一騎当千

【グガアアゴオオオオオッ!】


 最初に勢いよく動き出したのは、ヤタガラス。

 大きな翼を羽ばたかせるや、ヤタガラスは猛烈な速さで降下。地上すれすれの位置を飛んで、レッドフェイス達に突撃する。

 これまで見てきたヤタガラスの羽根は淡い虹色の光を放っていたが、日の出前の暗闇の中ではその輝きがなく、ヤタガラスの全体像は漆黒のフォルムと化していた。そのためヤタガラスの姿は極めて見え難い状態だったが……空気の流れと思しき靄を身体に纏い、その存在を示す。

 ヤタガラスはただ飛んでいるだけなのだが、その飛行速度から生じる風は大災害そのもの。通過した場所では家々がオモチャのように舞い上がり、車や電柱が空中でスパークを上げた。あの場に自衛隊員がいたなら……その冥福を祈る他ない。

 そしてヤタガラスは人間の命など気にも留めず、自らの軌跡を残すように直進。そのままレッドフェイス達の群れに、ど真ん中から突っ込む!


【ホァオッ!】


【ホッホォ!】


【オォアッ!】


 対するレッドフェイス達は、一匹が指示を出すような声を上げると、二匹が前に出てくる。その二匹は両手を前に突き出し、ヤタガラスを受け止める意志を示した。やはり彼等は互いに意思疎通を行い、戦略的に動けるらしい。

 群れでの行動。人間からすれば恐怖でしかない光景だが、ヤタガラスは止まらない。

 構える二匹のレッドフェイスに対し、ヤタガラスは一切の軌道変更を試みずに激突――――そのまま二匹纏めて押していく!


【ホ、ホァッ!?】


 これには受け止めたレッドフェイス二匹も困惑。あまりにも圧倒的なパワーに、右往左往している。

 そんな二匹を翼に引っ掛けたまま、ヤタガラスは急浮上。上昇時の爆風で粉塵を巻き上げ、残る四匹のレッドフェイス達を怯ませた。

 大空へと連れて行かれた二匹のレッドフェイスは、ここで自分達がピンチだと気付く。高度は一気に何百メートルにもなり、怪獣達から見てもかなりの高さだ。二匹はすぐさまヤタガラスから離れようとして、


【グガァッ!】


 しかしその直後、ヤタガラスが一際大きく翼を羽ばたかせた。

 離れようとしていた二匹のレッドフェイスは、当然翼に捕まる事も出来ない。投げ飛ばされるようにレッドフェイス達は放り出され、地上に自由落下以上の速さで落ちていく。

 墜落時の衝撃は凄まじく、数キロ離れていた百合子達にも地面の揺れが伝わってきた。自衛隊の攻撃もものともしなかったレッドフェイス達だが、この高さから落ちると流石に痛いらしい。濛々と巻き上がる粉塵の中で、藻掻くように手足を暴れさせていた。


【グガアアァッ!】


 ヤタガラスはその苦しむレッドフェイス達の真上に降下。一匹を容赦なく頭を足で掴むと、ギリギリと音が鳴るほどの力で握り締める。

 レッドフェイスは苦しげに暴れた。振り回した手が何度もヤタガラスの足や身体に当たるが、しかしヤタガラスは攻撃を止めようとはしない。このままその頭を握り潰すつもりのようだ。

 仲間を助けようとしてか、捕まらなかった方のレッドフェイスがヤタガラスの身体を殴るが、こちらもヤタガラスは気にも留めない。精々鬱陶しげな眼差しを送るだけであり、レッドフェイスの攻撃は殆ど通じていないようだった。その間もヤタガラスの足は力を増し、レッドフェイスの頭が微かに変形し始めた


【ホオオアアアオオッ!】


 直後、一匹のレッドフェイスが高く跳び上がりながらヤタガラスに迫る!

