第11話 流星群

 しんしんと冷たい冬の空気があたりに満ちている。細い月が切り絵のように夜空に浮かび、たくさんの星が輝いている。とはいえ、魔王城の塔のてっぺんは魔法で暖気が維持され、寒さも雰囲気程度に抑えられていた。


「あそこに明くて白い星があるだろう? あれが真珠星だ」

「ふわあぁ」


 ヴァラルクストが指さすと、ルーチェが目を輝かせて空を見た。少しでも近くで見ようというのか、無意識に背伸びをしている。バランスを崩す前に、ヴァラルクストは幼い婚約者を抱き上げた。


「古い昔話によると、天空に住む王が妃に贈った髪飾りなのだそうだ」

「そうなの? すてき」


 最近はネヴィスとウィニスを先生に、運動も兼ねて武術を習っているおてんば勇者だが、星を宝石に見立てる伝説にうっとりするのはやはり女の子。


 まだ幼いから豪華な装飾品は与えていないが、将来を考えて色々と見繕っておこうと魔王は笑みを浮かべる。


「流れ星はいつ落ちてくるのかなぁ」


 手をかざして右に左に首を傾げながら探すルーチェに、ヴァラルクストは頬を寄せた。触れてみれば少しひんやりしている。風邪などひかせぬようにしなければ。


「天文学者が言うには、もう少しかかるようだ。温かいミルクでも飲んで、ゆっくり待とう」

「ううん。こんなにお星さまがきれいなんだもん。もっと見てる!」

「そうか?」


 そもそも夜中に天体観測をすることになったのは、今夜流星群が見られるという話が観測所から上がってきたからだ。たまたまそれを聞いたルーチェが流れ星を見たいと言ったので、こうして場を整えたのだった。


 ヴァラルクストはマントの中にルーチェを入れて大事に抱え込む。ヴァラルクストの力ならいつまででもルーチェを抱えていられる。空が見えるような角度で、首が疲れないように肩にもたれさせた。


「あそこ、星がみっつならんでる。なかよし星なんだね」

「おー。本当だ。兄弟かな?」


 ヴァラルクストが伝説や知識を語ったり、ルーチェが感想を述べたりしながら時間が過ぎる。そうこうするうちに、夜空を光の線が横切った。


「おっ、始まったぞ」


 光がすうっと流れ落ちる。一筋、二筋。


「ルーチェ、流れ星だ。ほら……」


 返事がないのに気付いて見れば、ルーチェはあどけない表情で眠っていた。いつもならとっくに寝ている時間なのだ。可愛らしい寝顔に少し迷ったあと、ヴァラルクストはそのまま寝かせておくことにした。





 翌日。


「メテオストライクを使える魔術師を集めろ」

「は?」


 魔王の言葉にザハルが聞き返す。


「どこかの城でも攻めるんですか?」

「違う。夜になったら適当に荒れ地にでも向かって落とせ」

「はい?」

「ルーチェが流れ星を見たいって言ってるんだよ!」


 朝起きて、肝心の流れ星を見損ねたことに気付いたルーチェ。悔しがり残念がりしょぼんと肩を落とした。


「へいかといっしょに、流れ星見たかったのに……」

「ルーチェッ!!」


 そんなことを言われて魔王が動かないわけがない。


 当然魔王も『隕石落としメテオストライク』の魔法くらい使える。だが隣で魔法を唱えたのではネタバレもいいところ。ムードぶち壊しだ。


「ルーチェが眠くなる前、夕食後あたりに作戦を開始しろ」


 というわけで、夜の帳が下り、空に星がきらめく頃。


「第一隊、詠唱始め!」


 指揮官の指示が飛ぶ。腕利きの魔術師が十数名、一定の高度を保ちながら魔法を唱える。


 高空に巨大な隕石が出現し、炎の尾を引いて荒野へと落ちていく。時差をつけてひとつ、またひとつと破壊魔法が放たれた。


「第二隊、交代せよ!」


 魔力消費が高いこの魔法は連発が効かない。ゆえにそれらしく見せるためには人数が必要だった。


「あと三十分撃ち続けろ! マナポーション使え!」


 魔術師たちの苦労の甲斐あって、無邪気に喜ぶ姫君に魔王陛下は大変満足なされたとか。

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