第26話 二人の強者

「ほう……」


 盛り上がる観客席の中、通路の人混みに隠れるようにしながら、外套のフードをかぶっているジルが静かに呟いた。

 彼の視線の先に見えるのは、見習い魔巧師たちの中でも格上の戦いを披露しているハーネストの姿だ。


 正直なところ、彼にとってこんな試験など興味のかけらもなかったのでハルから「絶対に見に来て下さいね師匠!」と誘いを受けても頑なに断っていたジルだったのだが、この試験の結果次第で平穏な日常が戻るのかどうかが決まると考えると気が気ではなく、結局こっそりと来てしまったのだ。


「おいおいこれは珍しいな。まさかあんたがこんな場所に来るなんて」


 明らかに自分に対して向けられた声音に、ジルが一瞬身構える。すると彼の視界の左端から、一人の男がゆっくりと近づいてくるのが見えた。


 軽装とはいえ鎧を纏い、他の観客たちとはあきらかに異なる覇気と存在感。

 腰に携えられたロングソードを納めた鞘には複雑な魔巧術式が刻み込まれていて、それだけで使い手の底知れない実力が垣間見れるほど。そしてその柄には、今まさに闘技場で活躍しているハーネストと同じく、威厳と強さの象徴である立派な鷹の紋章が刻まれていた。

 

 久しぶりに面倒な奴に出会ってしまったと肩を落とすジルは、牽制ついでに相手の名を口にする。


「いちいち俺に構うな……『シルヴィア・エクレール』」

 

 これ以上近づくなといわんばかりにジルが横目で相手の顔を睨みつける。しかしエクレールと呼ばれた端正な顔立ちをした男は、そんな威嚇など気にもならない様子でジルの隣へと並んで立つ。


「相変わらずつれないな。俺とあんたの仲だぞ?」


「貴様と関わりなど持った覚えなどない」

 

 しつこく自分に絡んでくるエクレールに、ジルがため息混じりに答える。そんな彼の態度にエクレールは爽快な笑い声をあげると、その視線を闘技場の方へと向けた。


「どうだ、俺の教え子はなかなか筋が良いだろう?」

 

 そう言ってエクレールはクイっと顎を動かすと、闘技場で華麗に技を決めていくハーネストのことを示す。そんな彼女が握っているサーベルを見て、ジルがぼそりと尋ねる。


「かつてシルヴィア・キエスが修行時代に使っていたといわれている魔巧の剣……ということは、あれが次の『剣豪』か?」

 

 ジルの問いかけに、ハーネストのことを見ていたエクレールがふっと微笑む。


「ああそうとも。俺の次を任せられるとしたらあの子しかいない」

 

 まるで子を見る親のような目をしながらそんな言葉を口にするエクレール。そして彼は自分が腰に携えている剣の柄に手を置く。

「こいつを扱えるようになるのはまだ少し先だが、見習いの立場であの剣を使いこなせる人間なんてシルヴィアの血筋の中でもそうはいないからな。まさに、俺以来の逸材ってわけだ」


「……」

 

 弟子の自慢をしたいのか自分の自慢をしたいのかよくわからない発言に、ジルは思わず顔をしかめる。

 けれども彼の言葉に嘘はなく、ジルの目から見てもハーネストの腕前が飛び抜けていることは一目瞭然だった。


 かつてシルヴィア・キエスが編み出した短縮生成は、少量の魔力で魔巧具を作り上げることができる代わりに、針の穴に糸を通すような繊細な魔力のコントロールを必要とする。

 ましてそれが武器となると、激しい戦闘中でも常に魔力のコントロールを求められるために扱いの難しさが格段に上がってしまう。 

 それを自分の身体の一部のように使いこなすハーネストの動きは、熟練の魔巧師が見ても舌を巻くほどの芸当なのだ。


「レイズーン最強の剣士が直々に鍛えているなら、それは強くなるだろうな」


「よく言うよ。その最強の剣士が作り上げてきた無敗記録をいったい誰のせいで壊されたと思ってるんだ?」


 皮肉たっぷりな口調でエクレールはそう言うと、今度は左手で自分の前髪をかき上げる。するとその額には、刃物で切りつけたような古傷の姿が。


「ふん……知らんな。俺はいつも通り山で狩りをしていただけだ」

 

 何やら意味深な視線を向けてくるエクレールに対して、ジルが白けた表情を浮かべながら答える。そんな彼を見て苦笑いをするエクレールだったが、その視線をすぐに闘技場の方へと向けた。


「これじゃあ他の受験生たちには申し訳ないが、今年の試験は彼女の一人舞台になってしまうだろうな」

 

 少し困ったような笑みを浮かべながらエクレールが口にした言葉に、ジルも黙ったまま闘技場を静かに見下ろす。

 たしかに数多くいる受験生の中でも、魔具の生成と魔物との戦いをまともに両立できている人間はそう多くはない。そこに見習いの立場とはいえ生粋の冒険者の血筋が加われば、彼女の独壇場となってもおかしくはないだろう。……ただし、


「……まあ、『馬鹿』を除いてはな」

 

 ジルがぼそりと呟いた言葉に、隣に立つエクレールが「え?」と声を漏らした時だった。突如闘技場を揺らすかのような強烈な爆発音が響き渡った。

 直後、濃霧のように立ち込める砂埃を前に、唖然とする観客席。


 さすがにこの展開は予想していなかったエクレールも呆然と立ち尽くす傍らで、その原因を知るジルだけは呆れたような表情を浮かべる。


「……ったく、相変わらず加減を知らん奴だな」

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