一時取り止める。

 ユミルはじっと一点を見つめていた。百合子はその視線を追ってみたが、そこには森の木々が並んでいるばかり。しかしそれは百合子の背丈が小さいがために、その先の光景が見えていないだけの事だ。六十メートルの身長を誇るユミルには、その先にある『モノ』の姿がよく見えているに違いない。


【……キテル】


 百合子のそんな予想は、ユミルのこの一言が裏付けた。

 何か危険が迫っている。本能的な予感を抱いた直後、大きな警報が辺りに鳴り響く。続いてぶつんっとスピーカーのスイッチが入る音が聞こえ、最後に人の声が辺りに響く。


【警報発令! ジゴクイヌがこのエリアに接近しています! 総員退避!】


 それは避難を促すための命令だった。

 が、『怪獣』の方が速い。


【ゥルオオオオオンッ!】


 大咆哮と共に、ユミルが見ていた方の木々が爆発でもするかのように吹き飛ぶ! 木屑による粉塵が舞い上がるが、『そいつ』は何時までも粉塵の中に隠れたりはせず。

 濛々と舞い上がる煙を吹き飛ばし、現れたのは漆黒の体毛に身を覆っている獣。二つの耳はぴんって立ち、凛々しい顔立ちは正に肉食獣と呼ぶべき様相である。開いた口からは鋭い歯が何本も伸び、どんな怪獣の肉でも切り裂きそうだ。大地を踏む四本の足はどれも太くて逞しく、ふさふさとした毛に覆われた尻尾も力強い。

 しかし何より気を惹くのが、八十メートルを超えているであろう体躯。怪獣の中でもここまで大型化する種類はそう多くない。引き締まった身体付きは、捕食者として完成した美しさがあるほど。

 これは犬が怪獣へと変化した存在――――ジゴクイヌだ。様々な犬種が存在するが、百合子達の前に現れた個体は体型からして和犬だろうか。尤も、仮にゴールデンレトリーバーだとしても、人間の事など餌か虫けらとしか思っていない奴等ばかりだが。

 そして此度に関してはユミルという、もっと大きな獲物にしか眼中にない様子。


【グヌゥッ!】


 跳び掛かってきたジゴクイヌに対し、ユミルは咄嗟に腕を出して防御に移る。その判断は正しく、ジゴクイヌの巨大な顎はユミルの喉笛を狙っていたが、防御した事で牙は腕の方に食い込む事となった。

 しかし致命傷こそ避けたが、腕に刻まれた傷は決して小さくない。傷痕からはかなりの出血があり、ユミルの顔を苦悶で歪ませる。

 ジゴクイヌの攻撃はまだ終わらない。噛み付いた状態のまま前足二本をユミルの肩に乗せ、後足二本で大地を踏み締めた体勢で押し始めたのだ。二足歩行での力比べ。押し負けた方はそのまま倒され、馬乗りになった側の一方的な攻撃を許す事となる。

 人間の怪獣であるユミルは、二足歩行こそが普段の立ち姿。だから元々四足歩行の動物であるジゴクイヌよりも、身体の作りとしては有利である。それにここ数週間は腹筋などのトレーニングに励み、屈強で逞しい肉体を得ていた。だがジゴクイヌはユミルよりも二十メートル以上大柄な身体だ。単純なパワーではジゴクイヌが圧倒的に上。多少の不利など物ともしない。

 十数秒と持ち堪えたものの、ユミルはついに押し倒されてしまう。大質量が地面に墜落した衝撃で、百合子が乗っていたトラックが僅かに浮かび上がった。

 それほどの衝撃を全身で受けたが、ユミルが気にするのは自分の上に跨ったジゴクイヌの方のみ。


【ガルルガルゥルルルル!】


 ジゴクイヌはユミルの腕に噛み付いたまま、頭を左右に振り回す。ユミルは守りを緩めないためか腕を動かさないようにするも、それはジゴクイヌの頭……ひいてはその口にある牙に力が入るのと同じ事。

 一際大きくジゴクイヌが頭を引いた時、ユミルの腕の肉が牙によって深々と切り裂かれた。骨まで見えそうな傷跡だが、ユミルはその腕を庇いはしない。いや、庇う余裕もないと言うべきか。ジゴクイヌの猛攻は素早く、そんな『余計な事』をしていては、喉笛に噛み付こうとする動きに対処出来ないのだろう。

