第25話 シルヴィア家の力

 コロシアムの闘技場に見習いの魔巧師たちが続々と姿を現すと、会場の熱気は一気に高まった。

 国をあげての魔巧師試験は毎年多くの観客が訪れるのだが、今年は隣国であるケアルア共和国との合同での実施、そして通常であれば魔具作りの技術のみで競い合うはずの試験内容に、今回は魔物との戦いが加えられたことでかつてないほどの盛り上がりを見せているのだ。

 

 そしてその熱狂に一役買っているのが、大勢の観客たちが視線を集めている人物、受験者たちの中でも一際勇ましい姿で現れたシルヴィア・ハーネストだった。


「まさに私のために用意された舞台と言っても過言ではないわね」

 

 自信たっぷりな口調でそんな言葉を言い放つハーネスト。そんな彼女が見据える視線の先には、今か今かと解放される瞬間を待ち望んでいるかのように咆哮や雄叫びをあげている魔物たちの姿。

 檻の中に捕らえられている彼らが解放された時こそ、試験開始の合図となるのだ。


「これといってたいした魔物はいないわね」


 そんなことを一人呟いた後、ハーネストはちらりと周りにいる受験者たちを見渡した。 

 同じ見習いの立場とはいえ、それでも彼女の目から見ればその姿は随分と頼りなく映っていた。魔物と戦った経験がある冒険者ならともかく、中には工房でしか修行をしたことがないであろう受験者たちもたくさんいるぐらいだ。


「これで私が一番活躍することは間違いないわ。そうすれば、きっと先生も私の魅力に気づいて……」

 

 一人そんなことをぶつぶつと呟くハーネストは、その頬を僅かに赤く染める。けれども彼女はすぐにハッと我に返ったような素振りを見せると慌てて首を振る。


「いけないわ! こんなところで邪念に囚われてしまうなんて戦士として何たる失態。今の私には、次期シルヴィア家の『当主』としての腕前を国民の前で披露しなければいけないのに」


 浮つきかけた心を制するかのように、彼女は剣の柄を力強く握りしめる。そして今度はキリッと引き締まった視線で、少し離れた場所にいる少女の横顔を睨みつけた。


「同じ三大魔巧師の血を引く者同士とはいえ、どちらの一族の方がより優秀なのかこの場で証明してあげるわ……マスティア・ハルリア」

 

 鋭い口調でそんな言葉を口にするハーネスト。するとその直後、突然コロシアムを包み込むかのような盛大な鐘の音が鳴り響いた。そして同時に、視線の先にある鉄の檻が次々と開錠されていく。

 

 ついに彼女たちにとって運命を決める試験が始まったのだ。


「行くわよっ!」

 

 ハーネストの掛け声と同時に、シルヴィア流派の者たちが一斉に走り出す。もちろんその先頭を風を切るように突き進むのは、彼女自身だ。

 檻が開かれて怒涛の勢いで迫ってくる多種多様な魔物たちにも怯むことなく、ハーネストは真正面から戦いを挑む。


「ハァァッ!」

 

 真っ先に敵対してきた熊型の魔物が彼女に向かって右手を伸ばしてきた瞬間、ハーネストは瞬時に身をかがめてそれを避けると、右手で握りしめていた柄を引き抜く。あらわになるのは陽光を反射して美しく輝く銀色の刀身。

 薄く、それでいて極限にまで鍛え上げられたその刃には、刃先から柄に向かって三つの鉱石が埋め込まれている。


『グガァァっ!』

 

 側面から右腕を切り落とされた魔物が断末魔のような悲痛な叫び声をあげる。

 けれども、そんな叫びも彼女の前では長く続かない。

 腕を切り落とした刃先の斬撃波はそれだけでは終わらず、今度は魔物の巨大な体軀が斜めに向かって真っ二つに崩れ落ち始めた。

 瞬きさえも許さないような一瞬の出来事。

 まるで芸当のようなハーネストの一撃に、観客席からは歓声が響き渡る。


「まだよっ!」


 ハーネストは右足に力を込めてそれを軸にすると、振り切った剣の勢いを今度は遠心力へと変えていく。そしてその場で華麗にターンを始めると同時に、彼女は詠唱を口にした。


短縮生成たんしゅくせいせい(硬化)・ブラッドアロー】

 

