第32話 もう一つの気配

 歓声が湧き上がっていたはずの観客席は、突如現れた凶悪な魔物の出現によってざわつきが生まれ始めていた。


「おいちょっと待てよ。いくら何でも山蛇は危険過ぎるだろ」


 無意識に剣の柄を握りしめながら、剣呑な声音でそんな言葉を漏らすエクレール。その隣では、眉間に皺を寄せたジルが黙ったまま闘技場を見下ろしている。


「しかもこの状況でも試験が中止にならないってことは……これも想定内ってことなのか」


「……」

 

 苛立った様子のエクレールの言葉を片耳で聞きながら、ジルは一人静かに考え込んでいた。

 確かにこの試験が始まった当初から『異質』な魔力が紛れ込んでいたことに、彼は気付いていた。そしてあの山蛇の巣に何者かが足を踏み入れていたことがわかった時点で、ただで終わることがない可能性があることも。

 そういった疑念は今目の前にいる化物の出現によって一つ答えが出たが、それでもジルにとって最初に感じた異質な気配は山蛇とは別のものだった。


 その違和感の正体が何なのかを見定めるように目を細めて闘技場を見つめていた時、隣にいるエクレールが再び口を開く。


「こうなれば死人が出る前に試験監督の奴らに中止させるように……」


「……いや、待て」


 この場から離れようとしたエクレールを制するように、ジルが珍しく声音を強めた。


「あれはまだ成熟期に入ってない子供だ。もう少し様子を見てからでもいいだろう」


「だけど受験者たちを危険に晒すのは……」

 

 ジルの思わぬ提言を聞いて難色を示すエクレール。そんな彼が続け様に言葉を発しようとした時、「それに」と先に口を開いたジルが闘技場の上で戦っている一人の少女に目を向けた。


「あの馬鹿にとってはちょうど良い試練になるだろう」

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