 ヤタガラスに挑むのは、仲間達に指示を出していたリーダー格らしき個体だ。振り上げた拳は硬く握り締めており、拳を作っている。ギラギラと燃える眼差しは闘志に溢れ、自分より間違いなく強い筈のヤタガラスを一切恐れていない。

 レッドフェイスはヤタガラスとの距離が縮まったタイミングで、鉄拳を繰り出す。拳の狙いは頭。強力な一撃が、ヤタガラスの脳天に打ち込まれた。

 するとヤタガラスは僅かに顔を顰め、掴んでいたレッドフェイスを放してしまう。


【ホ、ホォアアッ!?】


 自由になったレッドフェイスは大急ぎでヤタガラスから離れる。折角一匹目を仕留められるところだったのに、邪魔された格好になったヤタガラス。だが、彼はもう逃げるレッドフェイスなど見ていない。

 自分の行動を『邪魔』したレッドフェイスに、鋭い眼差しを向けていた。

 リーダー格らしきレッドフェイスは、更にもう一発の拳を振るう。ケダモノらしい大雑把で、それ故にパワフルな一撃はまたしてもヤタガラスの頭を打つ。

 此度も強烈な打撃だったらしく、ヤタガラスは僅かに仰け反った。とはいえダメージとしてはその程度でしかなく、元の体勢に戻った時、ヤタガラスの目は怒りで激しく燃えていた。

 反撃とばかりに繰り出したのは、巨大な翼だ。

 翼の一撃はレッドフェイスを大きく突き飛ばした。拳の一撃でヤタガラスを仰け反らせたリーダー格の個体だが、やはりパワーではヤタガラスの方が上らしい。ただ一発の翼で二回ほど転がってから、ようやく体勢を立て直す。

 リーダ格の個体の周りに、すぐに他のレッドフェイス達が集まる。司令塔を守ろうとしているようだ。けれどもヤタガラスはそんな彼等の努力を嘲笑うように、今度は空も飛ばずに大地を駆けてくる。好機とばかりにレッドフェイス五匹が跳び付くも、翼にしがみついた個体は翼ごと地面に叩き付けられ、足にしがみついた個体は呆気なく持ち上げられて踏み付けられる。胴体や背中に掴まった個体など、存在すら無視されていた。


【ガアッ!】


【ゴフォアッ!?】


 ヤタガラスは最後まで止まらず、リーダー格の個体まで猛進。全身を押さえ付けられている事など無意味だと言わんばかりに、強烈な蹴りでリーダー格を突き飛ばす! リーダー格はまた吹っ飛ばされ、市街地に土煙が上がる。

 ガマスルよりは善戦しているようだが、レッドフェイスは明らかに苦戦している。ヤタガラスの暴挙は止まらず、六匹の群れは蹂躙される格好だ。様々な種類がいる怪獣。戦いの得手不得手があるのは仕方ないとしても、ヤタガラスはあまりにも強過ぎる。レッドフェイス達が、まるで赤子のようだった。


「……やっぱり、数だけじゃダメか……」


 レッドフェイス達がヤタガラスを倒してくれると、少しは期待していたのだろうか。茜はぼつりと、悔しげに呟く。

 百合子も、殆ど勝負は決したと思った。六匹のレッドフェイスは一回一回の攻撃で傷を負っているが、ヤタガラスは未だ無傷。しかもレッドフェイスは渾身の力で戦ってるのに対し、ヤタガラスは動きに余裕を感じさせた。数で圧倒しているレッドフェイス達だが、スタミナ勝負に持ち込んでも勝てそうにない。

 今はまだ六匹で協力しているので『善戦』出来ているが、一匹でもやられたなら状況は一気に悪くなるだろう。そして戦いが始まって一分も経たずに一匹失いかけた辺り、そうなるのにさして時間は掛かるまい。

 この対決もヤタガラスが勝つのだろう。茜だけでなく、百合子もそう思い始めた。


「……妙ね」


 ただ一人、真綾だけが疑問を呈す。


「妙って、何が?」


「レッドフェイス達のリーダーよ。あの個体だけ、なんでヤタガラスに攻撃が通じたの?」


「え? そりゃあ、他の奴よりも力が強いからで……」


「見た目、同じ大きさなのに?」


 真綾の疑問に茜は答えたが、更なる疑問でその口は閉じる。百合子も、茜と同じく何も言えない。

 レッドフェイス六匹は体長はどれもほぼ同じ、六十メートルほどだ。多少の違いはあるとしても、少なくともパッと見で分かるような差ではない。

 怪獣は身体が大きくなるほど、力もどんどん大きくなる。逆に言えば、身体のサイズが同じなら互角の力の筈なのだ。個体により多少筋肉の量が違うにしても、ヤタガラス相手に鬱陶しがられる程度の力と、仰け反らせるほどの差が生じるとは考え辛い。

