第9章 レイズーン国

 意気揚々とジルに向かって大口を叩いたハルは、その日から己が目指すオルヴィノのような魔巧師になるために猛特訓を開始した。 

 その気合いの入れようは凄まじく、時には食事も睡眠も忘れて修行に励む彼女だったのだが……


「だはぁー……ダメだな私、ぜんっぜんできない!」


 弱気な言葉を漏らしながら、ハルは人で賑わうレイズーンの街中を久しぶりに歩いていた。

 修行を始めてからはや十日目。

 ジルの厳しい教えのもと、泊まり込みでポーション作りに励む彼女だったが、まったくといっていいほど進歩はなかった。

 ジルのように詠唱を口にしてから幼虫の体液に触れても何も変化は起こらず、ただ指先がヒリヒリと痛むだけ。それでも挑み続けてやっと魔力を放てるようになったと思いきや、今度はなぜか液体を爆発させてしまうという事件を起こしてジルにこっぴどく怒られてしまう始末。


「なんで私っていつもこうなっちゃうんだろ……」

 

 学生だった時の実習授業でも同じような失敗をよく起こしていたハルは、それら過去の過ちも芋づる式に思い出してしまい思わず大きなため息をつく。

 けれども根が明るい彼女はすぐに気持ちを切り替えて顔を上げると、目的の店まで歩みを進める。


 大陸の中でも一番の大きさを誇るレイズーン王国では、商機を求めて様々な国から連日のように魔巧師や商人たちがやってくるので活気が絶えることがない。

 それにこの国の景観は、三大魔巧師の一人であるマスティア・ガーネットが作り上げたものなので文化的価値があり観光地としても有名だ。

 煉瓦作りの建物は城や教会のみならず市民が住む家一つ一つまでこだわり抜かれており、まるでマスティア家の家紋であるダリアのような気品と優雅さがある。

 また城を中心にして東西南北に伸びる大通りは真上から見るとシンメトリーになっていて、さらにその先をぐるりと囲む城壁は一寸の狂いもない完全な円を描いているとも言われているほどの精巧さだ。

 まさにこの王国自体が、魔巧建築学を生み出したマスティア・ガーネットの集大成でもあり最高の作品といっても過言ではない。

 

 そしてハルが今歩いている城の正面へと続くこの南の大通りは、別名『魔巧師の道』とも呼ばれている道で、有名な魔巧師の工房や魔具の材料を扱っている素材屋、それに武器から工具など多種多様な魔巧具を扱う魔巧具屋が軒を連ねている道だ。


「にしても師匠、『必要な素材があるから今すぐ買ってこい』とかほんと人使い荒いなぁ」

 

 ハルがぼそりと愚痴をこぼした通り、彼女がなぜこんな場所を歩いているのかというとジルにお使いを頼まれたからだった。


 基本的に魔具の素材は『買う』ものではなく『狩る』ことをモットーにしているジルだが、山の中で手に入れることができる素材にも限界がある。

 それに人が生活する上でどうしても買い出しが必要なものが出てきた場合は、こうやってハルが街まで降りて買いに行くことになっているのだ。


 ここ最近顔を合わすといえばジルか魔物ぐらいしかないハルにとって、生まれ育った街中を歩くのはちょうど良い気分転換になっていた。それにこの辺りには珍しい魔具や魔巧具を扱っている店もたくさんあるので、一人前の魔巧師を目指す彼女にとっては見ているだけでも楽しいのだ。 


「いいなぁー、私もあんな風に教えてもらいたかったなぁ」


 偶然通りかかった工房の窓を覗き込みながら、ハルが羨ましいそうな口調で呟く。その視線の先では、自分と同じく見習いの魔巧師だろうか、隣に立つ師匠らしき人物に教わりながらフラスコと魔巧具を両手に持って魔具作りに勤しんでいた。


 魔具を作るには、正しい手順と魔巧具の使い方が大切。

 

 かつて学校で習った言葉がそのまま聞こえてきそうなほど、少年に教える初老の魔巧師は優しい表情を浮かべながら丁寧に生成方法を教えていた。

 そんな二人の姿はまさにハルが知っている魔巧師の姿であり、「とりあえず詠唱だけで作れるようになれ」とスパルタを越えて完全放置プレイのジルとはえらい違いだ。


 そんなことを思い、思わず苦笑いを浮かべてしまったハルは、自分と同じく見習いの少年に心の中でエールを送ると、再び大通りを歩き始めた。

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