第14話 竜の末裔

「ハァ……やっと……やっと倒せた……」

 

 大きく肩で息をしながら、ハルが達成感を滲ませた声を漏らした。両手でナイフを握りしめる彼女の前には、先ほどジルが倒した時と同じくピクリとも動かずに横たわっている巨大な芋虫の姿があった。


「師匠っ! ついに私も魔物を倒せましたよ!」


「……」

 

 喜びのあまりぴょんぴょんと飛び跳ねるハルとは対照的に、ジルは無言のまま呆れ返った視線を彼女へと向ける。

 それも仕方のないことで、実際のところは叫びながら逃げ惑うハルのことを見かねたジルが再び炸裂玉で魔物の動きを止めて、それから恐る恐る近寄っていった彼女がプスリとナイフを刺しただけだったのだ。

 つまり、ほとんどジルの手柄と言っても過言ではない……のだが、


「師匠、これでちゃんと今日は帰れますよね!」

 

 それでも自分が倒しましたといわんばかりにドヤっとした表情でそんな言葉を口にするハルに対して、ジルは諦めたように肩を落とすと「ああ」とぼそりと呟く。


「いいか、今日は俺が手伝ってやったが今度は自分一人で倒せるようになれ」


「はいっ!」

 

 帰れることに満足したのか、あれほど叫び散らして魔物から逃げていたくせに、ハルはビシッと敬礼のポーズを取って元気よく返事を返す。そんな彼女を見て、「ほんとうに調子だけは良い奴だな」とジルは呆れた口調で呟くと、手に持っていた袋を投げ渡す。


「とりあえずその袋に幼虫の体液を詰め込んでおけ」


「ええっ! 私がやるんですか!」


「当たり前だろ。誰の練習用で持って帰ると思ってるんだ」

 

 ジルの正論にハルは思わず口を噤むも、代わりに頬を膨らませて不満そうな表情を浮かべる。

 けれどもそんな顔をしたところで相手には効果がないことはわかっているので、彼女はしぶしぶ袋を握りしめると、今度は恐る恐る魔物の方へと近づいていく。そして近くに落ちている枝を拾い上げると、動かないことを確かめるために芋虫の背中をつんつんと突いてみた。


「しかし妙だな……日中とはいえ普段ならこの辺りにはもっと魔物がいるはずなんだが」


「ちょ、ちょっと師匠! いきなり変なこと言わないで下さいよ! 怖いじゃないですか!」


 しゃがみ込んで幼虫の体液を袋に注ぎ始めたハルだったが、ぼそりとそんな言葉を呟いたジルの顔を慌てて睨みつける。そして今度は怯えた様子で辺りをきょろきょろと見回した。


「もう、師匠が変なこと言ってほんとうに魔物が出てきたらどうするんですか!」


「どうするもこうするも、その時は倒せばいいだけだろ」


「倒せばいいだけって簡単に言われても私は……って、ちょ、ちょっと師匠! どこ行くんですか!?」


 何かを見つけたのか、茂みの方へと向かって突然歩き始めたジル。そんな彼の姿を見てハルは慌てて立ち上がると後を追う。


「もうっ、勝手にどこか行こうとしないで下さいよ!」


 茂みの手前で足を止めたジルに向かってハルは少し怒った口調で言い放つと、彼の隣に並んだ。と、その時ふと自分の足元に何かが落ちていることに気づき、「ん?」と不思議がるような声を漏らす。


「これって……『魔除けの魔具』ですよね?」


「ああ、そうだ」

 

 そう言って再びしゃがみ込んだハルの視線の先にあったのは、カカシのような形をした小さな人形だった。もとはこの場所に立っていたのだろう。粘土のような素材で作られたその人形は足の代わりとなっていたはずの棒が真っ二つに切られていて、草むらの上に倒れていた。

