番外 メリィ
両親はとても仲が良くて、私をとてもとても可愛がってくれた。
そして二人が始めた小さな料理屋もとても気に入っている。
毎日手習い所へ行きながら手伝いをして夜はぐっすり眠る。
そんな日常がとても満ち足りていた。
獣人の成人は早い。15年も経てば成長は止まり、あとはそのままの姿で100年以上かけてゆっくりと歳を取る。
私の父は立派な角とひげを持った山羊の獣人で、母は柔らかくてもこもこな毛が自慢の羊の獣人だった。獣人は必ずしも同じ種と子を残す訳ではない。遺伝子もどちらかのものを引き継ぐため変異種が誕生することも滅多にない。
少し前は血統を守るために草食獣人の中でも派閥があって血の気の多い獣人同士で争いもあったけれど、今の魔王様になってからはそれも完全に落ち着いた。
顔は見たことがないけれど、どんなお方なのだろうと思いを馳せる。
この平和な時代を築いてくださった魔王陛下はきっととても素敵なお方なのだろうな。
「メリィ?」
ある日お母さんは私を呼んで、レシピや色々、今まで知らなかったことまで教えてくれた。
例えば、食材を買い付けに行くブルおじさんには必ず大きいお財布にお金を入れて渡すのよとか。
体の大きいおじさんは、そうしないとお財布の存在を忘れてしまって支払いの時にとても困るそうだ。
なんでそんなことを言うのかと疑問に思いながら働くこと更に30年。
少しだけ老けてきた印象のある二人は私に向かって告げた。
「メリィ。お前はとてもよくやってくれてる。もう店を任せられると思うくらいに。」
「私たちがいなくても、きちんと丁寧だし、あなたの作るキャロットソースは絶品よ。」
私はふたりの言葉に目を輝かせた。
ずっと夢見てきた瞬間だった。料理上手な母と穏やかに接客する父に、認められる瞬間。
「もう任せても良いな。」
嬉しい!そう言って飛びつこうと手を伸ばしかけた途端、晴れやかな顔で告げられた。
「えっ!!」
まさか、と私は口を大きく開ける。
「実はずっと旅行へ行きたいと思っていてな。まぁ10年もすれば戻ってくるから、それまでちょっと頑張っていてくれないか?」
私は口を開けたまま告げられた言葉を必死に脳内で繰り返す。
緊張して頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「本当はお前も連れて行きたいところなんだけどな、どうも常連さんたちが渋って…どうせすぐ帰るから、次は一緒に行こうなメリィ。」
父の言葉に絶句する。
「大丈夫。お前はもう立派にやれてる。ブルも残ってくれるから、次はお店をひと月くらい休んで皆で旅行に行こう。」
いや、でも、いくら何でも10年は長すぎる。
そう言いたいのに口がうまく動かない。
すると母が照れたようにもこもこの髪を揺らして父の肩に手を置く。
「お店を開くのが夢で、一緒になってからそればっかり考えていたものだから…お父さんとどこかへ行きたいなとは思ってたのよ。たっくさんお土産買って来るからね!私の大事な大事なメリィ!」
ぎゅうともこもこな母の髪と胸を押し当てられ、私は何度も背中を叩く。
ちょっと待って。待って待って。私じゃあ無理―――――
結局、父譲りの気の弱い私は何も言えず枯れたような笑顔で二人を見送った。
その後に来てくれたのが、ブルおじさんとコボルトさん。
「……よろしく。」
「コボルト。よろしくお願いします、だ。今日からここの店主はメリィちゃんなんだからな。」
私は精一杯の愛想笑いを彼に向ける。
人見知りなのよう。何でおじさん今更息子さんなんて連れてきてくれちゃったのよう。
心の中で嘆きながら、彼に店の中を見せる。
「ここが…」
その時のきらきらした濃い藍色の目が忘れられない。
大きな体をして、ぶすっとした顔をしていたのに、そんな顔もできるのね。
「……私、このお店が大好きなの。これから、よろしくね。ええと…コボルトさん。」
「…よろしく、メリィ…さん。」
少しだけ目元を赤らめて眉をしかめる彼に今度は笑みが零れる。
そういえば無口で恥ずかしがりやなところ、ブルおじさんと似ているわ。
「よし、コボルト。こっちへ来い。料理の手順を説明してやる。」
「…おう。」
さっきまで両親がいなくて不安だったのに、今の私はなんだかわくわくしながらふたりを見ていた。
ふたりが帰ってきたら驚くくらい人気のお料理屋さんにしてみせるわ。
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