第32話 ゴブリン退治【前編】


 二日後、冒険者協会前。

 緊張の面持ちの六人を引き連れて、リズはストルスに声をかけた。

 そこからゴブリンの群れが集まっているという渓谷に向かう。


「渓谷か……奇襲には向いてるけど、ゴブリンロードがいると思うとちょっと厄介な場所だね」

「厄介なんですの?」


 首を傾げたのはエリザベートだ。

 彼女も日々のボアとの戦いでだいぶ体の動かし方を覚えてきている。

 とはいえ、やはり地下施設の訓練場は真っ白なただの空間。

 地形による影響などは、まだまだ勉強不足。

 ならば今回はそれを覚えるきっかけになってくれればいい。


「戦いって、まあ基本上からが有利なわけよ」

「ええ、それは存じておりますわ」

「渓谷って上から奇襲……まあ魔法を落としたり矢を射たり、有利なんだよ。でもじゃあ逆にこっちが下になった場合は? って話」

「なるほど」

「なにより相手はゴブリンだ。しかも今回はゴブリンロードも確認されている」

「ゴブリンって強いですか!」


 大声を出したフリードリヒに、人差し指を唇に当てがったところを見せて黙らせる。

 こいつはいつも声がでかい。

 渓谷のある森の中に入っているのだ、あまりうるさくするな。


「フリードリヒ、そういうのは事前に調べておくものだろう」

「ヘルベルトさん。えへへ、ごめんなさーい」

「ゴブリンとは子ども程度の知能を持つ魔物だ。悪知恵が働き、学習能力もある。武器を奪えば見様見真似で使ってくる程度にはな」

「へぇ……」

「ワタシたち人間が武器や魔法を使うのを見て、使い方を覚えるのだそうよ。ワタシのように弓矢を覚えたゴブリンをアーチャーゴブリン。ヘルベルトみたいに剣の扱いを覚えたゴブリンをソードゴブリン。ロベルトのような魔法を覚えたゴブリンをマジックゴブリン。モナのような回復魔法を使うゴブリンをシャーマンゴブリン。そんな風に呼ぶの」

「へぇっー!」


 ふむふむ、とリズはフリードリヒに説明をするヘルベルトとマルレーネに感心する。

 ちゃんと調べてきていたらしい。

 よい心がけだ。

 フリードリヒはちゃんと見習うべきだ、まったく。


「つまり、いつものボアとの戦いとは別物なのよ。相手が頭を使うんだから、こっちはそれ以上に頭を使わなければ」

「マルレーネの言う通りだぞ、フリードリヒ。そういうことだ」


 うんうん、と頷くヘルベルト。

 それになんとも言えない顔をするリズ。

 結婚したら尻に叱れるだろうな、と思う。


「でもさー、管理人さんがやれば簡単なんじゃないの?」

「それはこの間も——というより、ボアの時から説明していると思うがキミたちの成長の妨げになるからボクは手を出さないよ。自分たちで考え、戦って勝っておいで」

「っ!」

「まあ、手助けはしてあげるけど」


 そう言って、フェンリルの幼体を呼び出す。

 新たに使い魔にしたフェンリルの幼体、スノウは、今の今まで仲間のもとにいた。

 使い魔にすればどこにいても呼び出せる。

 そしてこれまで、スノウには群れに作戦を伝えてもらっていた。


「準備は終わってるってさ」

「よし、では合同作戦を実行する」

「作戦?」

「来る前に聞いただろうっ。ともかく、我々は後方支援だ。まだ実戦に慣れていないからなっ」


 フリードリヒ、本当にダメな子である。


(だが、ボクの見立てだとこの子が一番【勇者】に近い……。本当ならボクが直々に導いてあげたいけど……)


 ちらり、と見たのはヘルベルトだ。

『勇者候補』の一人として、彼は特に責任感を持っている。

 マルレーネへいいところを見せたい、という下心もあるが、それを差し引いても彼は真面目で堅物で誠実な人物。

 おそらく他の誰よりも『勇者にならなければならない』と思っている。

 四大侯爵家の子息の一人として。

 最年長者として。

 男として。

 生きづらそうな男だな、と思う。


(とはいえ、ゴブリンロードがいる大群のゴブリンが渓谷に隠れるのはやはり違和感があるんだよなぁ。だから、多分……)


 [広範囲探索]を使う。

 五キロ四方を調べると、やはり『邪泉』を見つけた。

 ゴブリンの『邪泉』だ。

 地下施設に転移させておく。

 ボアもゴブリンも大量に湧き出るタイプ。

 しかも進化しやすく、多種多様な進化先がある。


(まあ、いいか。多少知恵を持ってる敵とも、多く戦った方がいい。デーモン種やドラゴン種は、ボアやゴブリンの進化先の比じゃないしね)


 もちろんボアやゴブリンの進化先が弱いわけではない。

 デーモン種とドラゴン種が強すぎるだけだ。


「こら、フリードリヒ! 勝手な行動をしようとするんじゃないっ!」

「ちょっと見に行くだけだってばー」

「…………」


 冒険者のクランに、ついていこうとするフリードリヒの首根っこを掴むヘルベルト。

 年齢的にも仕方ないのかもしれないが、それでも落ち着きがない。

 フリードリヒは槍を手に目がワクワクしている。

 あれは、ただ好奇心だけではない。

 最近ボアとの戦いで鍛え、実戦経験を重ねたことで別な種類の魔物と戦うのを楽しみにしているのだ。

 よもやこのような弊害が生まれるとは。


(アレは後方支援だけで落ち着きそうにないなー。本当ならフェンリルたちの氷結魔法で渓谷を塞ぎ、冒険者クランの弓矢や魔法で上からゴブリンの群れを一掃しようと思っていたんだけど……)

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