第15話 更なる技術

「だはぁぁー、今回も死ぬかと思った……」


 ジルの家にたどり着くや否や、ハルはいつかと同じようにそんな言葉を漏らすと、疲れ切った様子で床へと座り込む。その隣には、今回彼女がトドメを刺すことができた幼虫の体液がたっぷりと入った袋の姿もあった。


「またそんな情けないことを言ってるのかお前は。素材が手に入ったんだから、さっそく魔具作りを始めるぞ」


「えぇ! 今帰ってきたばっかりなんですから、少し休ましょうよ……」


 いくら明るさと根気だけが取り柄の彼女だとはいえど、魔物狩りに蛇の洞窟にと立て続けに刺激的すぎるイベントをこなした後だったので、疲労はピークに達していた。しかも、重い袋までかついで山を降りてきたので、両肩の凝りもひどい。


「嫌だったら別に構わないぞ。その代わり、俺はもう二度とお前に何も教えないからな」


「そ、そんなぁ……」

 

 相変わらずスパルタな姿勢を崩さないジルの言葉に、ハルは弱々しい声を漏らしながらもしぶしぶ立ち上がる。


「とりあえずまずはポーションを作って身体の傷を治してみろ」


「はいはい、わかりましたよ……」

 

 ジルの指示通り、ハルはいつも使っている大きな鍋を作業台の上に置くと、次に袋を持ち上げて鍋の中へと緑色の液体を注いでいく。

 散々山の中を歩き回った上に魔物とも戦っていたので、彼女の両手や太ももにはすり傷や切り傷が目立っていた。


「よし、これで準備はオーケーと……」

 

 ハルはそんな言葉を漏らすと、両手で持っていた袋を床へと置いて鍋の前へと立つ。色が濁っていたとはいえ、今朝練習した時は初めてポーション作りを成功させることができたのだ。   

 ならばあの時の感覚を思い出してもう一度……

 そんなことを考えながら、ハルはわざとらしくコホンと咳払いをすると、右手の指先をゆっくりと鍋の中へと近づけていく。そして……


【液核生成(変化)・ポーション】


 詠唱を唱えて、彼女が指先で液体に触れた時だった。鍋全体が一瞬赤い魔巧の光を帯びたかと思うと、今度はハルが指先で触れた部分を中心にして、毒々しい色をしていたはずの液体が水晶のように澄み切った色へと変化していくではないか。


「でき……ちゃった」

 

 思わず呆然とした表情でそんな言葉を呟くハル。その手元には、以前ジルが作った時と同じように聖水のような透明度を持つ液体が鍋の中を満たしていた。


「し、師匠っ! 出来ました! ついに私にもポーションが作れましたよ!」


 そう言ってハルは嬉しそうな表情を浮かべながら鍋を両手で持ち上げると、それをジルへと見せつける。


「……確かにちゃんとしたポーションが生成されたようだな」


「でしょでしょ! いやーまさかたった一日でここまで成長するなんて、私ってやっぱり天才なのかも!」


「……」

 

 目を輝かせながら自画自賛しているハルのことを、ジルはただ黙って呆れた表情で見つめる。そして彼はハルが持っている鍋の中にもう一度視線を移すと、今度は訝しむような声で尋ねた。


「お前、身体のほうに特に異変はないのか?」


「え? べつに何もないですけど……」

 

 突然尋ねられた質問の意図がわからず、ハルはポカンとした表情を浮かべて返事をする。するとジルは「そうか」と呟いただけで、それ以上は何も聞いてはこなかった。


「とりあえずポーションが作れるようになったなら次の訓練だ。ただその前にまずは身体の傷を治せ」


「はいっ、わかりました!」

 

 これでようやく本格的な魔具作りができると喜ぶハルは鍋を作業台の上に戻すと、今度は両手をポーションの中へとそっと入れた。 

 すると彼女の指先や手のひらにあった擦り傷が淡い光に包まれて、みるみるうちに治癒されていく。


「おぉっ、回復力もバッチリだ!」

 

