第35話 ジルの賭け
「さすがにマズいな」
闘技場の上、山蛇に追いやられているハルを見つめながらエクレールが険しい表情を浮かべる。
彼だけではない。
観客席にいる誰もが同じ心境で一人の少女のことを見つめていた。
「こんな状況になってもまだ試験官は中止にするつもりがないのか」
そんな言葉を口にして、エクレールは闘技場の周りにいる試験管たちを睨みつける。
本来、魔巧師試験とはこの国の未来を担う魔巧師を見いだす場であり、才ある者の可能性を摘む場ではない。
ましてや、試験の最中で死人が出てしまうなど前代未聞だ。
そんなことを思い苛立ちを募らせるエクレールの隣で、ジルだけは冷静な表情を浮かべたまま闘技場を見つめていた。
さて……どうする。
心中でそんな言葉を呟き、ハルの動向を静かに見つめるジル。
コロシアムにいる誰もが危機的状況だと焦りを募らせる中で、彼の心境だけは違っていた。
もちろんジルとてハルの安否を気にしていないわけではない。
けれどもそれ以上に、ジルは彼女の可能性に賭けていた。
嫌々とはいえ今日までハルの面倒を見てきたからこそ、彼には一つ確信していることがあった。
ハルは魔力の扱い方が特別下手だというわけではない。
彼女は持って生まれた魔力がそもそも強過ぎるのだ。
その事実を、ジルはハルを初めて家の中に入れた日から気付いていた。
通常、魔巧師が作り出した魔具は使用回数の限界を越えるか、あるいは作り手の魔力以上の力を込めない限り壊れることはない。
なのにハルはあの時、ジルが作った魔光球に魔力を注ぎ込んだだけでそれを壊してしまったのだ。
それだけじゃない。
ジルがハルに渡したあのナイフは、水晶クラゲの特性によって傷を与えた相手の魔力を吸い取ることはもちろんだが、何より使い手である彼女自身の魔力を一番抑制させる。
けれどもその効果があってハルはやっとまもとなポーションを作り出すことができたのだ。
目を細めて、闘技場を見つめながらジルは思う。
ハルの魔巧師としての腕前が問われる時があるとすれば、それは彼女の魔力に耐え得る素材が見つかった時。
そしてまた、彼女自身が己の力を最大限に発揮しなければいけない状況に置かれた時だということを。
まさにその条件が揃った今こそ、やっとマスティア・ハルリアという一人の少女の真価を見定めることができるのだ。
そんなことを思い、静かに闘技場を見つめるジル。
その視線の先では、今まさに己の限界に立ち向かおうとする、一人の少女の姿が映っていた。
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