第12話 初の来客

 

「え? ヘルベルト、キミ、マルレーネに懸想けそうしてたの?」

「はっ!」


 リズの存在を、今更思い出したかのような顔。

 耳まで真っ赤にした堅物男の表情に、思わず指先で口元を覆って「あんらぁ」と漏らす。

 あの無気力令嬢に、この堅物男が。

 ロベルトはニコニコ話を聞いているし、一番口のゆるそうなフリードリヒは「けそーってどういう意味っすか?」と首を傾げている。

 フリードリヒは、単なるお馬鹿だったか。


「いや、ちが、ちが、ち、違わなくないですが

 、ち、ちがいます」

「聞こう」

「じ、自分は虫が苦手だったのですが」

「虫が」

「今は平気ですよ! ここにきたばかりの頃です! ……お、大きな毛虫型の魔物が庭に侵入してきて、全員で訓練がてら倒そうということになったんです。……で、でも、その、わ、私もエリザベートも……」

「あー……」


 剣で斬れば中身がブシャー。

 貴族の彼らはさぞ、恐ろしかったことだろう。

 いや、しかし聞けば彼ら、実戦がその時初めてだったらしい。

 つまり、フリードリヒとモナも魔物とはいえ生き物を殺したのが昨日初めて。

 躊躇していたのはそのせいだったのか、と様子を思い浮かべて納得する。

 話を戻すがその芋虫型の魔物は人と同じくらいのサイズ。

 おそらくメガフォレスという虫型魔物の幼虫だろう。

 躊躇して足を糸で固定されたヘルベルトを助けたのが、弓士のマルレーネ。

 魔物の額に一矢。

 それで倒してみなの窮地を救った。

 しかしやはりあまり喜びも恐怖も彼女は見せず、クールに髪をかきあげて立ち去ったらしく、その姿にヘルベルトは胸キュンした、と。


「今は平気ですからね」

「分かったってば」


 地下にある擬似戦闘魔法の施設で、虫型の魔物とこれでもかと戦い、克服していると語るヘルベルト。

 好きになった女の子に、二度と情けないところを見せたくない、ということのようだ。いじらしい。


「……いや、それよりも……つまり、その冒険者登録とやらをすれば依頼を受けられるようになり、お金を稼げる、ということ、だったのか」

「そうだよ。お金の価値や使い方、依頼や物価の相場も日常的に触れていなければ分からないだろう? 外出禁止、外出するなら許可を。副業禁止、どうしてもしたいなら許可を。そんな規則、この施設の中で生きていくより先の一生の方が長いのに無意味すぎる。むしろ妨害だ。だから撤廃したの。キミたちはもっと多くを学ばなければいけない。違う?」

「「「…………」」」


 知らないことというのはとても危険なのだ。

 向上心があるのは素晴らしいが、好奇心がなければ幅広い成長は見込めない。

 なにが勇者だ、と、また腹が立ってくる。

 閉じ込めて、勇者など育つわけがない。


「ん?」


 だが、彼らの答えを聞く前に玄関でベルがリズを呼び出した。

 黒猫の使い魔、ベルには玄関で来客受付を担当してもらっている。

 転移で飛んでみると、そこには上品なご婦人が立っていた。

 ベルに微笑みかけて、顎を撫でている。


「おはようございます。どちらさまでしょうか」


 リズが声をかけると、夫人は顔を上げて「まあ」と微笑む。

 夫人の後ろにいた侍女が荷物を持って前に出る。


「失礼ですが、あなたは?」

「ん? ああ、ボクは新しく寮管理人になったアーファリーズ・エーヴェルイン。子どもに見えるだろうけど、実力はその辺の大人じゃ太刀打ちできないから安心してほしい」

「あらあら」


 侍女が警戒するのも、主人が後ろにいるのなら仕方のないこと。

 しかし、当の主人は気にした様子もなく微笑んで見下ろしてくる。

 明るいオレンジ色の髪と紫の瞳のご婦人は、バスケットをカウンターの上に置くよう侍女に指示をだし。

 そうしてリズの前にやってくると、スカートの裾を摘む。


「ご挨拶が遅れてごめんなさい。わたくしはアンネ・ユスト。この特科に入っている、マルレーネ・ユストの母よ」

「!」


 四大侯爵家の一つ、ユスト家。

 四大侯爵家の中では歴史が最も古く、その血筋は遡るとシーディンヴェール王家の前進であるオズロスト王家に連なるという。

 商才のある者が当主になることから、銭ゲバ侯爵と陰口を叩かれていたりもするが、その発言権は四大侯爵家随一。

 さすがにそんな家の女主人が相手ともなれば、いささかの緊張はリズでも覚える。


「それは、それは……本当になんのご用でしょう?」


 正直、リズは貴族の振る舞いにまるで自信がない。

 前世はもとより、今世でもそれらしい感じ、程度にしか学んでこなかった。

 だが、相手はにこりと微笑むと……。


「マルレーネちゃんに面会申請したいのだけれど……」

「え?」


 マルレーネ。彼女の娘だ。

 ぽく、ぽく、と数秒考えて「ああ」と手を打った。


「面会に関しての許可申請規則などは廃止しました。ご自由にどうぞ」

「え?」


 そう言うと、今度はユスト夫人がぽく、ぽく、と数秒固まって考え込んだ。

 隣の侍女も目を見開いて固まっている。

 そんな変なことを言ったつもりもないので、頭の上にはてなマークが浮かぶリズ。

 そのリズの肩にベルが乗って、にゃあん、とひと鳴きすれば二人の意識は戻ってくる。


「え、え? じゃあ、入っていいのかしら? 身分証の提示とか、面会希望時間を書いたり、面会内容の記載とか……」

「そんなの不要ですよ。家族に会いに来たのでしょう? 家族が会うのになんでそんなことしなきゃいけないんです、マルレーネたちは罪人でもなんでもないのに」

「……! そ、そうよね……。そう、だけど、あの……」

「?」


 まだなにかあるのだろうか?

 首を傾げると、ユスト夫人はそわそわし始めた。

 右に行ったり、左に行ったり、口に手を当てて震えたり。


「あ、会ってくれるかしら? マルレーネには、何度も最後に拒絶されるの」

「は? 面会を、ですか?」

「そ、そうなのよ。急に会いに行ったら怒られない? 怒られないかしら?」

「…………」


 つまり今まで面倒な手続きで面会を申請していた。

 それを乗り越えたのにマルレーネの方が、最後に面会を拒絶する。

 なるほど、それは少し勝手が違うかもしれない。

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