 一人嬉しそうにそんな言葉を口にするハルは、両手を鍋から上げると自分の手のひらや甲をまじまじと見つめる。そして今度はポーションで濡れた指先で腕や両足の傷に優しく触れると、同じように淡い光を放ちながら傷口が塞がっていく。


「師匠、ほら見て下さい! 完璧に治りましたよ!」 


 ハルはジルに向かってそう言うと、その場でくるりとターンを決める。その体にはもう傷一つ見当たらず、いつもの若々しさで溢れている素肌が光っていた。


「それで師匠、次はどんな魔具作りを教えてくれるんですか!」


「そうだな……」


 嬉しそうに尋ねてくるハルにぼそりとジルは呟くと、先ほど彼女が作業台に置いた鍋の前へと立つ。


「今回はお前が作ったものを素材として使う」


「えー、またポーションですか……」


 てっきり新しい魔具作りを習うことができると思っていたハルは、ジルの言葉に不満げに頬を含まらせる。

 ポーションを素材として使う場合、薬草や他の液体を混ぜて回復力以外の治癒効果をプラスさせることはできるが、結局のところポーションには変わりない。

 初級の魔具などではなく、武器や特殊効果を持つ高等魔具の作り方を早く覚えたいハルにとっては物足りない分野なのだ。


 けれどもジルはすでにそのつもりのようで、何やら鍋の中をじっと覗き込んでいる。そんな彼に向かってハルが他の魔具作りをリクエストしようとした時、先にジルの方が口を開いた。


「お前、街でポーションがどんな形で売られているか知ってるか?」


「それぐらいもちろん知ってますよ。こう、瓶とかに入ってて……」


 ジルの質問を聞いて、なんだか自分のことを馬鹿にされていると感じたハルは、ムキになった口調で説明しながら両手でジェスチャーも加える。するとジルは「ならいい」とだけ言うと、今度はゆっくりと右腕を上げて、その指先を静かに鍋の中へと入れた。


【液核生成(形状変化)・ポーション】

 

 いつもと変わらぬ口調で、ジルが詠唱を唱えた。それを見てハルは、まだ他の素材を混ぜていないのにどうして詠唱なんて口にしたのだろうと小首を傾げる。

 不思議そうな表情を浮かべる彼女の視線の先では、魔巧の光を灯した鍋の中に右手を入れたまま黙っているジルの姿が。


「あ、あの師匠? 何やってるんで……」

 

 疑問に思ったハルが口を開いた時、彼女が喋り終わる前にジルはポーションに浸していた右手をそっと水面から上げた。するとその手には、何やら細い筒状になった瓶のようなものが握られているではないか。


「え? それって……」

 

 思わず目をパチクリとさせるハルは、ジルが右手に握っているものに顔を近づける。


「これが街でよく見かけるポーションだろ」


「……」

 

 ジルの言葉通り、彼女の目の前に現れたのは街でよく見かける小瓶に入ったポーションの姿だった。


「いつの間に師匠、瓶なんて持ってたんですか?」


「違う。それはポーションで作った瓶だ」


「はい?」

 

 ますますわけがわからず、ハルは彼が持っている瓶を両手で受け取ると、それをまじまじと見つめる。

 どこからどう見てもガラスで作られたように見える小瓶の中には、ついさっき自分が作ったポーションが入っていて、試しにぎゅっと強く握ってみたり指先を弾いてコンコンと叩いてみても割れて漏れ出す気配はない。


「なんでポーションがガラスなんかに……」


 まったくもって理屈がわからないハルは、呆然とした様子でそんな言葉を漏らす。するとジルは、小瓶を握りしめたまま固まっている彼女に向かって静かに説明を始めた。


「魔力に『属性』を与えることができるようになれば、素材の状態を変えることも可能になる」


「魔力の属性?」

 

 聞き慣れない言葉に、ハルは眉間の皺をにゅっと深めた。

 魔巧学では本来、温度の変化などの外的要因やあるいは他の物質との混合がない限りは素材の状態は変わることがないとされている。つまり液体は液体のまま、個体は個体のままでしか扱うことができないのだ。


