第13話 ユスト侯爵家の事情
「ベル、マルレーネに会うかどうか聞いてきて」
「にゃおん!」
「ユスト夫人はこちらでお待ちください」
「あ、ありがと」
玄関のソファーで待たせ、マルレーネのところへベルを使いに走らせる。
数分後、戻ってきたベルは「にゃーん」と低い声で首を振った。
夫人には会いたくない、ということらしい。
「そう、やっぱり……」
「喧嘩でもしているのですか?」
込み入った話を聞く気はないが、規則を変えた責任がある。
そのせいでユスト侯爵家に睨まれるのは嫌なので、最低限事情は把握しておきたい。
万が一規則を変えたリズのせいでマルレーネに会えなかった、なんて難癖つけられるのは困るのだ。
「喧嘩、ね……。ふふ、喧嘩をするほど仲良くはないわ」
「そ、そうですか」
「でも、そうね。規則が変わっていつでも会いに来れるのなら、また明日も来ようかしら。手続きが面倒で、これまでは月に一度にしてたけど……。それともしつこすぎると嫌われるかしら? どう思う?」
「えっ」
微笑んではいるけれど、ユスト夫人の瞳は本気で縋るような色をしていた。
だから、顎に手を当てて考えてみる。
「会いたい理由に、よるかなぁ、と。……けど、親が子に会いたいのは普通だと思うから……マルレーネが反抗期なだけ、ですかね?」
他に理由が思いつかない。
ただ、ユスト夫人の言う「喧嘩するほど仲がよくない」というセリフが気になる。
「…………」
「あ、あの?」
「いえ、反抗期……そうね……反抗期、なら……でも……」
「奥様……」
空気が、重い。
ベルが耐えきれなかったのか、「にゃん」と鳴いてユスト夫人の膝に乗る。
苦手だったらどうするんだ、と心配したが、夫人は微笑んでベルを撫でた。
「あら可愛い」
「く、黒猫ですが」
「そういえば黒猫は不吉という言い伝えがあったわね。……でもわたくしは気にしないわ」
「よ、良かったです」
どうやら普通に猫好きなようで、ベルがいじめられることはなさそう。
それを一番心配していたのでほっとした。
そうしてしばらく撫でていると、ユスト夫人がぽつりと話し始める。
「ねぇ、新しい管理人さんはどうしてここの管理人になったのかしら?」
「え? ……ああ、本当は騎士志望だったんですよ。でも、ボクは子どもで性格が生意気だからとここを勧められたんです。そんな法律も決まりもないのに!」
「そうだったの。でも、管理人さんみたいな小さな子どもが勇者候補の学生寮を管理するのは大変じゃないの?」
「ボクの名前で調べてください。ボク、天才なので。本当なら魔法騎士団でも十分にやっていけたんですよ」
「あらあら」
この人も見た目と年齢で判断する人なのか、と唇を尖らせる。
面会を拒絶されたなら、帰ってくれないかなぁ、と思い始める程度にはリズの機嫌は悪くなった。
けれどベルの顎を撫でていたユスト夫人はにこやかに微笑む。
「実はね、マルレーネは我がユスト家が孤児院から引き取った子なのよ」
「えっ」
そうしてさらりと爆弾を投下する。
びっくりして変な音程の声が出た。
「うちには男の子しかいなかったの。うちで長く援助してきた孤児院から、天啓を与えられて【勇者候補】の称号を持った者が出たと聞いて引き取ったのよ。……その時に、マルレーネはうちの養女になる条件として多額の援助金とこれまでの月額援助金額の上乗せを提示してきたわ」
「……っ」
「その時初めて、孤児院の出資報告を見たのだけれど、よくこれでやりくりしているな、という印象だった。さすがにおかしいと思って調べたら、孤児院を任せていた院長が賭博に使っていてね……クビにしたのよ。でも、その頃マルレーネは勇者特科に入学していて、どうやらそのことが曲がって伝わったみたいなのよ。……多分検閲のせいでしょう。すっかり嫌われてしまったみたい」
微笑みながら、しかしユスト夫人から悪意のようなものは一切感じない。
初めての女の子——夫妻にとっては娘、子息たちにとっては妹ができたことで、ユスト家は浮足だった、ともつけ加えてきた。
ユスト侯爵と義理の兄となった三人も、それはもう新しい妹が来るのを楽しみにしていて、しかしすぐに勇者特科に入ってしまったのでソワソワしっぱなし。
手紙も送ったが検閲で返ってくるので、最近は送っていないらしい。
だから唯一時間の調整ができる夫人が直接赴いているが、このように面会拒否されてばかり。
「やはりマルレーネには、嫌われているのかしら。ねえ、管理人さん、それだけでも聞き出してもらえないかしら? お金で解決できるなら解決したいの。マルレーネに嫌われているのなら、それはそれで仕方ないわ。でも……」
「……ふむ」
もしかしたら、誤解しているかもしれない。
[虚偽判明]の魔法に夫人の言葉は反応しないので、本音なのだろう。
金で解決できる問題なら、金で解決する。
だがマルレーネをきちんと家族として迎えたいユスト家にとって、それではいけないのだろう。
マルレーネが院長のクビをどのように聞いているのか。
貧困の原因がユスト家の援助が少なかったせいだと、今も思っているのだとしたら……。
「実は外出許可申請が必要な規則も廃止したんですよね」
「え?」
「ふふふ、そういうことなら任せてくれませんか? 次の大地の日、その孤児院にマルレーネを連れて行きます! そこでちゃんと話し合いましょう!」
「!」
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