第7話 いたって平和な日々
さて、魔王の婚約者が決定したという知らせは、魔王国に大波乱をもたらした。なにせ異例尽くしの決定だったからだ。
まず相手が人間であること。しかも勇者であること。さらに。
「相手が幼いため魔王の手元で養育し、成人の後婚姻を結ぶものとする」
なんじゃそりゃ、と国民一同はぽかんとした。すると宰相曰く。
「どうやら召喚勇者にはどうやらまだ幼い伴侶を見つけ、理想の相手に育てる慣習があるらしい」
この世界の勇者は二つのタイプがいる。いわゆる地元民と、召喚魔法で異世界から呼び出された者だ。大体において強力なのは召喚勇者の方だが、同時にカルチャーギャップによる奇行も枚挙にいとまがない。
ザハルは
ルーチェが森で発見された時、近隣に人の気配はなかった。人間がわざわざ魔王城のそばまで捨てに来たとも考えにくい。そこから彼女は召喚事故で魔王国の森に出現したと推測された。
そんなわけで、生国の慣例にのっとってヴァラルクストがルーチェを養育し、しかるべき時がきたら妃に迎えるということになった。完全に誤解だが、訂正できる者は誰もいなかった。
勇者が王妃になることについて国内の意見が紛糾しそうなものだが、実力主義の魔族のこと。勇者といえば魔王に匹敵する強者という実績がある。意外と反対意見は少なかった。
「こんな慣習があったら年の差カップルばかりにならないか?」
「さあ? 勇者は魔力が高いので一般人より寿命も長いですからね」
「まあそうだが」
方便として慣習と発表した宰相だが、魔王は素直に信じたらしい。さすが手を触れただけで結婚しなければならないと思い込むだけある。
ひとまず正式に事が決まってヴァラルクストもほっとした。これで大手を振ってルーチェを愛でることができる。
「最近ハイハイするようになったんだ。もうすぐ立って歩き出すぞ。絶対に見逃すわけにはいかん」
子供部屋に敷き詰めた絨毯の上で動き回るルーチェを、ウキウキとした表情で追いかける魔王。邪魔にならぬように控えているカウロアが、時々はっとしたようにハンカチを口元に当てる。
ザハルは半目になって言った。
「陛下。婚約者との仲を深めるのはよろしいですが」
「わかっている。せっかくルーチェが可愛いのに水を差すな」
ルーチェがここにいる以上、召喚した者がいるはずだ。つまりいずれかの人間の勢力が、魔王国を攻めようと企んでいるということ。
「まだ時間はある」
おそらく手頃な勇者が見つからず、召喚という手段に出たのだろう。とはいえ肝心の勇者がここにいるわけで、計画は頓挫したはず。召喚し直すにしても準備が必要だ。異世界から呼び出すのだから生半可な労力ではない。すぐにというわけにはいかないだろう。
「そう思えばルーチェは、この幼さですでに一度魔王国の危機を救っているのだな。さすが我が妃だ」
ものは考えようだが、魔王の勇者ひいきがすごい。
「あっ……立った! ルーチェが立ったー!!」
魔王の肩につかまって、ぷるぷると覚束ない様子で立っているルーチェ。
「記録ッ……魔道具は動いているか!? ちゃんと撮ったかッ!?」
「もちろんです陛下ッ! 絶対見逃したりしませんわッ!!」
「念のため別アングルの映像も確保いたしました」
「でかした!」
怒鳴るヴァラルクスト。映像記録用の水晶球を手に鼻息を荒げるカウロア。音もなく影から顔を出すベノウス。
教育係はちゃんとした者を付けねばと半笑いになるザハル。
魔王城はいたって平和であった。
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