第29話 ルーン遠征

「おいおいどうなってんだよ……」


 観客席でジルと共に闘技場を見つめていたエクレールが驚きの表情で浮かべる。


「ケアルアの女の子もかなりのやり手だが、それよりあの子は一体……」


 そう呟く彼の視線の先にいたのは、相変わらず爆音を轟かせながら摩訶不思議なものばかり生み出し続けて戦うハルの姿だった。

 そんな彼女の戦いっぷりを、隣に立つジルは半ば呆れた表情で黙って見つめていた。


「まさか見習いの立場で魔巧具も使わず詠唱のみで生成できるなんて……一体誰の入れ知恵だ?」


 何やら探りを入れてくるかのような目で見つめてくるエクレールに、「さあな」とジルはぶっきらぼうに答える。そして彼は闘技場内で次々と放たれていく魔物たちの方へと視線を向けた。

 獣や昆虫の形をした大小様々な魔物たちは、ジルにとっても見覚えのある連中ばかりだ。

 どうやらここ最近山にいる魔物の数が減っていたのは、この試験のために捕獲していたからだろう。

 事実それなりに強い魔物もいるとはいえ、受験者たちで知恵を絞って協力すればどれも倒せるようなレベルだ。


 そんなことを一人冷静に考えながらも、ジルには一つだけ気がかりなことがあった。

 

 この魔巧師試験のために魔物を捕獲していたのなら、どうしてわざわざあんな場所にまで足を踏み入れる必要があったのか、と。


「……これじゃあまるで『ルーン遠征』だな」

 

 ふと隣から聞こえてきたその言葉に、ジルは思考の流れを止めた。すると声の主は、深いため息と共に言葉を続ける。


「戦うことができない魔巧師まで戦場へと駆り出して、その命が続く限り魔具を作り続けさせる。……この試験はまさにあの悪夢の縮図だ」


 どこか憎々しさを込めた口調でそんなことを口にするエクレールは、向かい側の観客席の一番高みに座る人物を見上げた。すっと細めたその瞳が映しているのは、この国の頂点に君臨するヒルビドア国王と、そしてその横には、同じように肩を並べて座っているマスティア・フローラの姿。


「あんたは知らないだろうけど、あの遠征は文字通りの『地獄』だったよ。俺はまだガキんちょだったから戦場に出ることはなかったが、師匠に連れられてあの時見せられた光景は今でもハッキリ覚えているぐらいだ。……もちろん、ザナルの町が一瞬で消滅した瞬間もな」


「……」

 

 重い口調で過去を振り返るエクレールに、隣にいるジルは黙ったまま闘技場を見つめる。


「ルーン遠征の中でも最も被害者を出したといわれているザナルの悲劇。まるで彗星のごとく降ってきた光によって町一つが一瞬で消え去ったあの惨劇については、未だに原因が分かっていない。まあ、この国の国王にとっては未知の素材が見つかるきっかけになったみたいでご満足だったみたいだけどな」


「未知の素材?」


 眉根を寄せて聞き返すジルに、「ああ」と言ってエクレールは胸元から何かを取り出す。そしてそれをジルに向かって投げ渡した。


「これは……」

 

 エクレールから受け取ったものを目にしたジルが思わず呟く。視線の先にあったのは、禍々しいほどの闇色をした、小さな鉱石だった。

 

 大きさは小さいとはいえ、その色も感触も記憶に刻まれているものと何一つ一致する事実に、ジルはすっと目を細めた。

 すると隣にいるエクレールの声が再び耳に届く。


「そいつはナザルの跡地、灰と化した世界の地下五百メートルから発掘された鉱石らしいんだが……うちに代々仕える鑑定士でもそいつの属性がわからないんだとよ」


「シルヴィア家の素材鑑定士がか?」


 ジルが僅かに驚きを含んだ声音で聞き返す。

 

 素材鑑定士とはその名のごとく、魔巧師たちが魔具を生成する際に使う素材の良し悪しを判断したり、新しく見つかった素材の特性や力を調べることを生業としている者のことだ。

 基本的には素材屋がその役割を兼任していることが多いのだが、家柄が大きいところでは専門の鑑定士を雇っていることもある。

 特にシルヴィア家の場合、数多くの冒険者がいて多種多様な素材が手に入りやすい環境なので、代々一流の腕前を持った素材鑑定士が仕えていることで有名だ。……だが、


「さすがのクレイア婆さんも驚いてたよ。『こんな素材、わしゃ今まで見たことない』ってね。まあでも、そうは言っても国宝級の目を持つあの人だからある程度属性の目星はつけてるさ」


 エクレールはそう言うとジルが手に持っていた鉱石を受け取り、そっと顔に近づける。


「こいつの属性はおそらく……『時間』だ」


「時間?」


 聞き慣れない単語に、ジルが訝しむような表情を浮かべた。それでもエクレールは特に気にする様子もなく、小さく頷くと言葉を続ける。


「ああ。まだはっきりと断定できるわけじゃないが、この鉱石には時間に関わる何らかの力が宿っている可能性がある。っとは言っても別に未来に行けるとか時間を巻き戻せるとかそんな大層な話しじゃないぞ。そうだな……どちらかといえば時空に近いか」

 

 ますます内容が複雑かつ怪しくなっていくエクレールの話しにジルが訝しむように目を細めた。


 素材が持つ属性は、より上位になればなるほど概念的なものに近づいていくと言われている。一般的には『火』や『雷』といった自然界に存在する力が属性として宿ることがほとんどなのだが、稀にまったく異なる力を宿した素材も存在し、六星鉱石などもその一種とされている。

 そういった背景から魔巧師や素材鑑定士の間では、この世界には時間などといった概念的な力が宿った素材も存在しているのではないかと囁かれているのだが、今のところそういったものが本当に見つかった事例はない。


「仮にそんな属性が存在したとして、国王は一体何に使うつもりだ?」


「さあな……暴君の王様が考えることなんて俺にはわからないが、まあでも軍事国家として推し進めていくなら使い方なんていくらでもあるだろう。それこそ同じ魔力を持った人間同士なら遠く離れた場所からでも魔具を転送させることだってできるだろうし、この鉱石を莫大に集めることができれば……氷の奥深くに眠っている化物だって呼び寄せることができるだろうな」


「……」


 どこまで本気で言っているのかわからないエクレールの言葉に、ジルは眉を潜める。


「もちろんそんなことを可能にできるのは、偉大なる魔巧師と同質の魔力を持った人間がいればの話だがな」


「……それは俺への警告のつもりか?」

 

 すっと目を細めて横目で睨みつけるジルに、「まさか」とエクレールは笑って答える。


「いくら魔巧師国家のレイズーンとはいえ、そんな突拍子もない魔具を作れる人間なんていやしないさ。シルヴィア家だってもちろんのこと、それはマスティアの人間だって同じだろう」


 そう言ってエクレールは、再びフローラが座っている席を見上げた。穏やかな表情を浮かべながらもその心中で何を考えているのかは、シルヴィアの剣豪と謳われる彼にも計り知れない。


「ただナザルの一件から国王がこの鉱石を集めるために北方領土を広げようとしているのは事実らしい。今回のこの魔巧師試験も、もしかしたらその一環なのかもしれないな」


「……」

 

 エクレールの言葉を聞きながら、ジルは黙ったまま再び闘技場を見つめる。


 相手が人間ではなく魔物だとはいえ、雄叫びや叫び声を上げながら剣を振るう受験者たちの姿は、いつか自分が幼い時に見た光景にどこか似ていると感じながら。

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