 一見するとただの壊れた人形のようにも見えるのだが、それをハルが魔除けの魔具だとすぐに気付いたのは、仰向けになった人形の腹部に術式が刻まれていたからだ。


「それは昔、俺が作ったものだ」


「え? これって師匠が作ったんですか?」


 ジルの口から出てきた意外な言葉に、ハルは目をパチクリとさせて彼の顔を見上げた。そして今度は何やらニヤリとした表情を浮かべる。


「ははーん、なるほど。魔除けの魔具があるのに魔物は出てくるしこれが壊されるってことは、さすがの師匠とはいえ昔は魔具の作り方がヘタだったんですね」


 いつも馬鹿にされている仕返しだといわんばかりにハルはそんな言葉を口にする。けれども彼女の言葉を聞いて、今度はジルの方が呆れたようなため息をつく。


「術式をよく見てみろ。それは魔除けの魔具といってもこの辺りに魔物を寄せ付けないためのものじゃない。これ以上先に魔物を入らせないようにするためのものだ」


「え?」

 

 ジルから返ってきた言葉を聞いて、ハルが不思議そうに目をパチクリとさせる。


「それにこの切り口を見る限り、相手は魔物ではなくおそらく人間の仕業だろう」


「人間の仕業って……なんでわざわざ師匠の魔具を壊す必要があるんですか?」


「知らん」とハルの疑問にジルはそっけなく答えると、今度はがさごそと枝葉をかき分けて何故か茂みの中へと入っていく。またも自分のことを置き去りにするかのように勝手に進み始めたジルを見て、「もうっ!」とハルも慌てて後に続いた。


「ちょっと師匠、帰るんじゃなかったんですか!」


 やっと魔物から解放されて家に帰ることができると思っていたハルは、目の前を歩くジルに向かって少し怒った口調で尋ねる。けれどもそんな言葉を叫んだところで、相手はその足取りを止める気配はない。


「少し寄りたいところができた。帰りたいならお前だけでも先に帰っていいぞ」


「私だけって……そんなこと言われても一人で帰れるわけないじゃないですか!」


もうっ! と再び不満の声を漏らすハルだったが、ジルから離れるわけにもいかないのでぴったりと彼の後ろをついていく。草木に悪戦苦闘しながらやっとの思いで茂みを抜けると、今度はエアポケットのような場所に出た。

 だからといって視界が開たのかというとそういうわけでもなく、次に目の前に現れたのは、どこに続いているのかまったくわからない大きな洞窟だった。


「し、師匠……あの、まさかとは思いますけど……」


 恐怖を具現化したような暗闇と、そこから吹き付けてくる生温い風にぶるりと体を震わせながらハルが口を開いた。

 けれども彼女が尋ね終わる前にジルは足元にあった太い枝を拾うと短い詠唱を唱えてそれをあっという間に松明へと変えた。そして洞窟に向かって歩き始める。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい師匠! 本気ですか? 本気でこの中に入るつもりですか!?」


「見ればわかるだろ。俺はこの奥に用があるんだ」


「そ、そんなぁ……」


 予想通りの言葉を聞いてハルはガクリと肩を落とす。魔物も大の苦手ではあるが、怖がりの彼女にとって暗闇も同じくらい苦手なのだ。

 けれどもそんな彼女のことなど一切気にする様子もなく、ジルは陽光が遮られた世界へと一本足を踏み入れる。

 一体どういう仕組みになっているのか、彼が再び詠唱を口にすると握っている松明の先端に火がついた。

 そんな彼の後ろ姿を一瞬ぽかんとした顔で見ていたハルだったが、自分が置き去りにされていることに気づき慌てて後を追う。


「ヤバイですよ……ここ、ぜったいヤバい魔物が潜んでますよ……」

 

 ジルの背中にぴたりとくっつきながら、ハルが怯えた声で言う。けれども前を歩く相手はハルの言葉など気にする様子もなく、いつもと変わらぬペースで進んでいく。


「師匠、やっぱり戻りましょうよ。こんなところで私が襲われたらどうするんですか!」


「その時はその時だ」


「…………」


 あまりにも血も涙もない発言に、ハルは思わずジト目でジルの横顔を睨みつける。けれども気付いているのかいないのか、ジルはそんな彼女の顔は見向きもせずに、ただまっすぐに洞窟の奥へと歩みを進めていく。