魔巧師を目指す者であれば誰もが最初の段階で教わるようなそんな当たり前の原則なのだが、ジルはそれをいとも簡単に覆してハルを驚かせた。


「人間が持つ魔力は個人によって多少の癖はあったとしても基本的には『無属性』だ。だがそこに自然界に流れる魔力を取り入れることで属性を持たせることができれば、素材の状態を変えることもできるようになる」


「自然界に流れる魔力って……あの『地脈ちみゃく』とか『水脈すいみゃく』って呼ばれているやつですか?」


ジルの話しを聞きながら、ハルは以前魔巧学校で習ったことがある記憶を頭の奥底から引っ張り出す。

 この世界では人間や魔物など生物が持つ魔力とは別に、星そのものが宿している魔力が存在すると言われている。

 それらは地殻の活動や海流などの自然界の営みの中に存在していて、常にこの星を循環しながら生物が住める環境を作り続けていると考えられているのだ。


「俺がさっき使ったのは、お前が地脈といった大地の中に流れている魔力だ。地属性の魔力を取り込めば物質を硬質化させたり結晶化させることも可能になる」


「な、なるほど……」

 

 ジルの説明を聞きながら、ハルは目を丸くしたままこくこくと頷く。実際のところ話しの内容はあまり理解できなかったのだが、それでもジルが見せてくれた技術が凄いものなのだということだけは実感していた。


「ただの『変化』ではなく素材そのものの『形状変化』となればより高度な集中力と魔力のコントロールが求められる。だがその分、鍛錬して技術を高めることができれば……」


ジルは説明の途中で言葉を止めると、再び右手を鍋の中へと入れて同じ詠唱を口にした。 

 直後、またも一瞬魔巧の赤い光が鍋全体を包み込む。そしてジルがゆっくりと右腕を上げていくと徐々にあらわになっていくのは今度は小瓶ではなく、その手に握りしめられていたのはガラス細工で作られたかのような『柄』だった。

 さらにその先には立派な刀身が続いていて、まるで鞘から抜き出すかのように、ジルは何もなかったはずの水面から一本の剣を抜き出した。


「す、すごい! ポーションからそんなものまで……って、ぎゃぁぁあっ!!」


 突然、ハルの悲鳴が響き渡った。動揺して目を見開く彼女の視線の先には、自分の右肩に突き刺さっている刃の姿。あろうことか、ジルは生成したばかりの剣の刃先でハルの肩を貫いたのだ。


「心配するな。形は違えどこれもポーションだ。貫かれたところで痛みも傷も生まれない」


「うぐぐぅ…………え? そうなんですか?」


 まるで本当の剣に貫かれたかのように悲痛そうなリアクションをとっていたハルだっだが、ジルの言葉を聞いてハッと我に戻る。

 たしかに彼の言葉通り、どう見たって大量出血していてもおかしくない刺さり方をしているのに、服が赤く染まる様子もなければ痛みもない。それどころか、凝っていたはずの肩が軽くなった気さえする。


「これが形状変化の力だ。身に付ければ個体を液体にすることも、あるいは気体にすることも可能になる」


 ジルはそう言って、ハルの肩から刀身を引き抜いた。痛みはなかったものの絵面があまりにも衝撃的過ぎた為、ハルは慌てて自分の肩を確かめる。けれどもやはり傷も血も見当たらなかった。