 怪獣同士の戦いの優劣など、専門家でない百合子に判断出来るものではない。しかし直感的な印象では、ユミルが圧倒的に不利なように思えた。

 このままでは恐らく、ユミルの方が負けてしまう。


「(って、何時までも見ている場合じゃないです! 逃げないと……!)」


 戦いをついぼんやり眺めていたと、今になって気付く百合子。避難指示も出ているのだから、無理してこの場に残る必要もない。ユミルを一人にするのは心配だが、自分が残っていても何も出来ないどころか邪魔にしかならない。

 幸いにして此処には自衛隊員もたくさんいる。ヤタガラス討伐作戦の要であるユミルを見殺しにはしない筈だ。八十メートル級のジゴクイヌにRPGや戦車砲程度が通じるとは思えないが、顔面に喰らわせれば煙幕ぐらいにはなる。援護があればきっと逆転も可能な筈。だからここは自分の安全を優先すべき――――

 そんな考えを抱いたのも束の間、ふと車窓から見えたものにより百合子は固まってしまう。

 茜だ。ユミルの傍に居た彼女は、逃げ出す素振りすら見せていない。むしろ倒れる形で遠くなったユミルに、近付こうとしているようにすら見えた。

 このままでは茜が危ない。

 親友の身が危険に晒されていると思った瞬間、百合子の身体は逃げるという行動を忘れた。むしろトラックを前進させて茜の下まで向かおうと、無意識にアクセルを踏もうとしてしまう……尤も、百合子が茜の下に辿り着く事はなかった。

 それよりも前に、ユミルが動き出したからだ。


【グ、ゥウオオオオオオ!】


 ユミルは獣染みた咆哮を上げながら、片腕を振るう!

 僅かな隙を見付けての一撃か。普通の人間なら痛みで気絶しそうなぐらい腕がボロボロになっていたが、それでもまだ反撃のチャンスを窺っていたユミルの闘争心には百合子も驚く。しかし如何に無防備な脇腹を狙った一撃とはいえ、体格差を考えれば大ダメージとはなるまい。

 せめてユミルの上から退くぐらいに怯んでくれれば、形勢を立て直せそうなのだが……素人の百合子はそう考えていて、


【ギャインッ!?】


 まさかジゴクイヌが悲鳴のような声と共に転がるように離れるとは、思いもよらなかった。

 予期せぬ展開に百合子は凍り付くように固まってしまう。それはユミルに駆け寄ろうとしていた茜も同じである。

 それどころかジゴクイヌに悲鳴を上げさせた、ユミルまでもが同様の反応を見せていた。ユミルは目を白黒させながら、ゆっくり、ジゴクイヌを殴り付けた自分の拳に目を向ける。

 ユミルが見た自身の腕には、巨大な『刃』が装備されていた。

 自衛隊が開発して強化重合金ブレードだ。ブレードは真っ赤に染まっており、傍目にも血だと分かる。ボタボタと滴り落ちている血の量からして、相当深く突き刺さったのが窺い知れた。

 そう、ブレードは確かに貫いたのだ――――通常兵器では恐らく打倒不可能な、ジゴクイヌの身体を。


【ゥ、ゥウウグルルルルルル……!】


 ジゴクイヌはまだ戦意を失っていない。闘争心を燃やした唸り声を上げ、ユミルを威嚇している。だが、身体が震えていて、更に足下に血溜まりを作っていた。どう見ても深手だ。

 その状態をみすみす逃すほど、怪獣ユミルは甘くない。


【……オオオオオオオオオオオオオッ!】


 雄叫びと共に、ユミルが跳ぶ!

