第23話 魔巧師試験
魔巧師の卵たちにとって運命の日となる朝は、彼ら達を応援するかのようにどこまでも澄み切った青空が広がっていた。
が、そんな晴天の下、何やら表情を曇らせて不安げなオーラを漂わせている少女が一人。
「うぅヤバい……なんか緊張してきた……」
会場となるコロシアムの入り口を無事に抜けることができたハルは、熱気と人で満ち溢れた通路を歩きながら思わずそんな言葉を漏らす。
すでに入り口を通過するだけでも異様に緊張していた彼女だったのだが、フローラの言葉に嘘はなく、受験者の受付をしていた兵士たちはハルが胸元につけている記章を見るなり慌てた様子で頭を下げて試験を受けることを許可してくれた。
それどころか一人の若い兵士は、「ひっ!」とまるで魔物でも見たかのようにダリアの記章を見て怯えた様子さえ見せていたのだから、ハルとしては反応に困ってしまったぐらいだ。
「でもなんでこんなに冒険者の人たちまでいっぱいいるんだろ……」
視界に映る自分と同じ受験者たちを見回しながら、ハルは小さく首を傾げる。ハーネストから聞いていたように、今年の魔巧師試験はケアルア共和国と合同となった為、数多くいる受験者たちの中にはフードをかぶった外套姿の人間もちらほらと見かける。
それ自体は新鮮であるのだが、べつに異様に映るわけではない。彼女としてはむしろ、魔巧学校や工房でも見かけないような筋骨隆々とした冒険者の魔巧師たちまでこの場所にいることのほうが不思議に思ったのだ。
「まさか……この人たちまで一緒に受けるつもりなの?」
試験というよりまるで戦場に行くかのように士気をたぎらせている彼ら達を見て、ハルは違う不安を覚えて思わずゴクリと唾を飲み込む。
一人前の冒険者を目指す魔巧師にも確かに試験は存在するのだが、彼ら達の場合その技術が戦闘に特化しているため、本来試験は街の外で行われ、その内容もまったく異なるのだ。
なのに何故ここに? とハルが首を傾げ続けていると、彼女の背後から慌ただしい足音と共に少女の声が突然聞こえてくる。
「す、すいませぇん! そこをどいて下さ……」
「……へ?」
場違いなほどふわふわとした声音の高い声に、ハルが思わず立ち止まって振り返った時だった。突如視界のど真ん中にフードをかぶった頭が現れたかと思うと、直後鼻先に強烈な痛みが走った。
「うぎゃっ!」
思わずカエルが踏み潰されたような声を発してしまったハルは、そのまま身体のバランスを崩してしまい、背中から勢いよく倒れてしまう。そして同じく「きゃっ」と乙女らしい声をあげた相手も、ハルに覆いかぶさるように前のめりに倒れてしまった。
「す、すいませんっ! ほんとにごめんなさいっ!」
「…………」
少女は慌てて両手をついて顔を上げると、真下にいるハルに向かって何度も謝罪の言葉を口にする。けれども少女の豊満な胸元の下敷きになってしまったハルは、柔らかい感触に邪魔されてしまいうまく声を発することができない。
その事実に気づいた少女は、「ごめんなさいっ!」と再び謝ると急いで身体を起こす。
「ぶはー……死ぬかと思った」
危うく酸欠状態になりかけてしまったハルは、鼻先の痛みに耐えながら思いっきり息を吸い込む。
どうやらお尻のほうも強打してしまったようで、立ち上がろうにも両足に力を入れることができない。
するとそんな彼女の様子を見ていた少女が、外套の左袖の中に右手を入れると何やらがさごそとし始める。そして小さな針を一本取り出すと、その針の先端をハルが両手で押さえているお尻の辺りにプスリと突き刺す。
【
少女が詠唱を口にした瞬間、「ひゃんっ」とハルの身体が一瞬ビクリと震えた。直後何をされたのかまったくわからない彼女は、目をパチクリとさせて少女のことを見る。
「これでもう大丈夫です! 身体に流れている魔力を刺激したので、もう痛みはないはずですよ」
「あれ……ほんとだ」
