第24話 ケアルアの少女

 ハルがフリスと話しをしている場所から少し離れたところで、腕っ節に自信がありそうな冒険者たちの間を、フードをかぶった一人の少女が歩いていた。


 一見するとその低い背丈のせいで随分と歳下に見られてしまいそうな少女なのだが、彼女の足取りからは一切の不安も恐怖も滲み出ていない。

 むしろこういった場所は歩き慣れているといわんばかりの歩き方だ。


「まったく、あの能天気おバカさんはどこをほっつき歩いているのやら……」


 フードの下から黒髪と黒い瞳を覗かせてそんな言葉を呟く彼女は、普段周りの人間からはダンと呼ばれている少女だ。

 

 消えてしまった連れのことを特にそこまで気にしている様子もなく足を進めていると、彼女の行き先をわざと遮るかのように数人の男たちがダンの前に現れた。


「おおっと、ここはガキの来るところじゃないぜお嬢ちゃん」


 まるで迷子の幼女にでも話しかけるような口調で、やたらと図体がデカい男が彼女に声をかけてきた。その言葉を合図にするかのように、周りにいる男たちがゲラゲラと笑い声を上げる。


「……」


 明らかに自分よりも体格差も筋肉差もある男たちが見下ろしてくる中、それでもダンは動じないどころか、反対に頭の悪い悪ガキでも見るかのような白けた目で彼ら達のことを見上げる。

 けれどもそんな視線に気づかない男は、馬鹿にした口調で話しを続ける。


「しょんべんチビっちまう前に早く帰りな! 何なら俺がおんぶして先に便所まで連れていってやってやろうか?」


 ぽんぽんと少女の頭を叩きなから、そんな下品な言葉を発する男。彼女にとっては飛んだ迷惑な展開なのだが、周りにいる受験者たちにとっては束の間の気晴らしになってしまったようで、クスクスと笑いながら二人のやり取りを見つめていた。


「はぁ……レイズーンは国も人間も見掛け倒しの馬鹿ばかりですね」

 

 怒りを通り越して呆れ返った口調でそんなことを呟くダン。そして彼女はしつこく自分の頭を叩いてくる男の大きな手をぱんと左手で軽く払い退けた。――その瞬間だった。


「いってぇぇっ! てっ、テメぇ何しやがった!」


 ついさっきまで余裕の笑みを浮かべていたはずの男の顔が、一瞬にして苦痛で歪む。

 そんな彼の右腕の先、少女が軽く触って払い退けた手首の部分が、本来であれば曲がるはずのない方向にぐにゃりと折れ曲がっているではないか。


 たった一瞬の間に起こった奇怪な出来事を前に、周囲に集まっていた受験生たちの顔が思わず引きつる。


「何って、頭の上にあった汚い物を取り除いただけですよ」


 おー汚い汚い。と少女はわざとらしくそんな言葉を付け足すと、ほこりでも取り払うかのように自分の頭の上を右手で払う。その間も男は右手の激痛に耐えかねて地面に膝をつくと、悲痛な声を漏らしながらもがき苦しむ。


「心配しなくても試験が始まるまでには元に戻りますよ。まあ、その時の痛みはもっと強烈ですけどね」


 涙目になりながら自分のことを睨み上げてくる男に向かって少女はそう言うと、ニヤリと悪戯っぽく笑う。そしてくるりと背を向けると、もう興味を失ってしまったかのようにその場から離れてしまった。


「いくら見かけ倒しがお好きなレイズーン王国とはいえ、もうちょっとまともで骨のある人間はいないんですかね」


 残念そうな口調でそんなことを呟きながら受験者たちで溢れ返る通路を歩いていたダンは、ふとその足取りを止めた。「お」と物珍しそうに目をパチクリとさせるその視線の先には、何やら賑やかな声と共に人だかりの姿が。


「なるほど……あれが噂の『シルヴィア一族』の娘ですか」 

 

 そう言って興味深げにふむふむと一人頷くダンの瞳に映っていたのは、人だかりの真ん中で凛々しい姿で立っているシルヴィア・ハーネストの姿だった。

 

 彼女の周りには、同じシルヴィア家の工房に所属している見習い魔工師たちの姿もある。

 

 レイズーンで有名な工房といえば誰もが『マスティア』と『シルヴィア』の二つを真っ先に思い浮かべるのだが、両者の特徴はまるで違う。

 工房の中で魔具作りをすることを主とするマスティアの流派に対して、シルヴィアの流派は戦いの中で魔具を生み出し、それを戦闘に活かすことを得意とするいわば冒険者たちの集まりだ。

 そのためダンの視界に映る彼ら達も、誰もが武器や鎧を身に纏っていて、そしてそれらにはシルヴィア家の象徴である立派な鷹が刻印されている。

 

 周りから浴びせられる羨望の眼差しやもてはやされる声など一切無視して、試験が始まるまでの間を静かに待っているハーネストたちを見て、ダンは面白そうにニヤリと笑う。


「さてさて、レイズーンの名家は見かけ倒しじゃないことを期待してますよ」

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