 高さにして三メートルほどある洞窟の内部は、不気味なほどの静けさで満ちていた。

 ごつごつとした岩肌を松明の火が陰影をつけながら照らす空間には、魔物の骨や死骸は現れるものの、今のところ暗闇から襲い掛かってくるような敵は現れない。

 それどころか死骸に群がる虫や他の動物もいなければ、洞窟の中だというのにコウモリ一匹さえ飛んでいる姿がない。

 生き物の気配がまったく感じることのできない暗闇の中を、二つの足音だけがいつまでも響いていた。

 一体いつまで歩き続けるつもりなのかとハルが再び尋ねようとした時、彼女の視界の前方でうっすらと小さな光が見えた。


「師匠、出口が見えてきましたよ!」

 

 目の前に見えた光に向かって、ハルがきゃっきゃっと喜びの声を漏らす。

 けれどもそんな彼女とは対照的に、何故かジルは険しい表情を浮かべてその場に立ち止まる。するとハルは「急ぎましょう!」と言って、ジルの左腕をがしっと掴むとそのまま意気揚々とした足取りで光が差す方向へと向かい始めた。


「良かったー! これでようやく帰れますねっ!」


「……」

 

 無邪気な笑顔を浮かべながらぐいぐいと自分のことを引っ張っていくハルを見て、ジルは呆れたように小さく息を吐き出す。

 どうして自分がわざわざこんな洞窟に入ったのか。その理由を知らない彼女にとって、きっとこの洞窟は単なる近道か抜け道だとでも思っているのだろう。


 そんなことを考えるジルの心境など一切知らないハルは、光が近づくにつれて歩く速度を早めていく。そしてその光がやはり陽光だとわかるや否や、彼女はますます表情を明るくさせた。


「ほら師匠! もうすぐここから出られま……」


頭上から光が降り注ぐ空間に、彼女が一歩足を踏み入れた瞬間だった。

 突然目の前に飛び込んできた光景に、ハルは思わず「ひっ!」と悲鳴を上げて立ち止まってしまう。


「し……師匠……これって……」



先ほどまで見せていた無邪気な笑顔は一瞬にして消え失せて、ハルは怯えた表情を浮かべながら目の前の光景に釘つげになる。

 二人が辿り着いた場所は洞窟の出口などではなくその最深部、まるでドームのようになっている巨大な空間だった。

 自然の力によって出来たのであろうその空間は、かつて落盤でも起こったのか、頭上には大きな穴が空いていた。その為そこから覗く青空によって、本来なら暗闇に閉ざされているはずの世界が何もかも浮き彫りになってしまっている。


「……こいつは、この山のかつての『主』だ」


 怯えるハルの隣で、ジルがいつもと変わらぬ口調で静かに告げる。


 二人の視線の先にいたのは、まるで岩山かと見間違うほどの大きさをした、巨大な『蛇』の魔物だった。

 漆黒を纏ったような黒々とした皮膚に、その胴体の太さだけでもハルたちが歩いてきた洞窟内部の直径にほぼ匹敵する。それゆえ、とぐろを巻いたその身体の全長など計り知れるはずもなく、だらりと垂らした頭部は二人の方へと向けられていた。

 ただし、その閉じられた瞼が開くことは二度とない。


「もしかして……死んでるんですか?」


「ああ……ずいぶん前にな」


「……」

 

 ジルの言葉を聞いて、ハルは僅かに落ち着きを取り戻す。それでも肥大化し続ける恐怖心から逃げるように、さっとジルの背中に隠れる。彼女にとって恐ろしいものは目の前にある巨大な屍だけではなかった。

