第16話 魔王降臨

 ガンガンと剣のぶつかる音。空を裂く雷鳴と光線が交差し、ちぎれた葉が舞う。


「ちょ……!」


 のけぞるロイに宙を飛ぶルーチェが剣を振り下ろす。金ぴかの鎧に斬線が走り、衝撃でロイは転がった。


「よくも、よくも皆をッ!」

「何なんだよ、このガキ!? マジで勇者なのか!?」


 ロイは青くなる。魔族に対しては無敵だと思っていた。それこそ魔王でも出てこない限り、傷をつけられることなどないと思っていたのだ。


 だが目の前の、十を少し越したかどうかという少女に追い込まれている。致命傷こそないが、すでにあちこち負傷している。剣技でいえば完全に少女が上。


 聖剣の弱体化を受けているようには見えないし、雷の魔法は本物だった。直撃を受けて付加効果で麻痺した時は、本気で殺されるかと思った。勇者の称号にも聖剣にも影響されていない以上、魔族ではないのだ。


「待てよ!? 本当に勇者なら、オレと戦う理由ないだろ!?」

「あるッ! 皆を傷つけた! 許さないッ!」

「はあ? 闇落ちしてんのか? この子」


 異世界に召喚され、勇者だ! ハーレムキタ――――! とヒャッハーしているロイは、まさか自分が眼前の少女の代わりに召喚されたとは知らない。パーティメンバーの女の子たちはまだサキュバスのデバフが抜けず、ロイは必死で防戦した。


「はあ、はあっ」


 猛攻を続けていたルーチェだが、いかんせん少女の身。体力が続かない。それでなくとも怒りに我を忘れて、ペース配分などできようはずもなかった。剣先が鈍り、魔法も撃ち尽くして頭がくらくらする。


 好機とばかりにロイに剣を跳ね上げられ、ルーチェは尻餅をついた。目の前に聖剣が突き付けられる。勢いが止まったらもう腕が上がらなかった。


「ハア、ハア……ヤバかった。マジ勘弁だぜ……」


 息を整え、血と汗をぬぐいながらロイは顔をしかめた。


「まったく、洗脳でもされてんのか? 助けてやるから大人しく……」

「いや――――っ!」


 近寄ろうとするロイに、ルーチェは悲鳴を上げた。エフェミラを、ネヴィスとウィニスを、イリーナを。そしてベノウスを殺した男なんぞに触れられたくなかった。


「いや! いや、いやああああ!」


 泣きながらルーチェは助けを求めた。彼女の、絶対の保護者に。


「陛下ぁ! 助けて! 助けて、陛下あああ!!」

「無駄だ。勇者に敵うような奴は……」


 ロイがまた一歩ルーチェに近づいた瞬間。


 ドン! と空気を震わせる重圧が、頭上からロイを圧し潰した。叩きつけられたようにロイは地面に激突する。後ろで動けないまま野次だけ飛ばしていた娘たちも、同様に見えない壁に潰されていた。


 そして空から黒い衣装をまとった男が降りてくる。


 頭部を飾る王冠代わりの角は曲線を描き、長い髪は艶やかな漆黒。普段は見せていないが、背には大きな皮膜の翼が三対広がっている。女もうらやむ美貌が冷たく地上の人間どもを見下ろしていた。


 降り立ったヴァラルクストが、しゃくりあげるルーチェを抱き上げた。


「陛下、へいかぁ、うわああん」

「よくがんばったな、ルーチェ」

「ベノじいが、皆がぁ」

「大丈夫だ。任せろ」


 抱きしめて頭を撫で、落ち着かせる。泣き声は小さくなり、ルーチェはぱたりと意識を失った。


「申し訳、ありません……」


 ふらふらとイリーナが立ち上がった。


「良い。お前たちは戦士ではない。相手が勇者では仕方あるまい」


 エフェミラが体を起こす。ルーチェが落とした剣を拾い、這いつくばるロイたちに向けるネヴィスとウィニス。


「ルーチェの目が覚める時には、影の中にいるでないぞ」

「御意」


 ヴァラルクストは足元に跪くベノウスにルーチェを預ける。到着した時に状況は把握した。地上に降りると同時に、ヴァラルクストは倒れている四人と、辛うじて心臓コア部を逃がしていたベノウスを回復させていたのだ。


 倒したはずの敵が復活したことにロイは焦る。眼前の男はヤバイ。見るからに魔族。さっきの少女と違って聖剣が効いているはずだ。なのに全く抵抗できない。


「う……嘘だろ……どうなってんだ、この……化け物……」


 圧力に耐えながら呻いたロイの前まで歩を進めて、ヴァラルクストは言った。


「俺のルーチェを泣かしたのは貴様か」


 その声を聞いた途端、ロイは終わった……と抵抗を諦めた。




――――――――――――――――――――


魔王イヤーはどんなに遠くても婚約者の声が聞こえます。

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