第17話 思わぬハプニング

「えぇぇっ! 試験の推薦書を書けないってどういうことですか師匠!?」

 

 朝陽が差し込んだばかりの家の中で、ハルの盛大な叫び声が響き渡った。そのあまりにうるさい声に、ジルは思わず耳を塞いで顔をしかめる。


「当たり前だろ。俺は正式な魔巧師じゃないのに、そんなもの書けるわけないだろ」


「じゃ、じゃあ私……明日の魔巧師試験どうやって受ければいいんですか!」


「知らん」


この世の終わりだといわんばかりに絶望的な表情を浮かべるハルに対して、ジルはいつも通りの素っ気ない口調で言葉を返す。

 

 ジルのもとで修行を始めてから二ヶ月余り、ついに魔巧師人生を歩む上で重要な試験を明日に控えたハルだったが、ここにきてとんでもない誤算をしていたことにやっと気づいたのだ。


「……というよりお前、よくそんな大切なことを今日まで後回しにできたな」


「だって……」


 両手を床につけて打ちひしがれている彼女に、ジルが呆れ返った口調で告げる。


 半人前の魔巧師が一人前となる為には、魔巧師試験は必ず通らなければいけない最初の関門だ。

 そしてその試験を受けるには、自分が従事している魔巧師から推薦書を書いてもらう必要があるのだが、もろちん推薦書を書くことができるのは国から認められた正式な魔巧師に限られていて、山の中で仙人のような暮らしをしているジルに書けるものではない。


「うぅ……今日まで……今日まで頑張ってきたのに……頑張って芋虫たちとも戦ってきたのに……」


今にも泣き出さんばかりの悲痛な声で言葉を漏らす彼女に、ジルは大きくため息を吐き出して肩を落とした。


「お前、マスティア家の人間なら自分のところの工房に行って頼めばいいだろ」


「……」


 ジルの提案を聞いて、ハルの肩が一瞬ピクリと動く。けれども直後、彼女はすぐに絶望的なため息を吐き出した。


「それは……ちょっと難しいというか何というか……」


 顔を伏せたまま、何やらモニョモニョと独り言を呟く彼女。だがすぐに「あっ」と何か閃いたかのような声を漏らすと、ハルは突然ばっと勢いよく顔を上げる。


「そうだっ! 師匠にも一緒に来てもらえばいいんだ!」


「……は?」

 

 急にとんでもないことを口にしたハルに、ジルが冷たい視線を送る。


「ほら、私一人だと推薦書が貰えるかわからないけど、師匠が『ちゃんとコイツは頑張っています!』って証明してくれたらバッチリでしょ?」


「……」


 二ヶ月経っても落ち着くことなく急上昇していくバカさ加減に、ジルはもはや言葉を失っていた。

 それでもハルはお構いなしに、これぞ名案! と目を輝かせながらぐいぐいとジルに近寄る。


「だから師匠ももちろん一緒に来てくれますよね? ね??」


「馬鹿かお前。俺が一緒に行くわけないだろ」


 珍しく上目遣いまで使って頼み込んでくるハルに対して、ジルが素っ気なく切り捨てた。すると彼女は態度を変えて、「もうっ!」と不満たっぷりに頬を膨らませる。 


「師匠は愛弟子の晴れの舞台が楽しみじゃないんですか!」


「興味がないな。それに俺は魔巧師としての基礎を教えてやるとは言ったが、お前を弟子にした覚えは一度もない」


「……」

 

 相変わらず自分のことを弟子とは認めてくれない相手に、ハルはその目をますます細める。と、その時ふと彼女の頭の中に、ジルの言葉を逆手に取る妙案が閃いた。


「でも私が明日の魔巧師試験に合格できないと、この家にずっと住み着くことになりますよ?」


「……」

 

 ハルの不意打ちのような言葉を聞いたジルは不覚にも黙り込んでしまう。

 そして右手で頭を抱えて小さくため息を漏らす相手を見て、ハルは勝ち誇ったようにニヤリと笑った。


 どうやらかつて山蛇を倒した男といえど、ハルが相手となると相当手を焼いてしまうようだ。

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