第49話 暴走
「……や——やめてええええええええっ!」
「アリア……!」
「どうしてですか、どうして……確かに、今のはアーファが悪かったと思うけど魔法まで使おうとするなんて! そんなの!」
「アリア! 待って!」
額は治した。
だが、だからこそ気がついたアリアはすぐにリズを……妹を守ろうと立ち塞がる。
巨大な火球に膨れ上がったその魔法は、アリアが手をかざすと一瞬で魔力へと分解されて消えてしまう。
「は?」
どさり。
ゼジルが放とうとしていた魔法は、アリアによって綺麗さっぱり消え去った。
力んでいた原因となる魔法の消失で、後ろにへたりと尻餅をつくゼジル。
目を見開いて、その魔力をあっさり吸収してしまうアリアを見ている。
だが焦ったのはリズの方だ。
アリアは、魔法が苦手。
使い方さえ覚えれば、瞬く間にリスを越える【賢者】または、【大賢者】になることだろう。
リズが自然界から調達する魔力を、アリアは体内から取り出して使える。
たとえばあの広大な地下施設を[複写]する魔力をリズが集めるとするのならば、井戸から水を組む時に使うバケツいっぱい分を集めなければならない。
アリアはそれを、体内から取り出せばいい。
その差は『魔力を収集する』という、作業工程の一つを省略するということ。
もしリズがアリアのような特異体質ならば、とうの昔に空に空いた空間の穴を塞げている。
誰にも、なにも告げることなく。
国を巻き込むことなく。
いや、『勇者特科』の廃止のために多少脅しの材料には、したかもしれないけれど。
とにかくそれほどアリアの体質は特異であり、取り扱いは慎重にならざるを得ない。
——元来の優しく穏やかな性格上、よほどのことがなければ——。
「アーファを、わたしの妹を……いじめる人は誰であろうと許しません! 今度こそわたしが守るんだ……わたしが!」
「アリア落ち着いて! ボクは大丈夫だから……アリア!」
アリアも前世の記憶がある。
前世でもアリアとリズは双子だった。
そして、アリアは前世からこの特異体質。
そんな姉を守りたくて、リズは前世で魔道を極めた。
けれど引き離され、アーファリーズは志半ばで国により処刑されるのだ。
アリアは、知っていたのだろうか?
離れ離れになり、それ以降会うことはなく死に別れたのに。
双子だったからこそ、感じるものでもあったのかもしれない。
今世でも双子に生まれて、よかったと思っていた。
手を合わせて、物心ついた頃にはもう家は大変なことになっていたけれど……記憶がお互いあったから、立ち振る舞えたと思う。
『キミを守るために』
お互いがそう思っていた。
だから人類よ、どうかそっとしておいてくれ。
アリアはとても優しい女の子なんだ。
代わりに——ボクが戦うからと——。
「くっ!」
「きゃあ!」
「こ、これは!」
スカートを押さえつけるモナたち。
会場の中に渦巻く魔力は、自然魔力だ。
轟々と音を立てて渦は広がり、アリアの中へと吸収されていく。
リズは慌ててアリアの手を掴む。
一瞬で、リズの中の魔力も吸い上げられた。
「うっ……!」
「ア、アーファ! ……あ、あれ? あれ?」
「アリア、落ち着くんだ! 魔力を取り込むのをやめろ! マナ元素に凝縮すると毒素を出すようになる! 吐き出すんだ!」
「……だ、だめ! やり方わからない……!」
「っ!」
アリアは魔法の才能がない。
苦手で、魔法を使う感覚がわからないと言っていた。
前世でもアリアに魔法を使わせる時は、リズが制御を行なっていたほど。
(お、落ち着け、落ち着け。ボクまで混乱してはいけない。御する。自分のこともアリアのことも、ボクが)
ものすごい勢いでこの場所を中心に魔力が集まっている。
会場にいた卒業予定の生徒たちは、魔力が集まる際に起きる風に足を取られてみな床に座り込んでいた。
ここは台風の目の中心。
アリアの周りに渦巻く風は、すべて魔力の塊。
気がつけばもはや魔力の竜巻は壁のように周囲を遮断している。
かろうじて会場の中の様子がわかるが、これはリズが高濃度の魔力になれているからだろう。
(まずい、濃度の濃い魔力はマナ元素になる。マナ元素は瘴気と同じく毒素を出す。ここの生徒たちは耐えられない……!)
今更あのバカ王子とその婚約者がどうなろうが知ったことではないが、この状況が長く続けば国が滅びかねない。
王都全体が呑まれるのは時間の問題だし、このまま放置すればこの国すら呑み込む。
国の魔力を吸い上げて、アリアの体内で魔力がマナ元素になるほど凝縮したら、アリアの体はその毒素で死んでしまう。
こうならないために、穏やかに生きられる田舎に残してきた。
いつか学園に通えるようになっても、その頃には精神的にも落ち着きを持ち、肉体は成長したことで安定度も高まる。
それまでは、と思っていたのにあのバカ王子。
「管理人さん!」
「フ、フリードリヒ! なにしてんの下がりなさい!?」
「いやです!」
「!?」
ズボッ! と、魔力の竜巻に腕を突っ込み、そう叫ぶフリードリヒ。
いやいや、リズとアリアを包むこの竜巻、どんどん魔力を周囲から回収して秒速で濃度が上がりマナに近いものになりつつある。
今はリズがアリアの手を握り、アリアの体内に入るのを防いでいるから行き場をなくして竜巻状になっているが、だからこそその竜巻に腕を突っ込むなんて下手をしたら腕が吹っ飛びかねない。
それを、フリードリヒは迷わずやりおった。
しかも抜く気がなく、さらに体まで入れようとしている。
竜巻の壁とリズたちは一メートル近く離れていた。
腕だけでは、確かに届かない。
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