第16話 少年の過去
「生き残りがいるぞっ!」
耳をつん裂くような叫び声が突然聞こえて、少年はゆっくりと瞼をあげた。
輪郭がおぼろげでぼんやりとした視界の中心にいたのは、見知らぬ男の顔だった。彼の声を合図に、少年の耳には自分の方へと近づいてくる足音がいくつも響く。
「そんなバカな……ここは爆心地の中心だぞ」
視界の中に新たに現れた別の男が、狼狽えたような声で呟く。そんな彼ら達の背後、どんよりと分厚い雲が覆う空からは、はらはらと何かが地上へと降り注いでいた。
雪のようにも見えるそれは、触れても決して消えることのない、灰だった。
この地にあった何もかもを、人も、街も、そして魔物でさえも飲み込み、影さえ残すことなく消し去ってしまった光の成れの果て。
少年の視界の中で次々と現れてくる男たちが、慌ただしい様子で何かを話し合っている。
そんな彼らに助けを求めて声を絞り出そうとするも、喉の渇きがひどく、息が漏れる音しか出てこない。すると一人の男が、少年が何かを握りしめていることに気づく。
「魔巧の光……けれどこの色は……」
ぶつぶつと呟きながら、その男は少年が握りしめている小さな石をそっと取り上げた。
そして真剣な目つきでその石を観察していた彼だったが、その表情がみるみるうちに驚愕の色を滲ませていく。
「兵長! こちらに来て下さいっ!」
石を握りしめていた男が、慌ただしい声で叫ぶ。すると腰に剣を携えた男が「どうした!」と叫び返して急いで向かってきた。
「これを……」
兵長と呼ばれた人物は、男から小さな石を差し出されてそれを受け取る。そしてすぐに険しい表情を浮かべると、目の前で横たわっている少年を見た。
「青い魔巧反応に、それに先ほどの巨大な光……まさかこの少年、あの方と同じく『厄災』を生み出す力を持った人間なのか」
鬼気迫る声でそんな言葉を口にする兵長に、今度は男が狼狽えた口調で言葉を返す。
「し、しかし伝記にも伝承にも彼の血を受け継ぐ人間がいるとは……」
「確かに俺も信じられんが、この惨状が何よりの証拠だろう」
そう言うと兵長は、顔を上げて辺りを見渡す。
つい先日この地に訪れた時は、ここには緑豊かな街があり、そして近くには大きな炭鉱もあった。
それがいまやその全てが幻だったといわんばかりに跡形もなく消滅していて、視界に映るのは更地となった大地と、そこに降り積り続ける灰の姿だけ。
そんな光景を拒絶するかのように兵長はぐっと両目を閉じると、今度は右手で剣の柄を静かに握りしめた。
「病む終えん……この場で始末していくしかない」
苦渋の決断に表情を歪ませる兵長が、握りしめた剣の刀身をあらわにする。僅かな陽光を反射して鈍く光るその刀身に、虚な目を浮かべている少年の顔が映った。
周りにいる男たちが何か言いたげな表情で兵長のことを見つめる中、鋭い刃先が少年の胸元へと定められる。
「おやめなさい」
刃が沈黙を切り裂くよりも先に、聡明な女性の声が男たちの耳に届いた。その瞬間、兵長はピタリと動きを止める。
「何も命を奪う必要まではないでしょう」
「し、しかしこの少年は……」
落ち着き払った女性の声に、兵長は一瞬そんな言葉を口にするも、すぐにその手に握っていた剣を鞘へと戻した。
そして敬意と謝罪を込めて、自分たちの方へと近づいてくる女性に向かって頭を下げる。
「そう、この子が……」
ぼそりとそんな言葉を呟いた女性は、少年の近くまで歩み寄ると、膝を曲げて地面につける。そして哀れみを宿した目で幼い命を見つめる。
「ですが、どうするおつもりですか? もしもこのことが現国王の耳に入れば……」
不安げな口調で尋ねる兵長に、女性はただ黙ったまま小さく首を横に振る。
少年はそんな女性の姿を、ぼんやりとした目で見上げた。
歳は男たちよりもずっと上だろう。白髪の髪を束ねて紺色のマントを羽織っている彼女は、少年のことを静かに見つめ返すと、袖口から小さな金属のようなものを二つ取り出す。
「許して下さい。これも全てはあなたのためです」
少年に向かってそんな言葉を口にした彼女は、取り出したものを両手でそれぞれ握りしめると、今度はそれを少年の両手首にそっと押し当てる。
その瞬間、彼女が触れた部分が赤い光を放ち始めた。
「ぐっ……」
焼けるような痛みを手首に感じた少年が、思わず苦痛の声を漏らす。
けれどもそれはほんの一瞬のことで、痛みはすぐに消えていくと、代わりに今度は両手首に何かが巻きついているような感覚を覚えた。
「あなたがこれから先、生きることを望むのであれば……」
少年の両手首から、女性はそっと手を離す。
「他人との関わりを求めてはいけません」
ゆっくりと立ち上がる女性の顔を、少年は遠のいていく意識の中で見つめた。
「あなたが使命を果たす、その日までは……」
そう告げられた言葉が、夢だったのか、それとも現実だったのか、おぼろげになっていく少年の意識にははっきりと判断できなかった。
けれども自分を見下ろしているその瞳が、降り注ぐ灰よりも白く、そして銀雪のような色をしていたことだけは、彼の記憶の奥底に確かに刻まれたのだった。
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