第6話 幸せな職場

 気疲れする謁見と執務を終えた魔王は、後宮を訪れていた。


「姫様、陛下がおいでですよ」

「だぁー!」


 にぱっと笑顔を見せてヴァラルクストに手を伸ばすルーチェ。カウロアからルーチェを受け取ったヴァラルクストは、力を入れすぎないように注意しながら抱きしめる。


「いい子にしていたか? 寂しくはなかったか?」

「ばぁぷー! きゃうー」


 頬ずりされて喜ぶ赤子と、スライムも顔負けにとろける魔王。


「ほんに、陛下は姫様を愛してらっしゃるのですね」


 おっとりと微笑むカウロア。


 彼女も族長の娘であるから男爵令嬢という身分だが、魔王争奪戦には参加していない。最初から魔王とは格が違いすぎると、そんなことは考えてもいなかったのだ。


(推しのデレ顔いただきましたー!!)


 隣に立つのではなく、近くで見守ることこそ本望。彼女にとって王妃候補の乳母、養育係というのは絶好のポジションだったのだ。


(魔王様がデレる! こんなのここじゃなきゃ見られない! 貴重すぎる! 勇者様がんばって! もっと魔王様をメロメロにしてーっ!!)


 カウロアは穏やかな笑みのまま、内心全力で勇者を応援する。玉座では近寄りがたい美形が子供相手にデレデレになる姿は、お宝以外の何ものでもなかった。


(くぅーっ、萌える! ミノタウロスに生まれてよかったあたしー!!)


 彼女が乳母に選ばれた理由は、ミノタウロスの女性はその気になればいつでも乳を出せるからだ。身の程をわきまえて魔王を煩わせないという意味でも、ザハルのお眼鏡にかなったのだ。


(魔王様可愛い。勇者様も可愛い。なんて幸せな職場!!)


 近い将来、姫勇者を背に乗せて馬になる魔王などを目撃したらキュン死する自信がある。蘇生アイテムを準備しなければ。


 赤子と戯れる魔王を眺めながら、思わず垂れたよだれを素早く拭ってカウロアは外面を繕う。


 そこへばたばたと飛び込んできたのは、衛兵を力づくで突破した令嬢たちだった。


「陛下! ここにいらっしゃったの……」


 言いかけたイリーナが固まる。そのイリーナを押しのける形でエフェミラも動きを止めた。天使と堕天使の双子も隙間から顔を出しかけて硬直している。


 彼女らが見たのは、赤子を抱く魔王と笑顔で側に控えるカウロア。


「うっ、嘘……」

「いつの間にっ……!!」

「信じられない……」

「魔王様の子……!?」

「違うわ!」


 その疑問をヴァラルクストは反射的に否定する。


「ルーチェは俺の嫁だ!」


 それを聞いた令嬢たちが悲鳴を上げた。誤解は解けてもショックは倍増である。


「何ですって!?」

「正気ですか陛下あっ!?」

「赤ん坊に負けた……?」

「あり得ない」


 驚いて泣きもせず、きょとんとこちらを見て首を傾げる赤ん坊。ヴァラルクストの胸に抱かれた子は、令嬢たちの視線に不安を感じたのか、きゅっと魔王の首に抱き着いた。


 赤子を守るように抱え込む魔王を見て、四人の令嬢が叫んだ。


「「「「のおおおおおおおおおーっ!!」」」」


  邪魔者は排除。対象がカウロアでなくとも目的に変わりはない。その場に魔王がいることも忘れて、美女たちは嫉妬に駆られて飛び出そうとした。


 その足元で黒い円が口を開けた。


 一瞬で令嬢たちはそこにすとーんと落ちた。彼女らを飲み込んだ影はすぐに消え、まるで最初からそこには誰もいなかったのように音もない。


 誰の仕業か魔王はすぐに見抜いた。


「ベノウス」

「は……」


 魔王に呼ばれて扉の影からベノウスが現れた。魔王の前に跪き礼をする。


「よくやった」

「恐悦至極」


 魔王の腕の中からルーチェがじーっと興味深そうにベノウスを見ている。以前もそうだったが、普通の生き物とは違う姿形をしているナイトストーカーが珍しいのだろう。


「きゃう!」

「ふむ。ルーチェはお前を怖がらないのだな。……よし、これからルーチェの護衛に付け。俺がそばにいられない時もある」

「かしこまりました」


 影そのものであるベノウスの表情はわからない。だがカウロアは気付いていた。


(この人、同類だ――――!)


 仲良くやれそうで何よりである。

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