少女の言葉を聞きながらお尻をさすっていたハルだったが、たしかに先ほどまでじんじんと感じていたはずの痛みは綺麗さっぱりに消えていた。何なら鼻先の痛みもなくなっているではないか。
なんで? とポカンとした表情を浮かべて立ち上がるハルに、少女は自己紹介も兼ねて言葉を続ける。
「私はケアルア共和国からやってきたフリス・フラリスと申しますっ! 今のはケアルアから古くから伝わる鍼灸の技術を応用した……」
やたらと意気揚々と説明を始めたフリスという名の少女だったが、ハルの胸元に付いているものをふと目にした瞬間、何故か言葉を止める。
「そ、それはまさか……『マスティア家』の家紋のダリアですか?」
「え? あ、うん……」
多分そうだけど、と言葉を濁してぎこちなく答えるハル。フローラから直々にもらったものだとはいえ、実のところハル自身もこの記章が何を意味しているのかがよくわかってはいない。
この記章を見て顔色を変えたハーネストや試験会場の受付の兵士の様子を見る限り、おそらく何か重要な意味があるのだろう。とそんなことを呑気に考えながらふと目の前に意識を戻すと、目をキラキラと輝かせたフリスがこっちを見ていた。
「お名前は! お名前は何というのですか!?」
「ハ、ハルリア……マスティア・ハルリアだけど」
ハルが自分の名前を名乗った直後、頭一つ低い少女の目がさらに輝きを増す。
「まさかあなた様が、あの偉大なる魔巧師『マスティア・ガーネット』の血を引く御息女だったんですねっ!」
突如スイッチが入ってしまったフリスが大声で感激する。その瞬間、彼女の言葉を聞いた周りにいる受験者たちが、一斉にハルへと鋭い視線を向けてきた。
「ちょ、落ち着いてよフリ……フラ……?」
「是非ともフリスと呼んで下さい! ケアルア国では姓と名がこちらとは逆になっていて、親しい者同士では名前で呼び合う風習がありますので」
「親しい者同士って……私たち今出会ったばっかりだよ?」
普段ならハルの方が相手のペースを乱すことを得意とするはずなのだが、そんな彼女が完全にフリスのペースに飲まれていた。そしてガシッとフリスに両手を握られたハルは、その腕をぶんぶんと揺さぶられる。
「フリスは感激です! まさかあの三大魔巧師の血を引く皆さまにお会いできる日が来るなんて!」
「フ、フリス……だからちょっと落ち着いてってば」
激しく両腕を揺さぶられて今度はぐったりとした表情を浮かべてしまうハル。やっとの思いで手を離してもらうことができた彼女は、この話題を早いところ終わらせようと思い、逆にフリスに尋ねた。
「そういえば何だかすっごく急いでみたいだけど、大丈夫なの?」
「はっ! そうでした!」
急に真顔に戻ったフリスは、今度は不安げな表情を浮かべると辺りをキョロキョロと見渡す。
「実は、試験を一緒に受けに来た子とはぐれちゃいまして……」
「あーなるほど、迷子ってわけね」
こんなおてんばな女の子ならそれはあり得る、と自分のことを棚に上げたハルがうんうんと頷く。
「それじゃあ一緒に探してあげよっか?」とこのまま放っておくこともできずにハルがそんな言葉を口にすると、相手の少女が首を横に振った。
「いえ、大丈夫です! それに彼女は私と違ってとても強いので、一人でもたくさん魔物を倒すことができますから」
「え? 魔物を倒す?」
何やら突然良からぬ言葉が耳に届き、ハルが訝しむような目でフリスのことを見る。けれども相手は「そうですよ」と愛嬌のある笑顔を浮かべて大きく頷いた。
「なんたって今年の魔巧師試験は、素晴らしい魔具を作り出すだけじゃなくてどれだけ魔物を多く倒せるかも競い合いますからね!」
「え……えぇっ!?」
可愛らしい笑顔を浮かべたままのフリスとは反対に、恐怖で引きつった表情を浮かべるハル。
彼女はこの時、先日ハーネストが言っていた言葉の意味をようやく理解するのであった。
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