 自分たちをぐるりと囲む岩肌には、おびただしいほどの卵が無惨にも割られたまま放置されているのだ。もちろんその卵の産みの親が何者かなど、考えるまでもない。


「こいつは蛇族の魔物の一種だ」


「蛇ってまさか……あの『竜』の子孫だと言われている魔物のことですか?」


 驚きに目を見開いて尋ねるハルに、ジルはただ静かに頷く。それを見て彼女は、再び目の前の化け物へと視線を戻した。


 かつてオルヴィノがこの地から竜を消し去り、そして魔巧学を築きあげて以来、人間は魔物に狩られる側から狩る側へと立場を変えて次々と凶悪な魔物たちを排除していった。 

 中でも竜の血を受け継ぎ、他の魔物とは比べ物にならないほどの強さと知性を持った『蛇』と『トカゲ』は、王国同士が協力して討伐したことによって、今ではほとんど絶滅したとも言われている。そのため死骸とはいえ、ハルがこうやって蛇の魔物を直に見ることは初めてだった。


「この山蛇のせいで一時期この山の魔物が随分と減ってしまってな。だから俺が巣を暴き出してこの場所で倒したんだ」


「えぇっ! こ、この蛇って、師匠が倒したんですか!」


「ああ。さすがに少し手こずったが」

 

 まるで芋虫の魔物を狩る時のように平然とした口調でそんな言葉を告げるジルに、ハルは改めて自分が師と仰ぐ人物が実はとんでもない力の持ち主だということを知る。

 魔物討伐の話しは冒険者の魔巧師や学校の授業でも聞いたことはあったが、蛇を退治した武勇伝など未だかつて耳にしたことがない。


「あのー……師匠って、何者なんですか?」


「……」


 唖然とした表情を浮かべるハルが尋ねるも、ジルはあえて聞こえなかったかのように黙ったまま目の前にいる山蛇の屍を見つめていた。そして何か納得でもしたかのように、今度はふっと小さく息を吐き出す。


「外の魔物が減っていたから念のためと思って来てみたが……まあさすがにこいつが生き返るわけはないか」


「そ、そりゃそうでしょ! だって師匠が倒したんですから、生き返るなんてぜったい無理ですよ!」


 ぼそりと恐ろしいことを言い出したジルに、慌てて言葉を返すハル。そして「ぜーったいに無理です!」と念押しとばかりに再び言い切りながらも、チラチラと前方にいる大蛇の様子を伺う。

 もしもこんな魔物が生き返ったりしたら、おそらく自分たちどころか山の麓にあるレイズーンの国もただごとではないだろう。


 街の中で暴れ回る大蛇のことを想像してしまい、ハルは思わずぶるりと肩を震わせる。けれどもすぐに首を横に振ると、そんな悪夢を追い払うかのようにあえて明るい声で言う。


「でもさすが師匠ですね! 親玉の蛇だけじゃなくて、これ以上被害がでないように卵も全部割っちゃうなんて」


「いや……俺は卵なんて割った覚えはない」


「……はい?」

 

 再び恐ろしいことを言い出したジルに、ハルはぎょっとした表情を浮かべる。そして慌てた様子で辺りを見渡した。


「割った覚えはないって……でも卵は全部割れてますよ?」


「……」


 怯えた口調でそんなことを尋ねるハルの言葉を無視して、ジルは近くの岩肌に置かれている卵までゆっくりと近づいていく。ほとんど原型が残っていないほど割られたその卵の中からは、灰色をした不気味な液体と生物になりそこねた小さな肉片が流れ出ていた。


「ま……まさか……卵がかえっちゃったとか?」


 いつの間にかピタリと隣までやってきたハルが、恐怖を滲ませた声で呟く。その言葉を聞いたジルは、「いや……」と言って辺りを見回した。


「その可能性はないだろう」


「な、なんでそんなことわかるんですか?」


 すでにハルの頭の中ではどこかに蛇の子供が潜んでいることになっているようで、彼女はジルの背中に隠れながら辺りを注意深く観察する。そんなハルの様子に、ジルが呆れたような口調で話しを続けた。


「卵を孵すには竜の血を親蛇の魔力が必要だ。それに万が一孵ったとしても、産まれたばかりの子供には餌になる魔物を常に与え続けなければいけないが、ここにはそんな魔物が存在しない」


