第21話 ライバル再び

 フローラの屋敷を出た後、二人は住宅街を抜けて、再び南の大通りを歩いていた。


「随分と機嫌が良いんだな」


 呆れたような口調でそんな言葉を呟くジルの隣では、「ふふん」と鼻歌を歌いながら上機嫌で歩いているハルの姿が。


「だってあのフローラお婆様が応援してくれたんですよ? そりゃあ嬉しいに決まっているじゃないですか!」


「……」


 顔をニンマリとさせてハルはそう言った後、わざとらしくジルに向かって胸を張る。 

 そこにはいつも身に付けている三日月型の記章と、その横には真っ白なダリアの華。

 曽祖母から貰ったものを、彼女は屋敷を出るなりすぐに胸元に付けたのだった。


 ハルの胸元で小さく咲き誇っているダリアを見て、ジルが驚きを通り越して呆れた声で呟く。


「しかしまさか『六星鉱石ろくせいこうせき』で作ったものをお前みたいなやつに与えるなんて、マスティアの人間は随分と気前が良いんだな」


「……『六星鉱石』?」


 どこかで聞いたことのある言葉に、ハルが眉間ににゅっと皺を寄せる。

 そんな彼女のリアクションを見て、ジルは呆れ返ったため息を吐き出す。そして頭を抱えそうになるのをグッと堪えると、彼は仕方なく説明を始めた。


「『六星鉱石』は特殊素材の中でも竜の素材と同等だといわれている一級品の素材だ。種類によって性質や力の違いはあるが、素材にして魔具を生成すればまず間違いなく国宝級の代物になるだろうな」


「……」


 自分の胸につけているものが、よもやそこまで貴重な素材のものだとは知らず、ハルは思わずゴクリと唾を飲み込む。


 ジルが説明したように六星鉱石は竜の素材と同じく、今や幻とさえ言われているほど貴重な素材だ。

 その名に『六星ろくせい』と刻まれている通り、見た目や性質の違いから六つの種類に分類されている。

 そしてこの鉱石の特徴として、どれも特異な力を宿していることは間違いないのだが、それ以上に採れる場所が特殊なのだ。


 通常強い力を宿した貴重な鉱石ほどこの星の魔力の影響を長年受け続けているので、地中深くの地層から発掘される傾向がある。

 けれども六星鉱石についてはその限りではなく、ある時は人や魔物でさえも立ち入ることが難しい気高い山の山頂や、中には古代遺跡の祭祀場に祀られていたとされる文献まで残っているほどだ。


 その為、神出鬼没ともいえる六星鉱石はこの星で生まれたものではなく、かつて隕石となって飛来してきた鉱石なのではないかと魔巧学者たちの間では話されている。


「お前が胸につけているのは、『シリウス』と呼ばれる六星鉱石の一つだ。素材としては珍しい光の属性の力を宿していて、その光はどんな闇夜も照らすと言い伝えられている」


「へぇー、そんな力があるんだ……」


 ジルの説明を聞きながら、ハルは自分の胸元で輝いているダリアの華を見た。陽光を反射して白く光るその記章には、たしかに見れば見るほど心惹かれる不思議な輝きがある。

 ましてそれがレイズーン一の魔巧師であるフローラの手によって作られたものなので、見た目の美しさも合わさってもはや芸術品の一つといっても過言ではない。

 

 そんな曽祖母からの贈り物をうっとりするような目で見つめていたハルの耳に、再びジルの声が届く。


「六星鉱石はたとえミリ単位の欠けらだったとしても高値で売買される。お前が胸につけているその大きさなら、この辺りの貴族の家ぐらいは買えるだろうな」


「そ、そ、そんなに高価なんですかこれって!?」


 ジルの思わぬ発言に、ハルはぎょっとした表情を浮かべて足を止めた。呑気に胸元につけて喜んでいたが、どうやらこれはそんな代物ではなかったらしい。


 あわあわとした様子で胸元につけている記章を両手で隠すハルの隣で、ジルはさっき見たフローラの魔巧生成のことを考えていた。

 

 希少価値の高さと共に、宿した力の強さも含めて他の素材と比べ物にならない六星鉱石は、それゆえに扱いが難しい素材として認知されている。

 たとえ生成して武器や他の魔具を作ったとしても使い手にはかなりの技量が求められる上、そもそも六星鉱石を素材として扱える魔巧師の数自体少ない。

 修練を積んだ熟練の魔巧師でも生成方法がわからず、手を出せないことが多いのも事実。

 

 しかしそれをフローラは詠唱を口にすることもなければ、指先一つ触れただけでやってのけたのだ。


「……相変わらず化け物じみた力だな」

 

 ジルがぼそりと呟いた言葉に、ハルが「え?」と不思議そうな声を漏らした。その時だった。

 不意に背後から別の人間の声が聞こえてきた。


「あら、またこんなところで会うなんて奇遇じゃないハルリア」


「げっ……この声は……」


 振り向いた視線の先にいたのは案の定、腰に立派な剣を携えて優雅な笑みを浮かべて自分のことを見つめているハーネストだった。

 その自信たっぷりな表情と嫌味も混じった笑みを見て、ハルは思わずうげぇとした表情を浮かべてしまう。


「明日の魔巧師試験の下見にでもやってきたのかしら?」


「ま、まあそんなところかな……」

 

