第5話 四人の令嬢

 さてその日の午後。魔王城を闊歩する四人の美女がいた。


 一人は肉感的な肢体を煽情的なドレスに包んだ女性。桃色の髪をし、濡れたように光る赤い唇に微笑みを浮かべている。蝙蝠の羽と先端がハート型の尻尾を持つサキュバスの侯爵令嬢、エフェミラ。


 一人は理知的な雰囲気の眼鏡をかけた女性。辛うじて魔術師のローブだとわかる衣装は、オフショルダーで肩を見せ、前スリットから生足が見える仕様。ヴァンパイアの伯爵令嬢、イリーナである。


 そしてあとの二人は、そっくりで似ていない双子の姉妹だった。銀髪に赤と青のオッドアイ、先の二人ほどの色香はないが整ったプロポーション。二人とも露出高めのドレスアーマーに剣を携えている。純白の翼を持つのが姉のネヴィス、漆黒の翼を持つのが妹のウィニス。人間は天使と堕天使などというが、魔族的にはどちらも飛翼族でありただの色違いだ。同じく伯爵令嬢である。


「真偽を確かめなければ」

「間違いに決まっているわぁ。アタシはミノタウロスにだって負けないものぉ」


 クイッと眼鏡を上げてイリーナが呟くと、エフェミラが胸をそらして言った。たわわなメロンが揺れる。ピンク色の靄がぱっと散り、通りかかったリザードマンの衛兵が鼻血を噴いて倒れた。


「力の制御もできないなんて、みっともなくてよ」

「アラヤダ。どうしても魅力が溢れちゃうのよぉ。アナタと違って」


 腕を組んでメロンをぐいと押し上げるエフェミラ。イリーナも充分ご立派だが、エフェミラとサイズで勝負するのは分が悪い。


「いくら溢れても、陛下には通用しないようですけど」

「ンですってぇ!?」


 たしーん、とエフェミラの尻尾がむっちりした太ももで音を立てた。薄い笑みを浮かべたイリーナの目が赤く輝く。


「「一時休戦じゃなかったの?」」


 白と黒の姉妹が二人から距離を取る。


「ほっといて行きましょう、姉」

「そうね、行きましょう、妹」

「「陛下をお慰めに」」

「「待ちなさいッ!!」」


 今度はにらみ合っていた二人が声をそろえる。抜け駆けされてはかなわない。


 この四人は各種族選りすぐりの美女の中から、さらに激戦を勝ち抜いたトップ4だ。


「弱小の牛娘なんか、蹴散らしてやるわぁ」

「私は何かの間違いだと思っているけど、もし本当なら」

「「実力で排除ね」」


 数に勝る人間に敵視され、常に戦乱にさらされてきた魔族は実力主義だ。そういう意味でも彼女らはエリート。魅了を始め数多くのデバフを得意とするサキュバスと、魔術に長け生命力の強さに定評のあるヴァンパイア。神話の時代から戦人として語られる天使と堕天使。


 強者である彼女らにすれば、ミノタウロスなど雑魚でしかない。次代も強き王をと望む世論からしても、ミノタウロスのお妃というのは予想の外だったのだ。


「カウロアが勤め始めてから居住区の警備が強化されてるわ、姉」

「宰相閣下も抜け道を教えてくれなくなったわ、妹」

「「何かあるのは間違いない」」


 姉妹が口をそろえて言う。実際にあれほど協力的だったザハルが、今は完全に魔王のガードに回っている。今まで魔王の妃になるべく育てらた彼女らとしては、そう簡単に引き下がるわけにはいかない。


 四人は政治機関がある一般区域を抜けた。この奥は魔王の住まう居住区。後宮に当たる区画には女主人はおらず、ずっと魔王が暮らす一角のみが使われていた。


 その後宮に居座る者がいる。令嬢たちの戦意が高まっていく。


 廊下に踏み込むと、リザードマンの兵士や竜人の騎士がわらわらと前を塞いだ。


「ここからは通行許可がない方を通すわけにはいきません。お引き取りを」

「あらぁ?」

「媚を売るのはお得意でしょう? さっさとどかしてくださいません?」


 イリーナの煽るような言葉に、エフェミラの笑顔が凄みを増した。


「陛下以外の男に愛想を振りまくのは無意味だわぁ」

「あら、残念」

「障害物は排除だわ、妹」

「賛成だわ、姉」


 美女たちは目の前の人垣に向かって異口同音に告げた。


「「「「押し通る!!」」」」

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