第9話 朝のルーティン
いつもの朝。カウロアはいつものように子供部屋にルーチェを起こしに行く。天蓋付きのベッドをのぞき込むと、最高級羽布団に埋もれてすやすやと眠る姫君がいた。
(はうっ! アサイチのご褒美タイムッ!)
カウロアは胸の前でこぶしを握り、身もだえする。授乳期間が終わった後、彼女は望んでルーチェ付きの侍女になった。最高の職場から離れるわけがない。今も赤ん坊の頃と変わらず、ルーチェの身の回りの世話をしている。
(姫様可愛いッ! あー、もう可愛いッ! 何この可愛い生き物!)
まだ幼い丸く柔らかな頬。やや癖っ毛の金髪は細くて、彼女の顔の周りをほんのりと照らす明かりのようだ。小さく開いた唇は桜色で、すうすうと寝息が漏れている。
「おはようございます、姫様。お時間ですよ。起きてくださいな」
ほっぺをつんつんしたい誘惑に耐えながら、カウロアが声をかける。
「ん……カウママ……」
「はい。姫様のカウママですよ。起きて支度をしましょうね」
「ん」
赤子の頃から乳を与え、ずっと世話をしてきたカウロアを、ルーチェはママと呼ぶ。カウロア生涯最大の戦果であった。
(むふふふ。初めて聞いた時の魔王様の顔が忘れられない)
驚愕と羨望で固まった魔王の、パパと呼ばれたいが呼ばれるわけにはいかない二律背反に悶える姿。五指に入るお宝映像であった。
くしくしと目をこすりながら起き上がるルーチェは、魔族基準で考えればとても儚げな細くて小さな少女だ。だがすでに勇者の片鱗を見せており、成長につれて魔力がぐんぐん伸びている。
「今日はいいお天気ですよ。午後はお庭で遊びましょう」
「はいっ」
顔を洗ってにぱっと笑うルーチェ。柔らかいタオルで顔を拭いてやりながら、カウロアは小さく息を吐きだす。
(ちっちゃいー、ふわふわー。ああ、幸せ!)
ルーチェを椅子に座らせて、ブラシで丁寧に寝癖をとり髪を編む。それからワンピースを着せて準備完了。
「では参りましょう」
食堂でヴァラルクストが一緒に朝食をとろうと待っているはずだ。執務の関係で時間が取れないこともあるが、よほどのことでない限り食事を共にするようにしている。
廊下に出ようとカウロアが扉を開けると、ルーチェがしまったという顔をした。カウロアがどうしたのかと首を傾げると、ルーチェは小走りに近寄ってきてカウロアの腰に抱き着く。
「おはよう言ってなかった!」
「あら。そうでしたね」
ルーチェがカウロアのスカートを握ったまま上を見上げる。
(何? くっ、邪魔! 胸邪魔! もっと姫様の顔見せて!)
こんもりと盛り上がった胸が、カウロアの視界を妨げる。谷間からのぞく小さな姫勇者は、ふにゃっと笑って言った。
「おはようございます、カウママ」
「おはようございます。ご挨拶がよくお出来ですね、姫様」
笑顔を返しながらカウロアの胸中は大暴風が吹き荒れていた。
(っ……駄目ッ! 駄目ッ! あたし萌え死ぬッ!)
思わず片手で顔を覆うカウロアに、ルーチェが怪訝な顔を向けた。
「どうしたの? 具合悪いの? 大丈夫?」
「ええ、全然大丈夫ですよ。ちょっと眩しかっただけなので」
カウロアは小さな姫君の手を引いて、ゆっくりと食堂へ向かう。
食堂には魔王ヴァラルクストが待っていて、やってきたルーチェを抱き上げてテーブルの席まで連れて行った。軽々と片手で少女を抱え、花と光の背景効果を背負う魔王(脳内補正)にカウロアは一瞬気が遠くなる。
(ふおおおお! 毎日毎日絵になるさすまお! 日々飛び散る花弁が増えてる気がする!)
まさに気のせい。
倒れそうになるのをひっそり影から支えてくれたベノウスに礼を言って、カウロアは何事もなかったように外面を繕う。
(心臓がドキドキする……死ぬわ……あたし、こんな生活してたら遠からず死ぬわ。でも本望! 一片の悔いなしッ! ああ、でもそうしたらこの光景が見れない。長生きしないと!)
これがルーチェ付き侍女、カウロアの毎朝のルーティンであった。
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