 ぎこちない笑みを浮かべながらそう答えたハルは、嘘がバレないようにハーネストからさーっと視線を逸らす。

 けれども相手にはお見通しなのか、ハーネストがニヤリと笑う。


「さすがマスティア家の人間ね。やっぱりケアルア共和国との合同試験ともなれば、あなたでも気合いが入るのかしら」


「え? 合同試験?」


 初めて耳にした言葉に、ハルが一瞬ポカンとした表情を浮かべる。するとそんな彼女のリアクションを見たハーネストが、これでもかといわんばかに目を見開いた。


「あら、まさか知らなかったわけないわよね? いくら肩書きだけが取り柄のあなたでも……」


 まったく状況を飲み込めていないハルに向かってハーネストが嫌味たっぷりな口調でそんなことを話していた時、ふとハルの胸元を見た彼女がなぜか言葉を止める。


「その記章は……」


 急に声音を落としてぼそりと呟くハーネスト。

 その表情からは先ほどまでの自信たっぷりな笑みは消えて、今度は不満げに目を細めるとハルのことを睨みつけた。


「ふーん……能力が無くとも形だけはマスティア家の人間として認められたってわけね」


「え?」


 憎々しげに自分のことを睨みつけてくるハーネストに、ハルはわけがわからず一瞬きょとんとした表情を浮かべる。それが余計に癇に障ってしまったのか、相手はさらに鋭さを増した視線でハルのことを射抜く。


「たいした力がなくても一族の人間として認められるなんてマスティア家は気楽でいいわね。まああなたの場合はどうせ泣きついてその記章をもらったのでしょうけど」


「なっ!」


 立て続けに浴びせられる嫌味な言葉に、ハルの頭の中でカチンと音が鳴った。同じように相手の顔を睨み返すと、今度は自分の方から口を開く。


「そんなわけないでしょ! これはフローラお婆様が私のことをちゃーんと認めてくれてプレゼントしてくれたんだから」


「ふん、怪しいところね。あの『天秤てんびんの魔巧師』と呼ばれて名高いマスティア・フローラが、いくら身内だとはいえあなたのことを認めるなんてありえるとは思えないのだけれど」


「だからほんとだって言ってるでしょ! だいたい私だって学校にいた時とは比べものにならないほど腕を磨いたんだからね!」


「あらあら、だったら明日の試験がますます楽しみね。落ちこぼれ以下だったあなたが、落ちこぼれ程度には活躍するのかしら?」


 バチバチと火花を散らしながら言い合う魔巧師の卵たち。そんな二人の様子を、隣で気配を消していたジルはただ面倒くさそうに眺めていた。


「まあいいわ。試験内容が変更になった今年の魔巧師試験は、まさに私たち一族のために用意されているようなもの。あなたはせいぜい命を落とさないように隅っこで震え上がってなさい」


「バカにしないでよ! いくら私でも試験なんかで命を落とすわけないでしょ」


 ガルルと野獣のように今にも噛みつかんばかりの勢いで反論してくるハルに向かって、ハーネストは「はいはい」と馬鹿にしたような返事を返す。そして彼女はくるりとハルたちに背中を向けると、そのまま勇ましい足取りで城の方へと向かって歩き始めた。


「くそぅ! ハーネストったら、明日は修行の成果を見せつけてぜったいに驚かせてやるんだからっ!」


「……」


 去りゆくライバルの背中を睨みながら憤るハルを見て、ジルはただただ呆れたように肩を落とす。


「あの女はシルヴィア家の人間なのか?」


「え? そうですけど……」


 なんでわかったんですか? と一瞬ポカンとした表情を浮かべて尋ねてくるハルに、ジルが再びハーネストの方を向く。


「あいつが身につけている剣は代々シルヴィア家に受け継がれている名剣だ。……それにしても」


「?」


 ジルは去っていくハーネストに向かって目を細めた後、隣に立っているハルのことを無言で見下ろした。

 会話の内容から彼女もハルと同じく魔巧学校を卒業したばかりの見習い魔巧師なのだろうと察するも、それにしてはあまりにも実力差が違いすぎるなと彼は小さく肩を落とす。

 

 熟練の魔巧師であれば対峙しただけで相手の実力をある程度感じることができるのだが、言い方はどうであれ、先ほどのハーネストには挑発的な言葉を口にするだけの力を備えていることは間違いないだろうとジルは思ったのだ。

 それに、彼としてはまったく興味のないことではあるが、魔巧師としての実力だけではなく、その身体付きを見てもハルが本当に彼女と同い年なのだろうかと思わず首をひねる。


 そんな彼を黙って見ていたハルが、何やら不満そうに目を細めた。


「……あの師匠、今ぜったいに失礼なこと考えてますよね?」

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