「で、でも洞窟の中には魔物の死骸がたくさんあったじゃないですか! それに卵だってこんなにあれば先に産まれた蛇が餌にして……」


「いや、それもない。ここに来るまでに死んでいた魔物は蛇の魔力にあてられて意識を失いそのまた絶命しただけだろう。蛇にしろトカゲにしろ、竜族の魔物は死んでもなお強力な魔力を放ち続けるからな」


 そう言ってジルは再び大蛇の方へと視線を向ける。呼吸することなく静かに佇む魔物からは、目には見えなくとも重圧のようにのしかかる魔力が放たれていることを彼は感じていた。


「そういえば、お前は大丈夫なのか?」


「だ、大丈夫なわけないでしょ! こんな場所にいたら今にも蛇に食べられそうで怖いです!」


「……大丈夫そうだな」


 ジルの呆れた返事に、「ちょっと!」とハルは思わず声を上げる。そしてすぐさま反論を続けた。


「洞窟の魔物のことはそうだったとしても、卵のことはどうなるんですか! 師匠は卵を割ってないって言うしそれに他の魔物もここに近づけないとしたら、やっぱり先に産まれた蛇の子供が……」


「心配し過ぎだ。蛇は丸呑みで餌を食べる習性がある。いくら卵だったとしてもわざわざ割って食ったりはしない」


「でも……」

 

 それじゃあなんで卵が割れてるの? とますます恐怖と疑問を募らせるハルに向かって、ジルは呆れた口調で説明を続けた。


「おそらくこれも魔除けの魔具を壊した奴と同じで人間の仕業だろう。……まったく、余計なことをする物好きもいるものだな」


 そう言ってジルは岩肌に散らばっている卵の殻を指先で一つつまみ上げた。中に残っていた液体が干からびていないところを見ると、ここにある卵が割られたのはつい最近のことなのだろう。


 そんなことを一人考えていたら、背中の方から再びハルの怯えたような声が聞こえてきた。


「で、でも……なんでわざわざこんなところまでやってきて卵を割る必要があったんですかね?」


「さあな……。まあおそらく、魔具作りの材料にでもするつもりだったんだろ。竜族の素材は滅多に手に入らない一級品の特殊素材だからな」


 ジルはそう言うと、指先で持っていた卵の殻を地面に投げ捨てた。

 もはやその存在自体が神話となりかけている竜と同じで、絶滅寸前にまで追いやられている蛇やトカゲの素材を手に入れる機会など、一生を魔巧師に捧げたとしても一度や二度あるかないかだろう。

 それほどまでに貴重な素材な上、絶大な力も宿しているのは確かなのだが、ジルは眉間に皺を寄せるとぼそりと呟く。


「ただ……蛇の素材を取っていった奴も愚かだな」


「え?」


 ジルが呟いた言葉に、「どうしてですか?」とハルが不思議そうに声を漏らす。


「竜族の素材は確かに強力な力を宿しているが、それゆえ魔具を生成する時に莫大な魔力を消費する。なまじ中途半端な魔巧師が手を出そうものなら、生成途中に自分の魔力が吸い取られて最悪命を落とすだろう」


「な……」


 魔物としてだけではなく、素材としても恐ろしい存在に、ハルは思わず引きつったような苦笑いを浮かべる。どうやら自分はとんでもない場所に足を踏み入れてしまったようだ。


「とりあえずこれで俺の用は済んだ。もう帰るぞ」


「ちょ、ちょ、ちょっと師匠! こんなところで置き去りなんてほんっと止めて下さいよっ!」


 すたすたと一人先に歩き始めたジルの背中に向かって怒った口調で叫ぶハルは、慌てて彼の後を追う。そして巨大な空間から再び狭い洞窟内へと足を踏み入れようと時、彼女は最後の確認にともう一度だけ恐る恐る後ろを振り返った。


 そこには確かに、もう二度と動くことはないかつての山の主が、不気味な胴体を陽光の下に晒しながら、ただ静かに佇んでいた。

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