「ほんとだ、傷がない……」


 まるでマジックでも見たかのように呆然とした表情で呟くハルだったが、すぐにギリッと目を細めると目の前にいるジルのことを睨みつける。


「というより師匠! それだったらちゃんと先に説明して下さいよ! 私てっきり師匠に殺されちゃうのかと思ったじゃないですかっ!」


 ガルルと猛獣のように今にも飛びかからんばかりの勢いで怒る彼女。そんなハルに対して、ジルが呆れたようにため息をつく。


「ポーションから作った剣ならそれぐらいのことに気づくだろ。だいたいお前みたいなのを殺したら化けて出てきそうで俺はごめんだ」


「……」



 謝るどころか、何故か自分のほうが非難されてしまいハルはじーっと目を細めたまま思わず固まってしまう。

 けれどもジルは彼女の様子など特に気にすることもなく、もとの話題へと話しを戻す。


「自然界の魔力を取り入れることができるようになれば、より強力な魔具を作り出すことができるようになる。中には自分の魔力は一切使わずに、この力だけで魔具を作り出す民族がいるぐらいだからな」


「へぇー、そんなすごい民族がいるんですね」


 次から次へと飛び出してくるジルの博学な知識に、ハルは先ほどの怒りも忘れてほぇーと感心したような表情を浮かべた。

 彼が話した通り、この地よりはるか東方にある島国では、オルヴィノが築きあげた魔巧学とはまったく異なる方法で魔具を生み出す民族がいると言われている。

 そしてその民族によって作り出された道具は魔具とは呼ばず、『忍具にんぐ』という名で呼ばれていて、特殊な力を宿していると伝えられているのだ。


「魔具を作り出す基本は素材を『変化』させて『形成』させることだ。魔巧学ではその過程に魔巧具を使うことによって簡易に魔具を生成できるようになっているが、今はお前の魔力と扱い方を成長させる必要がある。オルヴィノみたいな魔巧師になりたいなら、これぐらいはできるようになれ」


「はい師匠っ!」


 ジルの言葉に、ハルは目を輝かせながら返事を返した。彼女が想像していた魔具作りの訓練とはまったく違っていたが、自分が憧れる魔巧師に近づくための訓練であればやる気は自然と溢れてくるもの。

 ハルは力強い足取りで鍋の前に立つと、「よしっ」と無い袖をめくり上げる仕草をする。


「あ、そういえば師匠。魔力って成長していくと最後はどうなるんですか?」


 ふと頭の中に浮かんだ疑問をハルは素直に口にした。そんな彼女の質問に対して、ジルが再び説明を始める。


「魔力の量は生まれつき決まっていて変わることはないが、質と扱い方の成長には終わりがない。鍛錬を極めていけばやがて詠唱なしでも魔具を作り出すことだって出来るだろう。それにごく一部の者に関しては……」

 

 ジルはそこまで話すと、なぜかふと言葉を止めてしまう。そんな彼に、ハルが不思議そうに首を傾げた。


「どうしたんですか師匠?」


「……」

 

 ジルは何やら思案しながらハルのことを黙ったまま見つめる。ここから先の話しは魔巧師の中でもほんの一握りの人間しか知らない上、努力だけではどうにもならない世界の話しだ。


 けれどもマスティアの血を引く者ならもしかしたら、と一瞬そんなことを考えたジルだったが、目の前にいる相手がハルなだけにすぐにその可能性は捨てた。


「いや、何もない」


「……」


 ジルの言葉に今度はハルのほうが黙り込むと、ジト目で相手のことを睨む。


「あの師匠……いまぜったい私に対して失礼なこと考えてましたよね?」

 

 妙なところだけ勘の鋭いハルはそう言うと、疑いを強めるようにますます目を細める。そんな彼女に対してジルは呆れたように肩を落とした。


「俺にそんな目を向けてくるぐらいなら、一日でも早くこの技を身につけてみろ。そしたら少しは認めてやる」


「言いましたね師匠! だったらすぐにマスターして、師匠をあっと驚かせてやりますよ!」


 宣戦布告だといわんばかりにやる気満々の声でそんな言葉を宣言するハルに、ジルは「それは楽しみだな」とまったく期待のこもっていない口調で返事を返す。

 そして彼はハルに対して背を向けると、夕飯の狩りに出掛けると言って再び家を出て行ってしまった。


「くそぅ……ぜったい師匠のことを驚かせてやるんだから!」


 主がいなくなった家の中で一人ぽつんと残されたハルは、ジルが出て行った扉の方を見つめながらそんな言葉を口にすると、自分が作ったポーションの前へと立つ。

 たとえそれがどれほど難しい技術だったとしても、彼女にとって諦めるという選択肢を選ぶことの方がはるかに難しいのだ。


 その日から、ハルのさらなる猛特訓が始まった。

 

