第11話 彼女のライバル
無事にジルから頼まれたお使いを済ませることができたばかりか、思わぬ資金まで手に入れることができたハルは意気揚々とした足取りでライアンの店を後にした。
「よーっし! これで今日は美味しい晩ご飯が食べられるぞっ!」
嬉しそうにそんな言葉を口にする彼女は通りの脇道に足を踏み入れると、今度は西側の大通りを目指して歩き出す。
レイズーン王国にある大通りは東西南北によってその特色が異なる。ハルが目指している西側の通りには、食料品や生活用品などといった市民にとって身近なお店が集まる市場になっているのだ。
ここ最近山の中に篭りっぱなしのハルが口にするものといえばもっぱら山菜か、あるいはジルが狩ってくる野生動物、そして時には恐ろしいことに魔物の肉が食卓に並ぶことさえある。
もちろん生まれてこのかた魔物の肉など味わったことのないハルはいまだに断固として口にしたことはないのだが、ジルいわく食用にできる魔物の肉は魔力が豊富に含まれており、魔巧師にとっては打ってつけの食べ物だという。
「だからって芋虫なんて食べられるわけないでしょっ」
昨晩出てきた食事のことを思い出してしまったハルは思わずそんな言葉をプンスカと呟く。ジルの手料理そのものは美味しいのだが、さすがに年頃の女の子にとって刺激があり過ぎる食事が出てくることはハルにとってたまったものではない。
なので今日は街に出てくるついでに自分が晩ご飯の食材を買ってくると宣言してきたのだ。
「さーて、何にしよっかなーっ」
迷うことなくあっという間に西側の大通りへとやってきたハルは、最初に目についた食材屋で新鮮な野菜を見比べ始めた。そしてすぐにピンと夕食のメニューが閃いた彼女は、次々と必要な食材をカゴの中へと入れていく。
「えーと……あとはジャガイモと……」
そんな言葉をぶつぶつと呟きながら一番大きそうなジャガイモを手に取った時、不意に背後から人の声が聞こえてきた。
「あーら、これはこれはあの名家『マスティア』の血を引くハルリアじゃない」
「げっ……」
聞き覚えのあるいやーなその声に、ハルは思わず手に持っていたジャガイモを落としそうになり慌てて掴み直す。そしてゴクリと唾を飲み込むとゆっくりと後ろを振り返った。
「や、やあ。久しぶりだね……シルヴィア・ハーネスト」
ぎこちない声で挨拶を返すハルの視線の先には、彼女と同じ年頃の女の子が立っていた。
まるで黄金のような輝きのある髪の色に、意志の強さをハッキリと感じさせる大きな瞳。
そしてすらりと均整のとれた体躯は女性として非常に魅力的なシルエットをしながらも、その身を包んでいるのは軽装とはいえ立派な鎧だった。さらに腰には鷲の紋章が刻まれた一本のサーベルが携えられている。
「卒業してからまったく姿を見せなくなったからてっきり魔巧師になることを諦めたのかと思ったけれど、一応まだ魔巧師の道は諦めていなかったのね」
ハルの胸元についた三日月型の記章を見て、ふんと鼻で笑うようにハーネストが言う。その言葉に、すぐさまハルの頭の中でカチンとゴングが鳴った。
「当たり前でしょ。だって私はいつかオルヴィノみたいな立派な魔巧師になるんだから」
「あら、まだそんな夢物語を語っているなんて滑稽ねハルリア。いくらあなたが私と同じで三大魔巧師の血を引いているとはいえ、魔巧学校をギリギリの成績で卒業したような人間にそんな未来がやってくるとは思えないのだけれど」
ハーネストの耳の痛い言葉に、ハルは思わず「ぬぐぅっ」と悔しそうな声を漏らした。そして顔を真っ赤にして宿敵を睨みつけるも、相手は余裕たっぷりな笑みを浮かべてハルのことを見つめ返す。
ハーネストの言葉からわかるように、彼女はハルと同じくレイズーン魔巧学校に通っていた生徒だ。
そしてその名に『シルヴィア』と付いている通り、彼女はあの三代魔巧師の一人、シルヴィア・キエスの血を引く一族の女の子である。
そのためか、勝ち気でプライドが高い彼女は、自分と同じように三大魔巧師の血を引くハルのことを在学中から何かと敵対視していた。
だが学力も魔巧師としての実力もハーネストの方が圧倒的に優秀で、彼女は数ある魔巧学校の中でも最も名門とされているレイズーン魔巧学校を主席で卒業。
ちなみにハルはといえば、落第寸前のところを先生のお情けのおかげでなんとかギリギリ卒業することができたのだった。
そんな月とすっぽんのような実力の差があり、なおかつ犬猫のような関係の二人が顔を合わせると何かと言い争いが絶えない。
「そういえばあなた、マスティア家の工房では修行をしていないようだけれど、もしかして無能が過ぎて追い出されたのかしら?」
「そ、そんなわけないでしょ! 私のコンパスはね、もーーーっとすごい魔巧師がいる工房を教えてれたんだからっ!」
「ふーん、レイズーンの中でもシルヴィア家の次に名門とされるマスティアの工房よりも名のある工房なんてどこかにあったかしら?」
あからさまに馬鹿にしたような口調で尋ねてくるハーネストに、「くっ……」とハルは思わず苦虫を噛んだような表情を浮かべる。
けれどもここで引いてしまうとさらに馬鹿にされることは目に見えているので、彼女はわざとらしく強気な態度で胸を張る。
「誰も知らないだけでちゃんとあるんだから! 今日だって魔具作りで使う特殊な素材を買うために街までやってきたんだし」
「ふーん、どれどれ。ジャガイモに人参、玉ねぎにそれに粉末ルー……これはまた随分と立派な魔具を作るつもりなのねハルリア」
ハルが持ったカゴの中を覗き込んでクスクスと笑いながらそんな言葉を言い放つハーネスト。結局馬鹿にされてしまったハルは、「きぃーーっ!」と思わず頭を掻きむしる。
「あのね! こっちじゃなくて私が買ったのは……」
「まあいいわ。どのみち二ヶ月後に行われる『魔巧師試験』であなたは自分の無能さを否が応でも思い知らされることになるのだから、今のうちにお好きなだけ嘘でもついてなさい」
勢いよく反論してこようとしたハルの言葉を、ハーネストが冷静な口調で制する。
魔巧学校を卒業した生徒は、魔巧師試験に合格することで晴れて一人前の魔巧師と認められて免許を持つことが許されるのだ。
そして記章も半人前の三日月型から満月のような形をしたものへと変わり、扱える素材や魔巧具の数もはるかに増えるのである。
黙ったままバチバチと火花を散らして睨み合っていた二人だが、ハーネストが不意に大人びた笑みを浮かべた。
「暇人のあなたとは違って私はこれから『冒険者』としての仕事があるから、このあたりで失礼するわね」
そう言って腰に携えたサーベルをわざとらしく見せつけてくるハーネスト。そして彼女は優雅に髪をかきあげると、「それでは」とハルに対して背中を向けて城の方へと歩き始めた。
「ぬぐぐ……ハーネストのやつめ。試験の時はぜったいにギャフンと言われてやるんだから!」
遠ざかっても嫌味なほどオーラが目立つその後ろ姿に向かって、ハルはそんな言葉を投げつける。
そして彼女は夕食の買い出しを急いで済ませると、自分もまたライバルに負けない為に、修行の場に向かって足を早めたのだった。
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