第37話 その背中に

「おいおい嘘だろ……」


 熱気と歓声に包まれる観客席の中で、驚きに目を見開くエクレールが思わず呟いた。

 釘付けになっているその視線の先には、山蛇を手懐けて観客席に向かって手を振るハルの姿が。


「いくら何でも蛇を手懐けた魔巧師なんて聞いたことがないぞ」


 唖然とした表情を浮かべたままそんな言葉を呟くエクレール。

 それもそのはずで、魔物を調教すること自体は可能ではあるが、それは人間にとって危害が少ない種族での話しだ。

 一匹存在するだけで甚大な被害をもたらし、ましてや竜の血をひく蛇を調教するなど、長い歴史を持つレイズーン王国の中でもいまだ成功した例などない。


 だが、エクレールにとって驚くべきことはそれだけではなかった。


「それにあの子がさっき見せた生成方法は……」


 確かにこの目で見たとはいえ、エクレールは先ほどハルが見せた魔巧生成が現実で起こった出来事だとは信じることができずにいた。


 魔巧師たちの間ではもはや不可能だとされてきた、己の『魂』を素材とすることによって魔具に命を宿す幻の生成方法。


 歴代の名のある魔巧師たちが挑み成し遂げることができなかった奇跡の技を、たった一瞬の出来事だったとはいえ、まだ見習いの立場である少女が成功させてしまった事実に、エクレールは続く言葉を失ってしまう。


 そんな彼の隣では、同じように黙り込んでいるジルがただじっとハルのことを見つめていた。


「おい、あの子は一体……」

 

 再びエクレールが口を開いたその時だった。

 滅多に感情を出すことがないジルが高らかに声をあげて笑う。


「バカ弟子は蛇さえ手懐けるか」

 

 そんな言葉を口にして豪快な笑い声をあげるジル。その珍しい光景にもエクレールが目をパチクリとさせて驚いていると、ジルは闘技場に背を向けて出口に向かい歩き始めた。


「おい、もう帰るのか?」

 

 最後まで試験を見届けようとしないジルに向かって、エクレールが慌てて声をかける。すると相手は背を向けたまま足を止めた。


「どのみち結果はわかり切っているだろ」

 

 そう言い残して再び足を進めるジル。

 相変わらず行動が読めず、自由気ままな彼に対して、エクレールがふっと呆れたような笑いを漏らす。

 そして去っていくその背中に向かって、彼は別れ際の挨拶代わりの言葉を告げる。


「さすがお前の教え子だな、ジル。……いや、『オルヴィノ・ジルハート』」

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