第12話 新たな武器
宿敵であるハーネストと街で偶然出会ってから一週間経ったある朝。
ジルの家の中で、うるさいぐらいの歓喜ある声が響き渡った。
「やったぁ! ついに出来た! 出来ましたよ師匠っ!」
一人大興奮するハルの手元にあったのは、灰色に濁った液体が入った大きなお鍋だった。
「まあたしかに毒素は無くなってわずかに回復の効果もあるようだが……」
「でしょでしょ! 凄いでしょ! これで私もオルヴィノみたいな魔巧師に一歩近づいたってことですよね!?」
「……」
服や顔にまで同じ液体を飛び散らせながら喜ぶ彼女を見て、ジルは呆れたような表情を浮かべて黙り込む。そして鍋の方へと視線を移すと、そこにはブクブクと泡を立てながら見た目はまるで毒薬のようなハルお手製のポーションの姿が。
「……しかしよくもまあこんな奇妙な色をしたポーションを作れるものだな」
ジルの呆れ返った言葉を聞いて、何故か褒められたと勘違いしたハルは、「へへっ」と愛嬌のある笑顔を浮かべる。そんな彼女を見て、もちろんジルは大きなため息を吐き出す。
「とりあえず形だけでもポーションを作れるようになったなら、今度は自分で魔物を狩る練習だ」
「えぇっ! そ、そんなこと突然言われてもムリですよ! だって私、まだ自分の魔巧具のナイフだって扱えないんですよ?」
「だからこそ訓練が必要なんだろ。それにお前がやたらと素材を無駄にしたせいで、もう幼虫の体液が残ってない」
そう言ってジルは顎をくいっと動かして、床の上でぺちゃんこになった袋を示す。それを見てハルは罰が悪そうにしながらも、拗ねたようにぶぅと唇を尖らせた。
「だって練習には失敗がつきものだし……」
「だったら魔物を狩るのも同じだ。誰だって最初からうまくできる奴なんていない」
ジルが正論を口にしても「でも……」と逃げ腰になって嫌がるハル。ポーションを作れるようになるまでは何も教えないと言いつけられていた彼女は、最初にジルと一緒に森の中に入ったとき以来、魔物の狩りには同行していなかったのだ。
「それに私、師匠みたいに武器とかすぐに作れないんですよ? なのにどうやって魔物を倒せばいいのかわか……」
「だったらこれを使え」
ハルの言葉を遮り、ジルは手に持っていたものを彼女へと投げ渡す。慌ててそれを両手でキャッチした彼女は、目をパチクリとさせながら手に持ったものを見つめた。
「なんですか……これ?」
きょとんとした表情を浮かべなら尋ねるハルの視線の先にあったのは、シースに入った一本のナイフだった。彼女が持っているものよりも少し小さめのそのナイフは、重さも圧倒的に軽い。
「この辺りの魔物を倒すならそれ一本で十分だ。抜いてみろ」
ぶっきらぼうな口調で指示されるままに、「あ、はいっ」とハルは慌てて右手でナイフの柄を握る。そしてゆっくりとシースから取り出した瞬間、目に飛び込んできた光景に思わず感嘆の声を漏らす。
「綺麗……」
はっと息を止めて思わずそんな言葉を呟く。彼女の手に握りしめられていたのは、青い水晶のような刃を持つ不思議なナイフだった。
まるで海そのものを閉じ込めたかのような神秘的な青さを持つ刃は、もはや武器というよりも美術品のような美しさを醸し出していて、いくら見つめていても飽きることがない。
ハルも無意識に黙ったまま見入ってしまっていた。
「それは水晶クラゲを素材にして作ったナイフだ」
「え?」
再び口を開いたジルの言葉を聞いて、ハルは目をパチクリとさせて驚いた。そして握りしめているナイフとジルの顔を交互に見る。
「これがあの……うにょうにょとしていた水晶クラゲなんですか?」
「そうだ。姿形は変わっているが、お前が前に買ってきたものだ」
「……」
そんなバカなといわんばかりに目を見開く彼女は、ナイフの刃を指先でぎゅっと押してみた。当たり前だがその感触にクラゲのような柔らかさも弾力性もなく、皮膚を通して伝わってくるのは鋼のような硬さだった。
一体どうしてあのクラゲがこんな形になるのかと不思議がっているハルを見て、ジルが再び説明を続ける。
「水晶クラゲの持つ特性は残しているが、刃にはバッヘルウルフの爪と歯も混ぜ込んで強度を増している。それに柄の部分のシポニーの枝はお前が握りやすいように加工済みだ」
「私が握りやすいようにって……もしかして師匠、私のためにこのナイフを作ってくれたんですか?」
驚きのあまりポカンと間の抜けたような表情で尋ねるハルに向かって、「そうだ」とジルは面倒くさそうに頷く。
「さすがに山の中ですぐに死なれても困るからな。せめてナイフぐらいは扱え……」
「師匠っ! ほんっとにありがとうございますっ!」
ジルの話しを遮り突如そんな言葉を発したハルは、喜びのあまり今度は勢いよくジルに飛びつこうとした。が、寸前のところで身の危険を察したジルが見事な動きで華麗にかわす。
「いでっ! ……もうっ、なんで避けるんですか!」
「当たり前だろ。お前こそ突然バカなことをするな」
壁におでこを打ちつけて痛がる彼女に向かって、ジルが呆れ返った口調で言い返す。それでもハルは師匠と仰ぐ人物から自分専用の武器をもらうことができたのがよっぽど嬉しいのか、すぐにニヤけた表情を浮かべる。
「やっぱり師匠って、普段は素っ気ないですけどなんだかんだ私のこと気にかけてくれてるんですね! これで私もバッチリやる気が出ましたよ!」
「ほう、それは頼もしい話しだな」
シースに入ったままのナイフを意気揚々と振りかざすハルを見て、ジルが試すような口調で呟いた。
さっきまではあれだけ嫌がっていたくせに本当に単純な奴だな、と続け様に言いそうになった彼だったが、どうせなら熱が冷めないうちにさっさと連れ出すべきだろうと考え直してそんな言葉は飲み込む。
そして代わりにジルは、「だったらさっさと行くぞ」と告げると、ハルに背を向けて一人先に扉へと向かう。
「はい師匠っ!」と元気よく返事を返したハルは、そんなジルの背中をやる気満々の足取りで追うのだが……
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