 ハーネストが詠唱を口にした瞬間、刃先近くに埋め込まれていた鉱石が赤く輝き出す。直後、回転に合わせながら彼女は剣を前方に向かって一直線に薙いだ。

 その瞬間、刀身から振り払われた鮮血が、次々と矢の形状へと姿を変えていき五月雨のごとく魔物の群れに向かって一斉に襲いかかる。


『ガァッ!』

 

 突然飛んできた無数の紅い矢を避け切ることはできず、獣の形をした魔物たちが叫び声をあげた。

 その一瞬の隙を突いて魔物の群れへと一気に距離を詰めるハーネスト。再び構えたその刀身が、寸分の狂いもなく魔物の急所を切り刻んでいく。


「シャンティ、アロン! 私が魔物を引き付けている間に他の受験者たちの援護を!」

 

 襲いかかってくる魔物の攻撃を薙ぎ払いながら、ハーネストが後方に向かって叫び声を上げる。

 その言葉を受け取った彼女と同じ鎧を纏った二人の見習い魔巧師が、怯えた様子で一箇所に集まっている受験者たちの元へと駆け寄る。


「はーい! 戦えない人はこっちに集まってねー! じゃないと魔物に襲われちゃうよっ」


「なんで俺がコイツと一緒に雑魚のおりをしないといけないんだよ」

 

 シャンティと呼ばれた小柄な少女とアロンという名の長身の男は、迫りくる魔物の群れに対して壁のように立ち塞がった。彼らの後ろでは、おそらく武器さえ握ったことがないのだろう、恐怖のあまり身動きさえ取れずに縮こまっている受験生たちの姿が。


「とりあえず前衛は我らがハーネストさまさまにお任せしたとして、こっちは私たちでサクッとやっちゃいますか」


「なーにがサクっとだ。まともに短縮生成できないくせにいばるな」


「そこをフォローしてくれるのがアロンの役目でしょ?」


 愛嬌のある笑顔を浮かべるシャンティに、アロンは呆れた様子でため息を吐き出す。直後、彼女に向かって飛び掛かってきた猫型の魔物を、剣を抜いたアロンがすかさず斬り払う。


「とりあえず大将からここを任されたなら任務は果たすぞ。油断するな」


「あいあいさーっ!」

 

 意気揚々とそんな返事を返したシャンティは、今度は自ら抜いた刀身で同じく飛びかかってきた二匹目の魔物を正面から斬りつけた。


「ハーネストさまーっ! こっちはお任せあれー!」


 陽気な口調でそんな言葉を発するシャンティの声を聞いて、ハーネストは返事の代わりに目配せをすると、すぐに目の前の戦いに意識を集中させる。


 シルヴィア家は代々冒険者として名を馳せながら、人が住める領域の拡大とその地を守る役割を果たしてきた一族だ。

 優れた剣術も、それに合わせた魔巧技術も、全ては創始者であるシルヴィア・キエスが師から教わり譲り受けたものを守り抜き、そして後世へと残していくために作り上げた技術。

 その為、プライドが高くハルに対して喧嘩腰になるハーネストとはいえ、民を守るというシルヴィア家の精神は幼い頃からしっかりと叩き込まれて受け継がれている。


「うわぁぁっ!」


 ハーネストのすぐそばで悲鳴が上がり、彼女は慌てて声が聞こえた方を振り返った。見ると冒険者の身なりをした男が複数の魔物に襲われていた。

 おそらく手持ちの素材と魔物の死骸を合わせて即席で作ったのであろう、彼が震える手で握りしめている短剣は無残にも柄から先が折れているではないか。


 このままではさすがに危険だと判断したハーネストは、彼を助けるために地面を蹴った。  

 だがその瞬間、突如彼女の周囲を巨大な影が覆う。


「――ッ!」

 

