第27話 ハル出陣!

 時間は少し遡り、試験が始まった直後の頃。

 目の前に広がる光景を見て、ハルはぎょっとした表情を浮かべたまま立ち尽くしていた。


「ちょっ……まさか、あれ全部倒さないといけないの?」


 狼狽るような声でそんな言葉を呟く彼女の視線の先では、檻から解き放たれて次々と受験者に襲いかかっていく魔物たちの姿。

 その数だけでもかなりいるのだが、さらに奥へと視線を向けると檻の中で待機させられている魔物がまだまだたくさんいるではないか。

 どれも見覚えのある魔物の顔ぶれだとはいえ、まさかこんなところで戦う羽目になると思わなかったハルは思わずゴクリと唾を飲み込む。


「ハ、ハルリア様……これはなかなか熾烈な戦いになりそうですよ」


「そうだねフリス……って、なんで私の後ろに隠れてるのよ!」


 背中から声が聞こえてきたと思いきや、ハルが後ろを振り向くとそこには自分の背中にしっかりとしがみついているフリスの姿があった。

 思わず声をあげて突っ込むハルに、フリスはプルプルとその小さな唇を震わせて答える。


「わ、私はサポートが主な仕事がゆえ、己の体を張るのはちょっと……」


「…………」

 

 よほど怯えているのか、言葉選びがおかしくなっているフリスの話しにハルは思わず呆れた表情を浮かべてしまう。するとフリスはすっと小さく息を吸い込むと、今度は突然強気な口調で口を開いた。


「でもハルリア様がいればあんな魔物はけちょんけちょんにやっつけてくれますよね! なんたってハルリア様はあのマスティア家の後継者になるお方なんですから!!」

 

 何故かやたらと自信たっぷりな声音でそんな言葉を口にするフリスに、ハルの背中が一瞬ビクリと震える。


「あ、あのフリス……勝手に話しを広げるのと、その『様』付けはやめてくれない?」

 

 そう言ってぎこちない笑みを浮かべるハルに対して、「え? どうしてですか?」とフリスはきょとんとした顔を向ける。

 ハルがマスティア家の血縁者とわかってからというもの、フリスはずっとこの調子で彼女に懐いているのだ。


 羨望と期待の目で自分のことを見つめてくるフリスに、ハルは困ったようにため息をつく。……が、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「ハ、ハルリアさまっ! 来ましたよ!」


フリスの声を聞いて慌てて前方に視線を戻せば、ハルとは因縁深い芋虫の魔物の群れがよちよちとした足取りで自分たちの方へと向かってくるではないか。

 相変わらず気持ちの悪いその姿と動き方に、「うげぇ」と思わず声を漏らしてしまうハル。

 けれどもそんな彼女とはいえ、伊達にジルの元で修行を続けていたわけではない。


「もうあんた達にやられっぱなしの私じゃないんだからねっ!」

 

 勇ましい口調でそんな言葉を口にしたハルは、突然しゃがみ込むと足元に落ちている小石を拾い始めた。そんな彼女の行動を見て、「な、何をやっているんですか?」とフリスが戸惑った表情を浮かべる。


「あいつらをビックリさせて動きを止めるの。だからフリスも手伝って!」


 ハルの説明を聞いても相変わらず戸惑った表情を浮かべていたフリスだったが、言われるがままに石を拾い始める。


「ハ、ハルリア様……魔物に石なんてぶつけても効かないですよ?」


「わかってるよ! この石はこうやって使うの」

 

 そう言って二人で集めた小石を両手いっぱいに持ったハルは、身体に流れる魔力を集めるためにぐっと意識を集中させる。そしてーー


【鉱核生成(圧縮)・音玉爆弾おとだまばくだん】 

 

 ハルが詠唱を口にした瞬間、彼女が両手で持っている小石の山が赤い光に包まれた。するとその直後、魔力による強力な圧縮作用で、ばらばらだったはずの小石が一つに集まっていく。


「す、すごい……」


 初めて目にするハルの生成方法に、フリスは思わず目を見開いてぼそりと呟く。驚きのあまり瞬きも忘れてしまった彼女の視線の先では、一箇所に集まっていく小石がボールのような形を成していく。


「よしっ、上手くできた!」

 

 満足がいく魔具が作れたのかハルが喜びの声を上げる。しかし彼女の手元を見てみると、そこにはまるで子供が泥で作ったかのような不格好な形をした爆弾の姿があった。

 それでもハルにとってはかなりの自信作のようで、彼女は「にしし」と不敵な笑みを浮かべると再び前方を向く。


「くらえぇっ!」


 そんな気合いの入った声と共に、ハルは両手で持っていた爆弾を芋虫たちの群れに向かって放り投げた。

 その光景にゴクリと唾を飲み込むフリス。 

 直後、闘技場を破壊するかのようなけたたましい爆発音が当り一帯に響き渡った。


「ぎゃっ!」


 激しい爆発音と風圧に、思わず自分自身が叫び声を上げてしまうハル。

 そのまま彼女は一瞬気を失ってしまいそうになるのを何とか耐え凌ぐと、今度は粉塵立ち込める景色の中でぐっと目を凝らす。するとゾロゾロと自分たちの方へと向かってきていたはずの芋虫たちがみな一斉に足を止めているではないか。


「チャーンスっ!」

 

 意気揚々とそんな声を発したハルは、前方で動きを止めている魔物の群れに向かって勢いよく走り出す。その途中、彼女はジルからもらったナイフを腰に付けているポーチから取り出すと、


『キュピ!』


『キャピ!』


『キュエ!』

 