 言われてみれば確かに奇妙だ。百合子は抱いた違和感に突き動かされるように、ヤタガラスとレッドフェイスの戦いに目を向ける。


【ボギャアッ!?】


 まるでそんな百合子に見せ付けるかのように、ヤタガラスは足にしがみついていた一匹のレッドフェイスを蹴飛ばした。蹴られたレッドフェイスは何百メートルと飛ばされ、市街地を激しく転げ回る。

 翼に掴まっていたレッドフェイス二匹も、何度も振り回された事でついに力尽きたのか。投げ飛ばされてしまった。マンションなビルに激突し、瓦礫と粉塵の下にレッドフェイス達は埋もれてしまう。

 残るは胴体にしがみついていた一匹。


【ガアアッ!】


【ゴハォアッ!?】


 残る一匹に対しヤタガラスは膝蹴りをお見舞いする。鳩尾に入った一撃でレッドフェイスは大きく呻き、僅かに離れた隙を突いてヤタガラスは二度目の蹴りを放つ。

 鳩尾の痛みで力が入らなかったであろうレッドフェイスは、そのまま膝を付いてしまった。ヤタガラスはこのチャンスを見逃さない。容赦なく背中を踏み付け、レッドフェイスを地面に這いつくばらせる。

 立ち上がろうとするレッドフェイスの頭を、ヤタガラスは足の爪でがっちりと掴んだ。その時、地平線が眩く輝く。どうやら夜明けの時間を迎えたらしい。


【……………】


 段々と周囲が明るくなる中、ヤタガラスはしばし地平線の太陽を見つめていた。尤もそれは僅かな時間の事柄だ。太陽を見ていた眼差しは、すぐに自分が踏み付けているレッドフェイスに戻す。

 次いでヤタガラスは、大きく自らの翼を振り上げた。

 直後、ヤタガラスの翼の縁 ― 具体的には腕の骨があるだろう部分 ― が煌々と輝き始める。戦いの推移を見守っていた人々から、困惑によるであろうどよめきが起きた。しかし百合子達三人は息を飲むだけ。何故なら過去に一度、その攻撃は目にしているからだ。

 光り輝く翼による切断攻撃だ。

 ガマスルさえも容易く一刀両断にした技。群れではあっても、レッドフェイス一匹の大きさはガマスルよりも小さい。この技に耐えられる道理はないだろう。

 そろそろ一匹リタイアか。そう思った時だ。


【ホオォオオオオアアアアアッ!】


 レッドフェイスの一匹が、猛々しい咆哮と共に突撃してくる!

 勇猛果敢なその個体は、恐らくはリーダー格の個体。いきなりの大声を不快に思ったのだろうか、はたまた司令塔を潰せば残りは烏合の衆になると読んでの事か。いずれにせよヤタガラスは振り上げた翼の狙いを、足下の個体からリーダー格へと変更。

 光の軌跡を描きながら、凄まじい速さで翼を振るった。


【ァアオッ!】


 ところがリーダーは、この翼に反応。素早く両手を構えるや、なんと翼の根本を掴んだ。

 翼は全てが光り輝いていた訳ではない。あくまでも刃のように振った時相手を斬りつけるであろう側の一部だけ。根本の方に光はなく、そこは素手で掴んでもレッドフェイスを傷付ける事はなかった。

 しかもリーダー格の個体は、そこから素早く手を動かし、翼の内側、風切り羽などが伸びている方を掴むと、なんと持ち上げてしまった。もう片方の翼も掴み、両手でヤタガラスの翼を持つ。

 奇妙な事に、ヤタガラスは掴んだリーダー格を怪力で叩き伏せる事が出来ていない。いや、今までならば翼を掴まれたところで、持ち上げられる……動きを変えられるなんて事はなかった。ヤタガラスの身に何が起きたのか。或いは体長七十メートル近いレッドフェイスのリーダー格の本気がこれなのか――――


「……あ、れ?」


 激戦を眺めていた百合子だったが、こてんと首を傾げてしまう。

 リーダー格の体長は、七十メートル近く。

 恐らく間違いない。六十メートルほどのヤタガラスの傍にいて、そこから十メートルぐらい高いのだ。間違いない。間違いないが、だ。他の仲間と同じ、六十メートル級の身体だったと記憶している。

 自分が今まで勘違いしていたのだろうか? 百合子の考えるもしもは、傍に居る茜と真綾の顔から、違うと判断した。友達二人も、レッドフェイスとヤタガラスの体格差に違和感を抱いている。

 何か、異様な事が起きている。

 その予感が正しい事を、百合子は自らの目で知る事となった。

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