第13話 イチゴ狩り 2

 ジュエルベリー。ハートの形をしたイチゴで、光を発することから宝石と称される。魔族領でしか育たないのは、生育に魔力が必要だからと言われている。一般に魔族が住む土地の方が魔力が豊富なのだ。


 サプライズにしたいというルーチェの意向で、魔王に外出許可をもらうことはしなかった。一応ザハルには知らせてある。いつも付近に潜んでいるベノウスにも了承をもらった。ルーチェの「お願い」に彼が異を唱えられるわけがない。


 森には四人の侍女たちが同行する。ベノウスも勝手についてくるだろうし、戦力としては充分だ。


 現地へは飛行魔法でひとっ飛び。双子相手に空中戦で鍛えたルーチェは、すでに単独で自在に飛べる。


 到着したのは国境寄りの比較的大きな森だ。森なら魔王城の周囲にもあるが、魔王の居城だけあって土地の魔力濃度が濃く、その分住んでいる魔獣も強力だ。下手に戦闘になったら、戦力に問題はなくとも魔王に気付かれる可能性が高い。秘密にしたいのにバレてしまっては困る。


「ここなら多少暴れてもバレないわ」

「魔獣も弱いから瞬殺できるわ」


 早速襲ってきた熊の魔獣を蹴散らした双子がドヤ顔で言う。


「姫様も狩る?」

「実戦経験は大事だわ」

「狩るのはイチゴでしょう!」


 絶妙な呼吸で双子ボケに突っ込むイリーナ。


「せっかく来たんだからぁ、姫様の狩った獲物をお土産にするのもいいんじゃなくてぇ?」


 その場合ベノウスが録画するだろうが、生で見られなかったとヴァラルクストにジト目で睨まれるのは間違いない。エフェミラの狙いはそっちである。


「姫様の初・体・験、うふっ」


 ぱしーん、とイリーナが無言でエフェミラの頭をはたく。ついにどこからかハリセンが出現するようになった。


「まったく……姫様、日当たりの良さそうな場所を探しましょう。足元にお気をつけて」

「あはは……うん、気をつけるね」


 さすがにルーチェもだんだんと知恵をつけている。おぼろげながらも一番まともなのはイリーナであることに気付いていた。


 ジュエルベリーがありそうな場所を探して歩き回る一同。森歩きが初めてのルーチェはきょろきょろと物珍しげにしている。


 立ち並ぶ木々、葉や枝の隙間から降り注ぐ光の筋。緑の苔や下草、遠くから聞こえる鳥の声。濃い木の香りや土の匂い。


「あっ」


 木陰に薄茶色の毛皮を見つけてルーチェが思わず声を上げる。ぴくりと耳を動かしたウサギが、子ウサギの首根っこをくわえて草むらに飛び込んで姿を消した。


「見た? ウサギ! 赤ちゃんいた!」


 にぱぱっと笑顔で振り向くルーチェに、イリーナも笑顔を返す。


「可愛かったですね」

「手袋くらいには……」

「「おやつ程度には……」」


 パパパーン!と抜刀ハリセン三撃。今の笑顔を見て、毛皮換算したり肉にする前提で返事をするとは何事か。


「わたしもこんな感じで陛下に見つけてもらったのかな……」


 ぽそりと小さな声でルーチェが呟く。元令嬢四人組は、はっとして固まる。何と言ったらいいものか。


 ルーチェの周囲に人間はいない。ヴァラルクストを始め皆可愛がってくれたが、物心つくにつれどうして両親がいないのか疑問に思った。


 勇者がどういうものか知ればなおさら。ルーチェはヴァラルクストに迫り、自分が捨て子だったことを聞き出した。おそらく召喚ミスだったということも。だから納得はしているのだ。ただ、時々ちょっと寂しくなるだけで。


「陛下はおっかなびっくり赤子の姫様を抱いておられましたぞ」


 こそっと近くの影が囁いた。見ると、影が優しく微笑む。ルーチェも微笑みを返し、うなずいた。


(ベノウス殿、ナイスフォロー!)


 イリーナがルーチェの後ろでぐっとハリセンを握り締める。


「姫様、向こうが明るいわ」

「きっと開けた場所があるわ」


 ネヴィスとウィニスが話題を変えるように木々の隙間を指さした。皆でそちらへと移動する。確かに木がまばらになり、その向こうが草地になっていた。そして緑の中に赤く輝く果実がなっているのが見える。


「あれは!」


 それを見たルーチェが駆け出す。慌てて四人がそれを追う。


「姫様!」

「一人は危ない」

「待って、姫様」


 ルーチェはまっすぐ茂みに駆け寄った。綺麗な赤いイチゴは、丸いハートの形をしている。間違いなくジュエルベリーだ。


「よかった、早く摘んで帰らなきゃ」


 ルーチェが赤い実に手を伸ばした時、男の声がした。


「何だ、お前?」


 はっとしたルーチェが振り向くと、そこには四人の少女を連れた若い男がいた。金色の鎧を身につけ、腰には剣を下げている。


 ルーチェは思わず目を見開いた。


「人間……!?」

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