第15話 vs 勇者

「勇者……ですって!?」


 イリーナが思わず叫ぶ。ルーチェがはっと息を呑んだ。


「そそ。だからお姉さんたちはオレに敵わないの」


 勇者は魔族の天敵だ。その称号に付随するアビリティは、魔族に対する攻撃力と防御力の増大と、戦闘時におけるステータス強化。だからエフェミラのデバフが入らなかったし、双子の攻撃もやすやすと防がれてしまったのだ。


 しかもロイは聖剣を持っている。近距離にいる魔族を弱体化する能力を持つ、厄介な剣だった。


「エフェミラ、姫様を連れて逃げて!」

「……無理しないでねぇ!」


 イリーナの声に一瞬エフェミラはためらい、そしてルーチェの手を取った。


「行きましょう、姫様」

「え? だって皆は?」

「足止めですわ」


 まともに勇者と戦うのはこの面子では無理だ。だがそれでも、ネヴィスとウィニスで時間稼ぎはできる。エフェミラの状態異常は勇者には通用しない。だからイリーナが援護のためこの場に残る。直接魔力をぶつける魔法は通らなくても、火炎や土系魔法で間接的に攻めることは可能なのだ。


「でも!」

「急いで帰って、助けを呼ぶのですわ」

「……うん!」


 二人は走り出そうとする。そこへ。


「逃がさないよォ、ばーん!」


 ロイが指先を向けると光線が走り、エフェミラを撃ち抜いた。


「エフェミラ!」

「いいから、行って……!」


 倒れながらエフェミラはルーチェの背を押す。


「やだなあ、あんまり傷つけたくないんだけど」

「手を出すなッ!」

「姫様、逃げて!」


 今度はルーチェを狙おうとするロイに、ネヴィスとウィニスが襲い掛かる。だが聖剣相手には本来の力が発揮できない。たちまちのうちに切り伏せられてしまう。


「ネヴィス! ウィニス!」


 倒れた二人に思わず駆け寄るルーチェ。名前を呼ぶが応えはなかった。


「ねえ、さっきから姫様姫様ってさ、この子どこのお姫様なの?」

「触るなッ!」


 ルーチェを捕まえようと手を伸ばしたロイに、イリーナが体当たりする。ルーチェを魔法に巻き込むのを恐れたのだ。そのまま噛みつこうとしたが、蹴りを受けて吹っ飛ばされてしまう。


「あっぶねー! お姉さん吸血鬼か!」

「イリーナぁ!」


 勇者といえど吸血鬼に噛まれたらただでは済まない。肩をすくめて首を撫でたロイは、呆然とするルーチェの顎に手をかける。


「んん? 別に牙とかなさそうだな。見た目人間と変わらないし、吸血鬼ってわけでもないじゃん。人狼とか?」


 眉を寄せるロイの足元から、影が飛び出す。


「汚い手を放せッ!」


 ベノウスだった。毒の爪がロイの顔に赤い線を刻んだ。


「てめえ……!」

「チッ、やはり毒は効かぬか!」


 影の体を利用して、ロイの体に絡みつくベノウス。


「姫様! 陛下のもとへ早く!」

「邪魔だっつーの!」


 ロイは強引に片手をふりほどき、ベノウスに向かって光弾を撃ち込む。影にとってはそれは弱点そのもの。


「女以外は死ね!」

「ぐわあああっ!」


 ルーチェの目の前で、ベノウスの姿が散り散りになって消えた。


「ベノ、じい……」


 物心つく前からずっとそばで見守っていてくれたベノウス。ルーチェにとってカウロアがママなら、ベノウスはおじいちゃんだった。


「うわあああああああ!!」


 ルーチェは叫んだ。皆やられてしまった。たった一人の、この男に。


「あー? 泣くなよ。オレが可愛がってやるからさ」


 ロイはヘラヘラと余裕で笑いながらルーチェの腕をつかもうとした。


 ザクッ!


 風を切る音と共に、鮮血が飛び散る。


「いてえ!!」


 悲鳴を上げて飛び退いたロイは、切られた腕を見て目を見開いた。


「待てよ!? 何で切れてんの! オレ勇者だぞ! 聖剣もあるのに!?」


 ふらりと立ち上がったルーチェの手に剣があった。右手にネヴィスの白銀の剣、左手にウィニスの黒曜石の剣。


「何で魔族ごときがオレに怪我させてんだよ! 何者だよ、お前!?」


 涙で濡れた瞳に怒りを湛え、ルーチェはロイを睨みつけた。


「わたしは、勇者だ!」

「え……?」


 唖然とするロイに向かって、ルーチェは剣を振りかざして襲い掛かった。





――――――――――――――――――――――――


あれ? なんだこのまるっとシリアスなのは。

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