第14話 公認。
紫の瞳と黄金の瞳が交差したまま、もう随分時が経ったように思える。
私の身勝手な言い分に呆れられているのかしら。
そう思ったけれど、言わずにはいられなかった。
帰りたくない。ここにいたい。
それは、紛れもなく私の本心であるから。
長い長い沈黙に耐え兼ね、私はつい目線が下がる。
「…すみません…魔王様に連行せよと命じられていらっしゃるのですか?でしたら、無礼を承知で私から申し上げますのでどうか、連れて行ってはくださいませんか?」
また黒髪の方が目を丸くして私を見た。
表情の読めない瞳に恐ろしさはあるが、不思議と冷たさは感じない。
社交界ではお互いの思っていることを隠すなんて一般的なことだったから慣れているのかもしれないけれど。
それでも私が落とし穴へ落としてしまった非礼も不問にしてくださった慈悲深いお方だから、私は警戒心を少し解いているのかもしれない。
「お前、やはり面白い。」
また赤髪の彼、バゼル様が言う。
私は思わず眉をしかめてしまった。
面白いと言われるために私はこんな火の中へ飛び降りるような覚悟で発言をしている訳ではないのよ。
黒髪の方が片手を挙げ、バゼル様が姿勢を正す。そして彼は紫の瞳を向けて言った。
「いいや。…報告はこちらからする。私たちとしては、君の保護が優先されるからな。君の意思はできるだけ尊重しよう。」
その発言を聞いて、私は全身の力が抜けるような感覚に包まれる。
ほっと息をついて強張っていた部分が解れていく。
「ただし。定期的に様子を見に来ることは容認してもらいたい。」
なんだ、そんなことでしたの。
私は笑顔で頷く。
「もちろんですわ!むしろお客様が増えるのは嬉しいことです!」
良かった!
これで私はここにいられる。
今までのまま、変わりなく。
それがとても嬉しい。
当たり前のことなんてないんだわ。一層日々に感謝して過ごしましょう。
私は神に感謝をささげるように胸の前で両手を組み、目を閉じた。
信仰など無意味と思っていたけれど、間違いでしたわ。
これまでの辛い仕打ちは全てここでの幸福な生活のためにあったのですね。
「…どうかしたか。」
不思議そうに、不審そうに私を見ていた二人と目が合う。
私はもちろん満面の笑みを浮かべて答えた。
「感謝を噛み締めておりました。」
怪訝な顔で互いを見合っていたが、深くは追及されずに席を立つ。
「…店主に挨拶を良いか。」
席を立ったついでに黒髪の方が言う。
もちろんと私がお店の方へ歩き、中にいるメリィさんへ声を掛ける。
「今から念話で話をする。内容は今まで私たちが話していた内容と変わらないから安心するといい。」
そう黒髪の方が言ってくださる。何て優しい方なのでしょう。
少しお顔が怖いと思っていて申し訳ない気持ちになる。
「―――では、これで失礼する。」
少しして、念話とらやが終わったのだろう、彼らは私に向き直って小さく会釈をした。
私も外まで見送り、深く頭を下げる。
「ありがとうございました。」
そして二人は翼を出現させ、飛び立ってしまった。
翼がある方々なのね。
とても素敵だわ。空を飛ぶってどんな気分かしら。
最後にバゼル様が薄笑いを浮かべていたのが少し気になるけれど、過去は水に流してあげましょう。
私は高揚した気分のままお店へ戻る。幸いまだ開店時間前だ。
意気揚々と帰ってきた私はメリィさんとトットちゃんの突進で歓迎された。
「シェリーちゃぁん!!」
「シェリーちゃん!大丈夫?」
「メリィさん、トットちゃん…大丈夫って、そんなに心配しなくてもただのお話し合いでしたわ。」
私は心配してくれていることを嬉しく思いながら微笑む。
皆顔色が真っ青だ。
「でも、でも……」
「私、ここで生きるか死ぬかしかないんですもの。これからもよろしくお願い致しますね。」
まだまだ迷惑を掛けそうなのは申し訳ないけれど、と眉を下げれば、涙目で大きく左右に首を振ってくれた。
トットちゃんはすぐに足をトントン叩きながら後ろの方でぐしぐし涙を拭いている。
「良いのよ!それは!あんな高貴な方々が私のお店へ来てくれるなんて思ってもみなかったから驚いてるの。あとは…やっぱりちょっと怖かったわ。」
正直にそう項垂れるメリィさんに私は堪らず笑ってしまう。
私は人間だから魔力をあまり感じない。だから恐怖心も少ないんだろうとコボルトさんが前に言っていた。
本当にそうね。だからこそきちんと自分の意見が言えて良かったわ。
「実を言うとね、私殺されるんじゃ…って途中思ったの。けど、それよりもここから離れることの方が辛いと思ったから。」
メリィさんが私の言葉を聞いてわっと泣き出す。
そんなに泣いたら目が腫れてしまうわ。
私は苦笑してハンカチを差し出す。
まるで、あの時のよう。私は懐かしい時を思い出しながら、同じように目線を合わせて言う。
「メリィさんと私、店主と従業員であってもお友達、ですものね?」
更に涙腺が弱くなってしまったメリィさんを、コボルトさんが私から引きはがしてくれた。
「ほら、開店の準備をしないと開けられないぞ。」
「うっ、ズビッ。そうね…!」
「私!私も、お友達よ!シェリーちゃん!」
後ろでぴょんぴょん跳ねながらトットちゃんが主張する。
私は何度も頷きながら乱れてしまった髪を撫でる。
「もちろんよ、トットちゃん。あなたも大切なお友達よ。」
私はそう笑って、フックからエプロンを取った。
「皆さんのためにも!今日も頑張りますね!」
「おう。」
コボルトさんが控え目に笑いかけてくれる。
メリィさんはまだ赤い目元で今日のソースを作っていて、トットちゃんは食器を用意してくれている。
フロアでテーブルを磨き上げてくれていたサイのホルンさんは、こそっと小さく言ってくれた。
「まだここで働き始めて短いですけど、シェリーさんがこれからもいてくれるのは嬉しいっす!」
「ふふっ、嬉しいわ。」
何にせよ、私は魔王様の部下に認めていただけた。
これで私は、晴れて公認の移民ということね!
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