第18話 推薦書を求めて

 山の麓に降りてレイズーンへと向かう道の途中では、いつにも増して荷運び用の馬車の姿が目立っていた。


「もしかして明日の試験に合わせてお祭りでも始めるんですかね!」


「……」

 

 るんるん気分でそんな呑気なことを口にする彼女に、隣を歩くジルはあえて返事をせずに白けた視線だけを送る。馬車の荷台にかぶせられた布の隙間から鉄格子の一部が見えている時点でその可能性はないだろうと誰でもすぐにわかりそうなのだが、どうやら彼女の瞳には映っていないらしい。

 かと言ってわざわざ教えるのも何だか馬鹿らしいので、ジルは黙ったまま足を動かす。


「というより師匠、なんでこんなに暑いのにフードなんてかぶってるんですか?」

 

 常に口を開いていないと気が済まないのか、今度は訝しむような口調でそんなことを尋ねてくるハルに、ジルは大きくため息を吐き出した。


 結局今朝のやり取りはハルが勝利を掴んでしまう結果となり、半ば脅しのような言葉をかけられてしまったジルは心底憂鬱に思いながらも、彼女と一緒にマスティア家の工房へと訪れるはめになってしまったのだ。

 普段滅多にレイズーン王国に足を踏み入れることのない彼なのだが、どうしても訪れる必要がある場合は、ハルがついさっき指摘した通り、頭まで覆い隠す外套を羽織って出かけることにしている。


「なんかその腕輪と合わせると……犯罪者みたいで怪しいですよ?」


「……うるさい」

 

 ハルの心外な言葉に、ジルが少し苛立った口調で答えた。別に彼も好き好んでこんな格好をしているわけではない。それに同じような服装をした人間は、レイズーン国にもたくさんいる。


「俺以外にも似たような格好をした奴は他にもいるだろ」


 そう言うとジルはくいっと顎を動かして、目の前に見えてきた城門の方を示した。馬車や人の出入りで賑わうその場所には、確かにジルと同じような外套を羽織った者たちも多数見受けられる。


「あー、ケアルア国の人たちのことですね。たしか砂漠に住んでいる民族とか……」


 ハルはどこかで聞いたことのある知識を引っ張り出しながらそんなことをボヤいた。


 ケアルア共和国。

 

 大陸の中心にあるレイズーン王国よりさらに西へと進んだ砂漠地帯にある国のことで、オルヴィノの弟子でもあり三大魔巧師の一人、ボナパルト・ボーゲンが生まれた国でもある。

 その影響もあってか、ケアルア共和国は魔巧技術の中でも特に『医療』の分野に特化しており、その技術力の高さはレイズーン含めて他の国からも認められていて、多くの医療魔巧師達が各国へと渡って活躍しているほどだ。


 しかし、長年他国からも重宝されてきたケアルア共和国なのだが、レイズーン王国が軍事強化の拡大を推し進めた際に無理やり同盟条約を結ばされてしまい、その実態は今やほとんどレイズーンの支配下に置かれてしまったといっても過言ではない。


「そういえばケアルアの国の人たちって、なんでいつもフードをかぶってるんですかね? 暑くないのかな」


「住んでいる環境のせいだろう。砂漠地帯は薄着よりも外套を纏っている方が涼しいからな。それに突発的な砂嵐が起こった時も砂避けになる」


「なるほど……」

 

 ジルの的確な答えに、ハルがふむふむと真剣な顔をして頷く。彼女にとってジルと一緒にいる時は、魔巧技術だけでなく他の分野についても学ぶことができるので飽きることがないのだ。


 二人は南側にある大きな城門からレイズーンの街へと入ると、そのまま大通りを真っ直ぐに進んでいき、城が見える中心部分へと向かっていく。

 前回ハルが買い出しで訪れたこの魔巧師の道と呼ばれている大通りは、城に近づけば近づくほど名のある工房やお店が立ち並んでいる。

 そして城の門に最も近い場所、大通りの最終地点構えている大きな工房こそ、今回の目的地であるマスティアの工房だ。


「……」


 街に入ってから極端に口数が少なくなったハルのことを、ジルが訝しむように横目で見た。

 すると先ほどまでのあっけらかんとした表情はどこにいってしまったのか、何やら苦虫を噛んだような顔を浮かべているではないか。


「そんなに自分のところの工房に行くのが嫌なのか?」


「いやその、嫌というか……ちょっと気まずいというか……」


 ぎこちない口調で言葉を濁しながら、ハルは右手で頭をかく。そして今度はため息と共にガクリと肩を落とした。


「私、小さかった頃に工房見学に行ったことがあるんですけど、その時に魔具作りの体験をさせてもらえて、それで……」


「……」


 話せば話すほど声が小さくなっていく彼女に、ジルは全てを聞かずともすぐに事情を察する。


 ただでさえ自分の家で修行している時でも、毎度のようにトラブルを起こしている彼女のことだ。幼い時の魔具作りの体験とはいえ、どうせロクでもないことをやらかしたのだろう。


 そんなことを内心で思いながらもあえて黙り込んでいたジルの耳に、再びハルの声が届く。


「……ちょっと工房の隅っこを爆発させちゃって」


「……」


 予想していたよりもロクでもない話しに、思わずジルは呆れ返って言葉を失う。

 ハル曰く、魔力を注げば色が変わるという子供向けの魔巧具の杖を与えられたところ、そこに目一杯の魔力を注ぎ込んだ瞬間、杖の先端が発火して大爆発を起こしたという。

 ちなみに当時工房長をしていたベテランの魔巧師は、「あれは生きた心地がしなかった」と今でも思い返すたびに肩を震わせているという。

 そしてその事件以来、ハルが当分の間マスティアの工房を出禁になったことは言うまでもない。

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