第8話 魔王の目力

「さて、お前たち。何をしたかわかっているだろうな?」


 宰相ザハルの冷徹な声が響く。その後ろには腕組みをしたままの魔王が無言で佇む。


「陛下とその婚約者に襲い掛かるとは、反逆としか思えないわけだが」


 石造りの地下牢。そこに入れられているのは、とりどりの美女四名。エフェミラとイリーナ、ネヴィスとウィニスの姉妹であった。ベノウスに影に落とされ、ここに収容されていたのである。


「も、申し訳ありませんわぁ!」


 と、地に体を投げ出すエフェミラ。


「反逆の意思などございません! どうかお慈悲を……」


 と、泣き崩れるイリーナ。


「「反省はしている」」


 とうなだれる姉妹。


「「でも後悔はしていない」」

「「アンタたち死にたいの!?」」


 あまりにも正直すぎる双子に演技を忘れて突っ込むエフェミラとイリーナ。


 いくら魔族が実力主義とはいえ、さすがに魔王の婚約者に危害を加えようとすればただでは済まない。しかもその婚約者は魔王に抱かれていたのだから、言い訳のしようがなかった。


「俺の可愛いルーチェを怖がらせた罪、軽く済むと思うな」


 ヴァラルクストに絶対零度の視線を向けられたエフェミラは、背中がぞくりとするのを感じた。


 今まで何度も魔王の寝所に忍び込もうとしてつまみ出されたが、困惑や嫌そうな顔はされたものの、これほどの刺すような視線を浴びたことはない。まるで心臓を抉り出されそうだ。


「あ……」


 魔王の強大な威圧を感じて、エフェミラは腰が砕けた。体に力が入らず、地べたを這うように手を伸ばす。


「陛下ぁ……」


 震える声で懇願した。


「罪を償うためにぃ、姫様にお仕えすることをぉ、お許しくださいぃ」

「何だと?」


 ヴァラルクストが鼻にしわを寄せる。眉を寄せ、完全に疑いの目だ。忌々しいと言いたげに歪む口元。


「お疑いも当然。ですから、呪いで縛ってくださいぃ」

「ちょ、正気なの? エフェミラ!?」


 イリーナが焦ったように小声で囁く。呪いで縛る、つまり奴隷扱いも受け入れるという意味だ。


「アタシ、今まで陛下の真のお力を知らなかったのですわぁ! もう間違いません! 粗相をしましたら、鞭でも何でもお仕置きを受けますからぁ!」


 身を乗り出そうとして鉄格子に阻まれるエフェミラ。大きなメロンがむにゅっと潰れるのも構わず、必死に訴える迫力にザハルがたじろいだ。思わず後ろの魔王を振り返る。


「どうします、陛下?」


 問われてヴァラルクストは考える。あの時何が起きたか、幼いルーチェはわかっていない。きょとんとした顔が可愛かった。トラウマなども残っていないだろう。


 サキュバス族は今まで何人も王妃や側妃を出してきた有力氏族だ。なんだかんだいってメロンも桃もみんな大好きなのである。それだけに横のつながりも多い。


 ヴァンパイアはもちろん現宰相がそうであるように、由緒も格式もあるこれまた大氏族であった。


 飛翼族も空軍を担う一翼であり、軍部の一大勢力を占める。


 そして四人とも、王妃候補として担ぎ上げられた才媛であった。


「お前たちはどうする?」


 様々な影響を考えた末、ヴァラルクストはエフェミラを除く三人に聞いた。察しのいいイリーナは即座にエフェミラの隣で平伏する。


「もちろんお許しがいただければ、ルーチェ様に誠心誠意お仕えいたします!」


 双子の姉妹は互いに顔を見合わせていたが、旗色を見て同じように頭を下げた。


「ネヴィスは強い者に従う」

「ウィニスは仰せに従う」


 ヴァラルクストはザハルを見た。


「呪いの仔細を詰めよう。万が一にもルーチェに危害が及ばぬようにしなければならん」

「わかりました。……お前たち、陛下の慈悲に感謝するのだな」


 準備のために魔王と宰相はその場から去って行った。


「……はあ」


 イリーナは大きく息を吐いた。とりあえず反逆罪での処刑は免れた。


 こうなったらルーチェの奴隷でもなんでも、誠意を見せるしかない。ご機嫌を取って気に入られれば恩赦の可能性もある。上手く話を持って行ったエフェミラに感謝だ。


 そう思って隣を振り向くと、エフェミラは自分の体を抱いて床でクネクネしていた。唇が濡れて頬が赤い。


「はぁ……陛下しゅごい……あんな目初めてぇ……ハァハァ、お仕置きされたぁい」

「ちょっと!?」


 危険な扉を開いた者がここにもいた。申し出は完全な私利私欲。イリーナの感謝の気持ちは異次元へかっとんで行った。

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