第33話 ゴブリン退治【後編】


 [探知]の魔法からでも、ゴブリンの群れが渓谷に集まっているのは間違いない。

 脅威なのは進化しているゴブリンたち。

 先程ヘルベルトとマルレーネが言っていた、ソードゴブリン、アーチャーゴブリン、マジシャンゴブリンなど。

 ゴブリンの『邪泉』を地下施設に転移させたので、この作戦後に好きなだけ戦えるのだが……。


「もー、いい加減にするだべ。フリードリヒは戦いたいだけだべ」

「うっ! うんまあ、だって初めて戦う魔物って興味あるし」

「おい、うるせぇぞ素人ども! お前らは渓谷西を見張ってろ! ないとは思うが氷の壁を超えてきたら、お前らが倒すんだぞ!」

「わ、わかった」


 ちら、とヘルベルトがリズを見る。

 一応こちらの判断を仰いでいるようだ。

 ふむ、と頷いてみせる。


「ヘルベルトの好きにするといいよ」

「えっ」

「ヘルベルト、確かにお前は『勇者特科』の最年長だけど、リーダーを自負するならボクの指示を仰ぐ必要はないよ。ボクは今のところ君たちの師でもなければ担当教師でもないしね」

「うっ」

「自分で判断して、指揮してみせな。そのための機会だよ」


 剣の柄を握るヘルベルトの手に力がこもるのが見えた。

 元々はエリザベートとヘルベルトが『勇者特科のリーダー』を奪い合っていたように思う。

 しかし、エリザベートがロベルトとの婚約を再び結んだあたりから、エリザベートの性格は大変丸くなった。

 現在進行形でロベルトと手を繋いで、隙さえあれば見つめ合って微笑み合う……完全な恋する乙女。

 あれはあれで可愛らしいので、別にいいと思う。

 だが、リーダーたる存在になろうというのなら、クラスメイトをしっかりと管理し、導かなければならない。

 あの堅物はマルレーネへの好意とは別に、その責任感から『クラスメイト全員』を守ろうとしている。

 そういうところが、彼の【勇者候補】たる所以だろう。


「し、しかし……」

「ちゃんと見ててあげるから大丈夫。本当に危なくなったら助けてあげるよ。冒険者の先輩としてね」

「む……」


 担任教師であるならば、それを理由に堂々と色々教えることもできるのだが……。

 生憎とまだ、その資格は取れていない。

 ただの寮管理人だ。

 だから冒険者の先輩として、彼らを冒険者として導く。——まだ、今は。


「……あれだけ見るとただの貴族のぼっちゃんだな」

「まぁねぇ」


 ストルスの呟きには、同意する。

 彼らは勇者としても冒険者としてもまだまだ未熟。

 戦う者の顔をしていない。


「まあいい。そろそろ本格的に始めるぞ」

「はいはーい。……スノウ!」

「あぉーーーーーーん!!」


 西側にいた渓谷を挟んでいたフェンリルは三匹。

 リズとスノウの合図で、口から氷結の風を吐き出す。

 すると渓谷を塞ぐように氷の壁ができあがる。


「私たちの役目は、ここからゴブリンが逃げた場合の処理だ。これほどの高さの壁を超えてくるゴブリンなど、いないと思うが」

「油断は大敵ですわ。多種多様なゴブリンの中には、ファイターゴブリンという膂力に秀でたゴブリンもいます。壁を崩された場合、フェンリルたちと連携して……」

「それは私が指示を出す! 君は黙っていたまえ、エリザベート!」

「まあ……! なんですの、その言い方! あなた最近おかしいですわよ! なにをそんなにピリピリしてらっしゃるのかしら!」

「少し前のエリーみたいだよ、ヘルベルト」

「ま、まーーーっ! ロベルト!」


 キィ、と甲高い声を上げるエリザベート。

 その隣で友人を案じるロベルトに、ヘルベルトは苦虫を噛み潰したようなど顔を見せる。

 ヘルベルトは、焦っていた。

 ここ数週間、あの広い地下施設の訓練場でボアと毎日戦い、己の未熟さを日々思い知るようになって殊更。

 ヘルベルトの武器は大剣。

 他の生徒たちよりも最前線で攻防に優れたもの。

 ボア相手ならば、おそらく誰よりも。

 それなのに、ヘルベルトは通常サイズにすら苦戦する。

 リズに「[身体強化・強]の魔法を使いこなせれば、広範囲で大量のボアを吹っ飛ばせるようになるでしょ」と言われて、何度も試してみた。

 それを覚えるには[身体強化]を繰り返すしかない。

 だが、ヘルベルトはそれ以外の[身体強化]魔法をなかなか覚えなかった。

 焦った。

 クラスメイトたちはどんどん実戦で新しい技や魔法を覚えていったのに。

 なぜかヘルベルトだけ、なにも覚えない。

 焦りが加速して、一人だけ深夜に地下訓練場に入り込んだりもした。

 それを感知してやってきたリズに相談もした。

 リズの助言はシンプル。


『足掻くしかないよ。少なくともキミが今以上に成長するにはそれ以外ない。苦しくても、苦しくても。可能性はその先にしかない。ただ、キミは今の状態が限界ではない。だってキミは【勇者候補】だからね——』

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