 防御よりも素早さ・奇襲を意識した動き。自分の威嚇が全く通じていないと理解したジゴクイヌは身を翻そうとするが、既に手遅れだ。


【オォガアアアアッ!】


 ユミルはジゴクイヌの上に跨ると、力強くブレードを装備した腕で殴り付ける! 激突する度に肉を切り裂く生々しい音が鳴り響き、ジゴクイヌは大きくその身を仰け反らせる。ただではやられまいとばかりに鋭い爪のある腕を振り回すジゴクイヌだが、上に跨ったユミルには届かず。

 そしてついにユミルの一撃は、ジゴクイヌの首に突き立てられた。


【ギャヒッ……!?】


 甲高い声で鳴いたジゴクイヌの身体が、ぶるりと痙攣する。ユミルはその震えを全身で感じている筈だが、力を弛めず、更に奥にブレードを食い込ませるように突き出す。

 しばらくして突き立てた拳をユミルが引けば、ジゴクイヌの首から噴水のように鮮血が噴き出した。ジゴクイヌは白目を向き、力なく倒れ伏す。

 ジゴクイヌから降りたユミルは、恐る恐るジゴクイヌの頭へと近付き……止めの踏み付けをその頭にお見舞い。ベキベキと鈍い音とさを鳴らして、ジゴクイヌの頭が変形した。怪獣の生命力は凄まじいが、頭を潰されて生きていけるほどインチキでもない。ジゴクイヌの生命活動は、完全に停止したのだ。

 そしてそれは遠目に見ていた百合子よりも、足の裏で直に感じられるユミルの方が革新している事だろう。


【オオオオオオオオオオオオォ!】


 ユミルは勝利の雄叫びを上げた。森の彼方まで響きそうな、勝者に相応しい咆哮だった。

 身体が痺れるほどの声量に、百合子は呆然と立ち尽くす。対して親友の茜は、元気に跳ねながらユミルに近付いた。


「ユミル凄い! 凄いよ!」


【オレスゴイ! ツヨイ!】


 はしゃぐ茜に釣られるように、ユミルも両手を上げて喜んだ

 途端、がしゃんという音が鳴る。

 なんだと思って百合子は音が聞こえてきた、ユミルの足下に目を向けた。茜とユミルもそこに目を向ける。

 三人が見た場所にあったのは、バラバラになった金属のパーツ。

 ユミルが腕に装備していた強化重合金ブレード、の残骸だ。先がぐしゃぐしゃに潰れているし、真ん中でパッキリお割れてしまっている。素人目で見ても、完全に壊れているのが明らかだった。

 どうやらユミルとジゴクイヌの戦いがあまりに激しく、強化重合金ブレードの強度が足りなかったらしい。


【……コワレタ!】


 尤も壊した当人であるユミルは、全く気にしていなかったが。道具というのは使えばいずれ壊れるもの。そう割り切っているのだろう。

 逆に茜の方はかなり狼狽えた素振りを見せる。


「えっ!? こ、これ、壊して大丈夫……」


「問題ありませんよ」


 不安がる茜に声を掛けたのは、迷彩服を男。

 この現場に来ていた自衛隊員の一人だ。中年らしい顔立ちから判断して、それなりに高い地位にいる身だと思われる。

 男は笑顔を浮かべていて、本当に怒ってはいないようだ。あくまで、百合子が見た印象の話だが。


「元々試験用のパーツです。実戦使用に耐えられるかどうかを確かめるのも、今日の作業で行う予定でした」


「は、はぁ……でもここまでバラバラなのは……」


「実戦の結果ですから問題ありません。それに、ヤタガラス相手に使う時はもっと過酷な使い方をするのですよ?」


 自衛隊員からの言葉で、茜はハッとしたように目を見開いた。

 そう。強化重合金ブレードは対ヤタガラス作戦のための秘密兵器。

 八十メートル級のジゴクイヌは間違いなく強い怪獣だ。しかしヤタガラスは、かつて九十メートル級の怪獣とその子分達を同時に相手して、さしたる苦戦もなく打ち倒した事がある存在。ジゴクイヌに本気で打ち込んだ程度で壊れる剣が、ヤタガラス相手に通用するものか。

 この結果はむしろ、極めて『良い』ものと言うべきだ。ならばユミルを責めるのは、お門違いどころか愚策というものだろう。

 そして次は、もっと良い武器が送られてくるに違いない。人は失敗を糧にして、前に進んできた生き物なのだ。


「(少しずつ、ヤタガラス打倒に向けて進んでいるのですね……)」


 人類の歩みを目の当たりにし、人の強さを百合子は感じる。

 何時かヤタガラスに届く日が来るのではないか、怪獣のいない元の世界に戻る日が来るのではないかと、ほんの少しだけ、心の奥底で思えるようになっていた。

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