 今までなら一日中ジルの家にこもってポーション作りの練習に専念していた彼女だっだが「一人で魔物ぐらい狩れるようになれ」とジルに言われてしまった通り、日中は彼と同行して山の中へと入ることになってしまったのだ。

 そして家に戻れば自分が倒した魔物や山の中で手に入れた素材を使って生成方法の訓練を夜遅くまで行い、翌日は朝早くからまた山の中へと足を運んで狩りを行う日々。


魔巧学校を卒業したばかりの頃にはまったく想像もしていなかった生活を送ることになってしまった彼女だったが、博学かつ飛び抜けた実力を持つジルのもとで修行をすることはそれだけでも刺激になるようで、ハルは必死に食らいつきながらハードな訓練を日々こなしていった。

 それも全ては、自分が目標としているオルヴィノのような大魔巧になるため為だ。


「……こいつは自分が女としての自覚があるのか?」


 虫の鳴き声だけが響く深夜遅くの家の中、窓から差し込む月あたりに照らされた作業台の足元でおへそを見せながらぐーすかと寝ているハルを見てジルが呆れた口調で呟く。

 その頬にゼリー状になったポーションが付いているのを見ると、つい先ほどまで魔具の生成の練習をしていたのだろう。

 

 あまりにも無防備かつ呑気な寝姿にジルはため息を吐き出すと、近くの壁にかけてあった上着を手に取り、それを毛布代わりにハルへとそっとかぶせる。と、その時。むにゃむにゃと寝言を呟くハルの顔のすぐそばに、見覚えのあるコンパスの姿が映った。


「……」


 ジルはそっとしゃがみ込むと、右手でそのコンパスを拾い上げる。そして立ち上がった彼は、訝しむような目でハルが作った作品を見つめた。


「……しかし、こんなガラクタなんかにこの場所が見つけられるとはな」


 一人ぼそりとそんなことを呟いたジルは、コンパスを握ったまま今度は天井を見上げる。視線の先にあるのは、自分がこの場所に住み始めた時に天井一面に描いた魔巧術式の姿。

 それは魔除けの効果だけでなく、この家の存在そのものを他者に感知されないように消してしまう力を持った術式。

 事実、ハルがこの場所にやってくるまでは、誰一人としてジルの家を訪れた者はいなかった。


 たとえ偶然だったとしてもこんなことがあり得るのだろうかと思いながら、ジルは右手に持っている不格好なコンパスを小さく揺らしてみた。カタカタと不安定に回るコンパスの針は、何度か針先で円を描いた後、今度はゆっくりとジルの身体の方へと向きを定めていく。

 いや、正確には彼が立っているその真後ろ、天井と同じような魔巧術式が一部だけ刻まれている壁の方を指していた。


「……まさかな」


 ジルはぼそりとそんな言葉を呟くと、コンパスの針が指し示している壁の方に向かってゆっくりと歩き出す。そして壁の前までたどり着くと左手で術式が刻まれている部分に触れて、その指先にぐっと力を込めた。

 するとガコンと何かが外れるような音がした直後、ジルの左手を囲うように壁に真四角の小さな亀裂が生まれいく。

 亀裂が入った部分はどうやら扉のようになっていたようで、ジルが指先にさらに力を加えるとくり抜かれた壁の部分が後ろへとゆっくりと倒れ始めて小さな開口部が姿を現す。


「……」


ジルは黙ったままその開口部に左手をゆっくりと入れると、中から小さな鉱石を取り出した。そしてそれを顔の前まで持ち上げると、すっと目を細めて見つめる。

 まるで光さえも飲み込むかのような色をした、その漆黒の鉱石を。

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