第28話 ダンの実力

 ハルが魔物との戦いに一区切りつけた頃、同じく闘技場に立つ人間がそんな彼女の活躍を静かに観察していた。


「ほぅ……なかなか興味深いですね」

 

 真正面から繰り出される鉤爪による攻撃を軽々と交わしながらダンがぼそりと呟いた。 

 そして彼女は外套の袖の中から一本のメスを取り出すと、今度はくちばしによる攻撃を仕掛けてきたボーンコンドルの攻撃を回避して、それと同時にその首を一瞬にして斬り落とす。


「てっきり注意しておくのはシルヴィア家の娘だけかと思っていたのですが、どうやら違ったようですね」


 まるでボーンコンドルとの戦いなど最初から眼中にないかのような態度で、ぶつぶつとそんなことを呟くダン。そんな彼女の周りには、魔鳥と同じような末路を辿った魔物たちの死骸で溢れていた。


「しかし不思議ですねぇ。禁術レベルの生成方法を扱えるのに、生み出す魔具はガラクタばかり。うーん……一体何者なのか」

 

 周囲で起こっている死闘など気にする様子もなく、呑気にそんなことを考えるダン。すると彼女の思考を、「ぐわっ!」と突然聞こえた男の悲痛な声が遮った。


「まったく……そんなところで何を遊んでいるんですかナヤック」

 

 呆れた口調でダンが声を発する先には、彼女と同じく外套を羽織った大柄な男が肩から血を流していた。その傷を作った相手は、翼を羽ばたかせながら次の攻撃のチャンスを狙っている。

 

 先ほど自分がいとも簡単に倒した魔物に傷を負わされている同胞を見て、ダンは呆れたようにため息をつく。すると彼女はたんっと地面を蹴って大きく跳躍すると、魔鳥の死角となる頭上から再び小さな刃を振り下ろす。


『グェッ!』

 

 短い断末魔をあげた魔物が地に墜ちた。それと同時に着地したダンが男のもとへと近づく。


「すまない……ダン」

 

 傷がよほど痛むのか、左肩を押さえながらその場に片膝をつくナヤック。見ると、鋭い爪でえぐられた皮膚は肉が裂けて骨の一部が見えているほどの深傷だった。


「ぐっ」と声を漏らして痛みに耐えるナヤックに、ダンは手に持っていたメスの先端を向けると、その傷口上部に躊躇なく刃先を突き刺す。


【肉体生成(再生)・細胞増殖】

 

 詠唱を口にした直後、ダンは魔巧の光を帯びたメスを傷口をなぞるようにそっと動かしていく。すると、刃先の動きに合わせるかのようにみるちるうちに傷口が塞がり始めた。


「とりあえずこれで問題ないでしょう」

 

 処置が終わりそんな言葉を口にするダン。彼女の言葉を確かめるように、ナヤックがゆっくりと腕を回す。


「ああ、これなら問題ない……すまないな、ダン」


「はぁ……しっかりして下さいよ」


 申し訳なさそうに頭を下げるナヤックを見て、ダンが呆れたように肩を落とした。そして彼女は観客席の方を見上げると、その一番高みに座っている顔ぶれに視線を移す。

 この国の頂点に君臨する国王はじめ、レイズーン王国の中枢の担う人間たちを。


「いいですか。我々の任務はこんなくだらない試験に合格することではなく、ケアルアの諜報部隊がこの国の機密を入手できるまでの間、レイズーンのバカどもの意識をこの魔巧師試験に向けさせること。だから雑魚ごときにやられている場合ではないのです」

 

 そう言って闘技場へと再び視線を戻したダンは、無数に行われている戦いの中でも一際目立っているハーネストとハルの戦いに目を向ける。


「とは言ってもこのままじゃあその役目はあの二人にもっていかれそうなので、私も少し本気を出すとしますか」


 背後から自分たちに近づいてくる魔物の気配を感じながら、ダンはそんな言葉を口にした。

 振り向いてみると案の定、先ほどハルのところにもいた猿の魔物が、今度は群れをなしてダンたちがいる場所へと迫ってくる。

 

 手練れの冒険者でも苦労するといわれている魔物の群れを前にしてもダンは落ち着いたままで、それどころかニヤリと不敵に笑う。


「一匹では勝てないと知って群れで襲ってくるとは、さすが頭の良い猿だけはありますね。……ただ」


 狂気溢れる猿の群れを見て、周りにいる受験者たちが逃げる中、ダンは一歩前に出るとメスを構える。そして……


【肉体強化(注入)・魔力ドーピング】


 ダンが詠唱を口にした直後、彼女の身体が一瞬赤い光を帯びた。瞬き程度の出来事に、魔物たちは何も気づかない。事実、メスを構えるその姿には先ほどとは変わった様子はない。――だが、しかし。


『ウギャッ!』


 突如魔物の叫び声が聞こえたと思いきや、群れの先頭を走っていた猿がその場に崩れ落ちた。

 突然の展開に、猿たちの足が一斉にピタリと止まる。

 するとその群れの中心、先ほどまで何も存在していなかったはずの小さな空間に一人の少女の姿が。


「知ってますか?」

 

 人の動きにはあるまじき速度で現れた獲物に、猿たちが一斉に攻撃を仕掛ける。


「異国にはこんな諺があるらしいですよ」

 

 繰り出される攻撃をすべて躱し、それでいて確実にカウンターを決めていくダン。

 あるものは両目を潰され、また別のものは耳を削ぎ落され、それでもなお彼女に噛みつこうとするものには、その牙を折られて喉奥にメスがねじ込まれる。


「『見ざる、聞かざる、言わざる』ってね」

 

 自分の身に何が起こったのかもからないまま、血しぶきをあげて宙を舞う魔物の頭。

 わずか一瞬の間に、ダンは十数匹はいたであろう魔物の群れをたった一人で壊滅させてしまった。

 

 無傷でいて息一つ乱していない彼女は、散らばる死骸を見て静かに呟く。


「まあでも、死ねば結局同じことなんですけどね」


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