第38話 エピローグ

 魔巧師試験から数日経った穏やかな昼下がり、やっといつもの日常を取り戻すことが

できたジルは、以前と同じく作業場で一人静かに魔具作りに勤しんでいた。


「結果を楽しみにしていて下さいね!」と試験が終わった直後にこの場所へと訪れてきたハルは意気揚々とそう言っていたが、あの日以来ここにはまだ一度も来ていない。

 なんでも彼女曰く、試験が終わった後にフローラから直々に今度お話しがあると声をかけれれたと喜んでいたので、おそらくマスティアの工房にでも正式に招待されたのだろう。


「これでようやく静かになったか」

 

 ハルと共に山奥へと訪れた時に捕らえたバッヘルウルフの牙を研磨しながら、ジルがそんなことをぼそりと呟く。今まで一切他人と関わることがなかった彼にとってハルがこの家で二ヶ月間も修行していたという事実はまさに……


「……悪夢だったな」


 無意識に唇からこぼれ落ちた自分の言葉に、ジルは思わず一人で苦笑してしまう。

 けれども彼はそんな言葉を口にしながらも、ハルに対しての評価は最初の頃に比べると随分と変わっていた。

 

 まともに簡単な魔具一つ作ることができないばかりか、芋虫相手との戦いでもうるさく泣き喚いていたはずの少女が、いつの間にか熟練の魔巧師でさえも扱うことが難しいとされるトカゲの鱗を素材にして魔巧生成を行い、そしてさらには山蛇さえも手懐けた。

 

 そのどれもが不格好で決して完成された形ではなかったものの、それでもハルはジルが想像していたよりも遥かに次元が高いことを成し遂げたのだ。


「まあこれで、アイツも少しはまともになっただろ」

 

 ハルが占拠していた作業台をちらりと見たジルがそんな言葉を呟いた。そしてこれからは、誰にも邪魔されずに自分の仕事ができるとほっと肩を落とした。ーーその時だった。


「師匠っ! マスティ・アハルリア、ただいま戻りました!」


「…………」

 

 いつかと同じく扉を激しくドンドンと叩く音と共に、うるさいぐらいのハルの元気な声が響き渡る。その瞬間ジルは、思わず頭を抱えて盛大なため息を吐き出す。


「いるんでしょ師匠! 早く開けて下さいっ!!」


 相変わらず破天荒な態度で激しくノックを続ける彼女。すでにこの展開を何度も経験してきたジルは諦めたように再び大きなため息を吐き出すと、そのまま重い足取りで扉へと向かう。そして、


「……何の用だ」


 扉を開けるなり、ジルがいつものぶっきらぼうな口調で言葉を発した。そしてもちろんそんな彼の目の前に現れたのは、これでもかといわんばかりにドヤっとした顔で胸を張るハルの姿だ。


「見て下さい師匠! これで私も一人前の魔巧師ですよっ!」

 

 えっへん! とわざとらしくいばる彼女の胸元には、陽光を反射して煌びやかに光る新しい記章の姿。

 満月のような形をしたその記章こそ、晴れて一人前の魔巧師になることができた証。


「凄いでしょ!」と猛烈なアピールを続ける彼女に、ジルは呆れ返った目でハルのことを見つめる。


 魔巧師試験で誰もが予想もしなかった珍事件を連発させた彼女だったが、どうやら無事に試験には合格したようだ。

 

 わかっていたことだとはいえ、これでようやくハルの面倒を見ることがなくなったと確認することができたジルは、安堵するかのように小さく息を吐き出す。……が、その直後。ハルの口からとんでもない言葉が飛び出す。


「私決めたんです。これからももっと師匠のところで修行して、いつか絶対オルヴィノみたいな魔巧師になってやるって!」


「……は?」


 突然ハルの口から飛び出した爆弾発言に、ジルが思わず目を見開いた。けれども目の前にいる少女はもうそのつもりなのか、よく見ると彼女の後ろには引っ越しでもするのかといわんばかりにパンパンに膨らんだリュックの姿があるではないか。


「何バカなことを言っている。だいたいお前、フローラから何か話があったんだろ」

 

 これ以上自分が面倒を見るのはごめんだと思ったジルは、ハルが以前話していた話題を引っ張り出した。

 けれどもその言葉を聞いた彼女は、「それはそうなんですけど……」と少し困った声で話しを始める。


 彼女曰く、試験の後日にフローラの屋敷に招かれて、そこでマスティア家の工房で修行をしてみないかと誘いを受けたらしいのだが、悩みに悩んだ末に、彼女はそれを断ったという。