 流れるような動きでハルは次々と芋虫たちにナイフを突き刺していく。

 ジルが作ったナイフの効力によって魔力を奪い取られて動けなくなる魔物たち。

 そんな彼女の斬新過ぎる戦い方に、周りにいる冒険者たちも目が釘付けになる。


「ハルリア様、後ろ!」

 

 突然フリスの声が耳に届き、ハルは慌てて後ろを振り返った。すると一匹仕留めそこねてしまったようで、怒ったようにツノを出している芋虫が彼女に向かって大量の体液を口から放った。


「うわっ!」


 間一髪のところで直撃はま逃れたものの、興奮状態の魔物は次々とハルに向かって体液を放つ。それを危なっかしい動きでかわしつつ、ハルはじりじりと魔物との距離を詰めていく。

 そして足元に落ちている小石と枝を咄嗟に拾った彼女はすぐさま詠唱を口にする。


【鉱核生成(連結)・破魔の矢】

 

 いつかジルが見せた技を再現させたハルの右手には、これまたひどく不格好な矢が握られていた。

 直線ではなくうにょうにょと波打つ形をしたそれは、見るからに真っ直ぐ飛ぶことはなさそうなのだが、ハルはそんなことを気にする様子もなくさらに魔物へと近づいていく。


「ここだぁっ!」

 

 相手が攻撃の後に見せる一瞬の隙を狙い、またそれと同時に自分の射程範囲に入ったと判断したハルは、握りしめていた矢を芋虫の頭部めがけて思いっきり投げ放った。


『ウガァッ!』

 

 偶然にも偶然、ハルが勢いよく放った矢は彼女が思い描いていた方向とはまったく別のところに飛んでいき、その先にいた猿の姿をした魔物の尻にブスリと突き刺さったではないか。

 その瞬間、顔を真っ赤にして怒り始めた猿の魔物は、あろうことかハルに攻撃を続けていた芋虫に襲い掛かったのだ。


「……」

 

 まったく予想もしなかったラッキーな展開に、ハルは戦いの最中だということを一瞬忘れてポカンとした表情を浮かべる。

 けれどもすぐさま次の脅威が、彼女に向かって一直線に迫ってきた。


『ブゴォッ!』


 獰猛な鳴き声が聞こえたと思いきや、今度は前方から猪の魔物が猛スピードで向かってくるではないか。


「げっ、アイツは……」

 

 森で何度も襲われた経験がある相手に、ハルがあからさまに嫌そうな表情を浮かべる。けれども相手は突進することしかできないということは既にわかっているので、彼女はすぐにその場から離れようとした。

 ……が、しかし。先ほど芋虫の魔物がぶち撒けた体液がいたるところに広がっていて、いつの間にか動ける足場を失っていた。


「ハルリアさま! 今から助けに……」


 何か策があるのか、ハルの状況を見て慌てふためくフリスががさごそと外套の袖の中をあさり始めた。けれどもそんなことをしている間にも猪の魔物はさらにハルへと距離を詰めていく。


 今にも泣き出しそうな表情を浮かべているフリスとは反対に意外にも落ち着いた様子のハルは、迫りくる魔物を睨みつけた後、その場に突然しゃがみ込む。


【液核生成(変化)・ポーション】

 

 詠唱を唱え、ハルの手のひらが体液に触れた瞬間、辺りに広がっている毒々しい色をした液体が一瞬にして雨水のように透明に変化した。

 まるで魔法のような光景に思わず息を飲むフリスや他の受験者たち。

 そんな視線が集まる中でハルが続け様に詠唱を放つ。


【液核生成(形状変化)・パニックゼリー】

 

 再びハルが詠唱を放った時だった。ハルが生成したポーションの上を走っていた猪の動きが突然鈍くなったのだ。見ると、ゼリーのような状態になったポーションが魔物の足に絡み付き、その動きを鈍らせていた。

「よしっ」とこれでうまく足止めができたと満足げな声を漏らすハルだったのだが……


『ブゴォォッ!』


「ひぃぃっ!」

 

 突然元気な雄叫びを上げた魔物に、ハルが思わず叫び声をあげる。どうやら彼女が作り出したポーションの効果によって魔物の体力が全快に戻ったようだ。

 

 今更になってそんな致命的なミスに気付いてしまうハルだったが、だからといって後戻りはできない。

 力を取り戻した猪は、足元に絡みつくポーションを蹴散らしながら再びハルへと突進を始める。


「くっ、こうなれば……」

 

 眼前に迫り来る魔物に対して、ハルはあえてその場から動こうとはせず、一か八かの賭けに出た。


【液核生成(形状変化)・ポーションウォール】

 

 ありったけの集中力を使い、ハルは己の魔力と地脈に流れる魔力を両手に集めた。すると次の瞬間、辺り一帯に広がっているポーションがぶくぶくと泡立ち始めたかと思うと、それらは急速なスピードで彼女の前へと集まっていく。


『――ッ!』

 

 突如目の前に出現した巨大な壁に、猪が思わず目を見開く。まるで氷でできたような巨大なその壁に危険を感じた猪だったが、加速がついた自分の足を止めることはできずにそのまま正面から激突してしまう。


『ヴグゥッ!』

 

 激突した衝撃に驚いたのか、魔物は倒れることもなくそのまま気を失ってしまった。さらにぶつかった衝撃でハルが作り出した壁に亀裂が走り、魔物に覆いかぶさるようにして倒れていく。


「……」

 

 凄まじい音と共に崩れ落ちた壁と、その下敷きになった魔物を見て思わず呆然とした表情を浮かべてしまうハル。

 破茶滅茶だったとはいえ、何とか連戦を勝ち抜くことができた彼女はそのまま力が抜け落ちたかのようにヘナヘナとお尻を地面につけた。


「た、助かったぁ……」

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