 咄嗟に身を翻したハーネストは、迫りくる鋭い鉤爪を剣の刀身で受け止めた。

 ガキン! と鉄と鉄とがぶつかり合うような鈍い音。翼を広げながら上空から襲いかかってきた鳥型の魔物は、そのまま鉤爪で剣を握りしめるとハーネストから武器を奪い取ろうとする。


「へぇ、ボーンコンドルなんてなかなか珍しい魔物もいるじゃない」


 凄まじい力で己の武器が引っ張られるのを感じながらも、ハーネストが余裕たっぷりな口調でそんなことを呟く。すると敵はさらにめきめきと握りしめる力を強めてきた。

 細く鋭い刀身を握りしめても食い込むことのないその爪を見て、ハーネストがふと閃く。


「それだけ頑丈だと良い素材になりそうね……」


 不敵な笑みを浮かべてハーネストはそう言うと、捕まれている刀身を引き抜くことをあえてやめた。そして代わりに詠唱を唱える。


【短縮分解(溶解)・メルト】

 

 ハーネストが言葉を放った瞬間、今度は刀身の真ん中に埋め込まれている鉱石が緑色の光を放ち始めた。そしてその直後、獲物を逃さんとばかりに刀身を強く握りしめていた魔鳥の鉤爪が、まるで氷が溶けていくかのように輪郭を失っていく。


『クワァッ!』


 突然の出来事に驚いたボーンコンドルが慌てて剣を離して距離を取ろうとする。けれどもハーネストがそんな隙を見逃すわけもなく、魔鳥が飛び去ろうとした瞬間、彼女は脚力をバネにして跳躍すると容赦なくその首を狙い切る。


「ハッ!」


 軽やかに敵の首を討ち取ったハーネストは着地と同時に今度は足元に刃を突き立てた。 

 その刃先が触れているのは先ほど溶かしたばかりの魔物の鉤爪。

 彼女はそこに意識を集中させると休む間も無く再び詠唱を口にする。


【短縮生成(硬化)・クラフトソード】

 

 刀身の鉱石が赤く輝き出すや否や、その変化は溶けて原型を失っている鉤爪にすぐに現れた。

 ほとんど液体化していたはずの鉤爪が、赤い光を帯びながら再び輪郭を取り戻し始め、それはあっという間に一本の剣へと変わる。


「これを使いなさい!」 

 

 創り出したばかりの剣の柄を握りしめると、ハーネストは声を飛ばした先に向かってその刃先を投げ放った。真っすぐ一直線に矢のごとく飛んでいく剣は、見習い冒険者の男に今まさに襲い掛かろうとしていた魔物の頭部を貫く。


「ひぃっ!」

 

 目の前で起こった突然の展開に、男は思わず叫び声を漏らしてその場で腰を抜かしてしまう。そのあまりに情けない姿にハーネストは舌打ちをしながらも、すぐさま彼のもとまで駆け寄ると残りの魔物も切り倒す。


「まったく……同じ冒険者のくせに情けないわね」


 あっという間に三体の魔物を葬り去ったハーネストは、地面にお尻をつけたまま自分のことを見上げている男に向かって呆れた口調で呟く。そして彼女は最初に投げ放った剣を魔物の頭部から引き抜くと、その柄を男の方へと向ける。


「ほら、これがあればあなたも少しはまともに戦えるはずよ」


「……」


 向けられた柄と言葉の意味が一瞬わからず男は固まっていたが、すぐに彼女の意図を理解するとハーネストから剣を受け取る。それを見て彼女はようやく満足したのか、ふっと一瞬柔らかい笑みを見せた。


「これに懲りたらこれからはしっかりと修練に励むことね」


 ハーネストはそんな言葉を告げると、男が返事をするよりも前に背を向ける。そして彼女はすぐに次なる戦場へと向かって走り始めた。

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