 母と同じく一族の名を借りるのではなく自分自身の力で立派な魔巧師になりたいという気持ちと、そしてそれ以上に、驚くような技をたくさん持っているジルのもとで修行を続けたという想いがあったからだった。


 ジルの名は伏せて素直な気持ちを曽祖母に話したところ、フローラは少し残念そうな表情を浮かべながらも彼女の意思を尊重してくれたらしい。

 そして、いつか自分が目指す魔巧師になれた時は、是非ともマスティマの工房を継いでほしいとまで言ってくれたそうだ。


 ハルにとっては恐れ多くも嬉しい話しなのだが、それを聞いていたジルにとってはとんだ災難となる話しだった。そしてさらに……


「あとフローラお婆様が、この前一緒に訪ねてきれくれたお連れの方にもよろしく伝えてほしいと言ってました」


「……」

 

 不意にハルの口から出てきた言葉に、今度は違う意味でジルは頭を抱える。やっかいごとを断るつもりで触れた話題だったはずが、とんだ地雷を踏んでしまったらしい。

 

 そんなことを思いため息をつくジルに、ハルが何やら自信たっぷりな口調で言う。


「心配しないで下さい師匠。晴れて一人前の魔巧師になれたこのハルリア、今まで以上に凄い成果を出してみせます!」


 目を輝かせながらそんな言葉を宣言するハルに、ジルが呆れた口調で言い返す。


「お前みたいな鈍臭い奴にそんな結果が出せるとは思えんがな」


「なっ!」

 

 相変わらず冷たい態度でそんな言葉を口にするジルに、ハルが怒ったような顔を浮かべた。そして彼女は「言いましたね師匠!」とすぐさま反論する。


「言っておきますけど、試験を観に来てくれなかった師匠は知らないでしょうが、こう見えても私、師匠も知らないすっごい魔巧生成を成功させたんですからね!」

 

 そう言ってふんっと憤るハルに、「ほう」とジルはわざとらしく声を漏らす。


「だったらここで披露してもらおうか」


「げっ」

 

 ふとジルが口にした言葉に、何やら気まずい声を漏らす彼女。それもそのはずで、あの時命の危機を感じて半ば無意識で技を発動させたハルだったが、残念ながらその内容のほとんどを覚えていなかったのだ。

 

 その事実を見抜いていたジルは、試すような目でハルのことをじっと見つめる。するとぎこちなく目を逸らした彼女が、何やら身振り手振りを加えながら口を開く。


「え、えーと、何だっけな。確か……こん……こんかく……」


 もにょもにょと唇を動かしながら、あの時唱えた詠唱を必死になって思い出そうとするハル。

 そんな彼女を見て、ジルはいつものように呆れたため息をつくも、すぐに真剣な目でハルのことを見る。


「出来ないことをしようとするな。それよりお前にはまず覚えなければいけないことがまだまだあるだろ」


「ほ、ほんとにできたんですって! ……って、え?」

 

 ジルの言葉にムキになって反論するハルだったが、その言葉の意味に気づいてすぐに目をパチクリとさせた。


「じゃ、じゃあもしかして……」

 

 期待と驚きを滲ませた瞳でジルの顔を見上げる彼女。その視線を受けて、ジルは諦めたように小さく肩を落とす。

 彼女が最初にこの場所にやってきた時から、薄々こんな展開になるのではないかと心のどこかで感じていたのも事実。


「言っておくが、見込みがなければすぐに追い出すからな」

 

 ぶっきらぼうな口調でそう告げたジルは、扉を開けっぱなしにしたまま部屋の奥へと足を進める。

 そんな彼の背中を呆然とした様子で見つめていたハルだったが、すぐにハッと我に返ると慌てて口を開いた。


「は、はいっ!」

 

 そう言って嬉しそうな顔を浮かべた彼女は、胸に溢れる喜びと同じく、はちきれんばかりに膨らんだリュックを背負い、これからまたお世話になる新しい自分の居場所へと一歩足を踏み入れる。

 

 どうやらジルにとって、賑やかでうるさい日々は、まだまだ続きそうなのであった。

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魔巧師ハルリアのすヽめ もちお @isshi

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