第17話 ???
「シェリアが行方不明になってから、もうどれ程月日が経つか…。まだ見つかりませんの?」
少し声の高い、茶髪の女性が控え目に目の前の騎士へ声を掛ける。
騎士は毅然とした声音で告げる。
「現在捜索中であり――」
「その言葉を聞いてもう半年ですわ!」
年若い女性が貴賓室のソファから立ち上がり、振り返る。
騎士は口を噤み、申し訳なさそうに頭を下げた。
「カレン…気持ちは分かるが落ち着いてくれ…」
そう言いながら身なりの良い男が彼女の肩を抱き寄せる。カレンと呼ばれた令嬢は悔しそうに年上の女性を見た。
気まずそうに顔を背けた彼女を守るように、大柄な男性が二人の間へ立つ。
その場には初老の夫婦と若い男女、それに騎士が一名おり、雰囲気は険悪そのものだった。
「そもそもの原因は私です、セイルム侯爵令嬢。どうか妻を責めないでやってくれないか。」
「…っごめんなさい…」
耐え切れぬように涙を零した女性を更に責め立てるようにカレンは眉を寄せて胸の前で拳を握る。
「ルべインご夫妻が…せめてお母様であるルべイン夫人が連れ添っていれば―――ッ」
そこで一度言葉を区切り、カレンは顔を伏せる。その目元から雨のように雫が落ちた。
「いいえ、私たちがきちんと送り届けその場で詳細を伝えていれば…」
「カレン…。申し訳ない、ルべイン伯爵夫妻。彼女もずっと自分を責めているんだ。」
赤茶の髪をクシャリと片手で潰し、辛そうに彼も目を閉じる。
ルべイン伯爵は緩く首を振りため息をつく。
「いいえ、レイ殿。私が友人の息子だからと安易に信用していたのが良くなかったのです。ずっとうまくいっているものだと思っていた…」
懺悔のように溢す言葉にまたカレンが怒ったようにまなじりを吊り上げて鋭く切り返す。
「誰にも迷惑を掛けまいとずっと我慢して、耐えて、耐えて…っそれで突き放したのは、あなた方です…!」
レイがまた諫めるように彼女の名を呼ぶが、その表情を見てやりきれないように顔を伏せる。
「…それで、ルべイン伯爵令嬢はどこへ消えたのか、その手掛かりすらないと言うのか?」
切り替えるように騎士へ声を掛けると、彼は生真面目に一礼してから報告する。
「はっ!大変申し訳ないことに、騎士団の捜索であれどあれからどの町にもそれらしきご令嬢は見つからないようです。自力でのルべイン伯爵邸外出後、報告があった際は酷い雨でどちらへ向かったとの判断も付かず…しかしこの辺りであれば城下町ですので誘拐の線も考え辛く――」
そして一呼吸おいてから続ける。
「ともなれば…魔王国へ連れ去られたことも考慮に入れるべきかと…。そして先日の聞き込みで流れの商人からゴブリンの目撃情報を当時見たとの証言が取れましたので、可能性としては高いと思われます。」
ああ、と嘆きにも似た悲鳴がルべイン伯爵夫人から漏れる。
その肩をしっかりと抱きながらルべイン伯爵は力強い瞳で騎士を見た。
「それで、どうすると言うのだ。諦めろと言うのか…!」
その瞳にはしっかりと怒りが滲んでいた。
騎士は顔色を悪くしたが、すぐに背筋を伸ばして声高に答える。
「いいえ!断じてそれはございません。これまでの魔王国から我が国への被害は作物や国民の誘拐など数多く、国王は憂いておられます。そして近く、奪還の為新たに軍隊が組まれる予定でありますっ!」
その場にいた四人の瞳に光が灯る。
「本当…ですか…?」
ルべイン夫人の言葉に騎士は威勢よく肯定の声を上げるが、対照的にカレンは青ざめて肩を震わせる。
「でも…そんなところへ誘拐されたなんて…無事なの…?」
その言葉にはっとしてルべイン伯爵夫妻が口を引き結ぶ。
「そう願うしかないだろう…」
「ああ、私…どうしたらいいの、レイ様…私、私…」
カレンを宥めながらレイは考える。
ひとりの令嬢の捜索がこんなにも大規模になることなどそう無い。
王族のひとりならばいざ知れず、ただの伯爵家の一令嬢だ。どれほど探そうとも見つからなければ自ら身を潜めているか、この世にいないかのどちらかであると判断されることが多い。
そうして泣く泣く諦める家族が圧倒的に多いのだ。
ましてや行方知れずの彼女は突然失踪した訳ではなく、自力で家を出ていることは立証済みだ。
半年も経てば捜索は打ち切りとなってもおかしくはないのだが、とレイは横目で騎士を見る。
彼は問われること以外口を引き結び直立したままだ。
騎士団伝達部隊のひとり、ジョン・カーター。
彼は今まで嘘をついたことは無い。
公爵家嫡男であるレイの友人にはこの国を支える重役の卵たちが揃っている。その中に騎士団団長の息子もいた。名実ともに優秀で真面目な彼も彼の父も話を聞いてくれ、協力してくれていることを考えても、まさか魔王国へ出兵するまで話が飛躍しているとは思ってもいなかった。
しかし近年は日照りや豪雨による水害も多く、それらは悪しき物、魔物のせいにすることの方が多かった。実際作物を荒らされたり誘拐されることもあるが、すべて魔物の責任にしてしまえば都合が良いからだ。
レイはぐっとカレンの肩を抱き寄せながら考える。
本当に良き友人であった彼女が魔王国へ連れ去られたのならば、それを奪還する為だけではここまでにならない。
―――ダシにされている。
歯を食いしばる婚約者の姿にカレンは顔を上げた。
「レイ様…?」
涙を止めて見上げる愛しき彼女の額を撫で、悪態を飲み込んだ。
ここまでして彼女を気に掛けているのは、自らの婚約者の親友であったからだけではない。彼女は人当たりが良すぎたのだ。
学生であった頃の友人全てが彼女の存在を認知している。
半年経っても、行方知れずになっていることにまだ心を痛めている者がいる。だからその代表として、最後に会った彼女の心の傷を知る証人としてここにいるのだ。
「シェリー…」
カレンが呟いた彼女の名を心で繰り返す。
良き友人。理解者。誰もが知る、心優しき人だ。
レイは思う。構わない。と。
我らが彼女を心配する思いをダシにしてもらって構わない、と。
次代を担う我々が恩を感じている彼女が、生きて帰ってきてくれさえすれば。
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