第12話 訪問。


 夕食後。私は裏庭を好きに使って良いと聞いて、シャベルを片手にある作業に打ち込んでいた。


「あら、シェリーちゃん何してるの?」


「今、生死を賭けた復讐を計画しているところです。」


 にこっと私が微笑むと、メリィさんは不穏な言葉に瞬きをしながらも同じように微笑み返してくれた。


「…あんまり危ないことはしないでね?」


 その温かい言葉に私は穴の中から顔を出す。


「もちろんです…!これは人間なりに好意を表そうと思っている証ですから。」


 ええ、まずは謝罪を。

 トットちゃんにではないわ、もう。

 私に、ですわ。

 そうしたら仲直り。人間なら幼児でも知っていることですわよ。


 幸いトットちゃんはすぐに目を覚まして、倒れたことも気にしてないと言っていたけれど。

 私はそんなに簡単に引き下がれなかった。


 薄茶の瞳に執念の炎を宿し、ザクザクと裏庭を掘り返す。


 もう私ひとりが十分入れるくらいの大きさにはなったわね。

 でも、あれくらい背の高いひとなんだから、まだ足りないわ。


「ふ、ふふ。ふふふふふふふふふふふ。絶対に思い知らせてやるわ…」


 夜中だというのに延々とシャベルを突き立てては掘り出す作業を繰り返す。

 慣れない物を持ってタコができようと、皮が剥けようと、私が手を止めることは無かった。


 それでも働くときに支障が出ては申し訳ないから包帯を巻いたりと工夫はしたけれど。


 あの赤髪の魔物さんが来て、私の中で何かの糸が切れました。

 髪を切ってもらった時のような爽快感でもなく、誘拐され置き去りにされた時の絶望感でもなく、禍々しいまでの暗い執念が私の脳内を占めています。


 面白い。そう言われた私の気持ちがあんなひとに分かって堪るものですか。


 言葉を解す魔物とこんなにも心を通わせられるということに気付いてしまった私は、もう魔物に対しての恐れよりも一種の期待を抱いてしまった。

 そう。

 良くも、悪くも。


 後から思えば、トットちゃんが倒れ自分の居場所が危うくなったことで、どこかおかしくなっていたのだと思う。


「いつでも来てみなさい。迎え撃ってやるわ。」


 しっかりと整地し、適当な草を植えてまで完成させた落とし穴。

 それはぱっと見ではもう区別がつかない。…自分でも。


 また来るという言葉を真に受けた私は、報復のため落とし穴を作って今か今かと彼を待っていた。


「あら?すみません、まだ開店時間、じゃ……」


 しかしその時は予想外にもこんなに早くやってきた。


「シェリーちゃん…」


 愕然とした顔でメリィさんとトットちゃんが朝のハーブを摘んでいた私を呼びに来た。


 それもそうだろう。

 あの赤髪のひとの奥には、見知らぬ人がいる。


「…?」


 黒い髪に、紫の瞳。

 不思議な感覚のするひとに、きっと赤髪のひとの上司だろうと納得して前に出た。


「いらっしゃいませ。またいらしてくださったんですね。」


 これは、復讐の機会を逃してしまったわ。


 私は形だけの笑みを浮かべて頭を下げる。

 側近だなんていうなら、このひともそれなりに偉いひとよね。


 席へ案内しようと振り返れば、皆真っ青な顔をしていた。


「ん?」


 どうかしたのかしら…

 皆この前は私を庇ってくれてとても頼もしかったのだけれど。

 サイのホルンさんなんて鼻先をテーブルに擦りつけてるじゃない。

 どうしたのかしら、本当に。


 私はとりあえず空いている席を見つけそこへ案内しようとするが、赤髪のひとが私を止めた。


「どこか落ち着いて話せる場所は無いか?」


 本当はふたりきりの時にその話を聞きたかったわ。


「あっ、そ、それなら、ううう裏庭は、ど、どっどうでっしょう…!」


 メリィさんが噛み合わさらない口で必死に言葉を紡ぐ。


 やだ、メリィさん…!!私、裏庭に落とし穴を掘っているのよ!


 私がメリィさんをじっと見つめると、にっこりと力なく微笑み返してくれた。

 そんな満足そうな顔をされても、私は冷や汗が止まらない。


「ぁ。」


 小さく小さく呟く。

 私が昨夜言った言葉を思い出した。


『これは人間なりに好意を表そうと思っている証ですから。』


 それを真に受けて、しかも私の為に提案してくれたということですね。


 私は涙を飲んで笑顔を浮かべた。


「では、こちらへどうぞ。足元にお気を付けください。」


 せめてこう言っておくことしかできない。

 かなり完璧に作り込んでしまって、今朝ハーブを採っている時なんかはどこだか見失ってしまったくらいなのだから。


 ひっそりと生気無く歩く私を、メリィさんとコボルトさんが見送る。

 扉を抜けて、私の気持ちとは裏腹な爽やかな風が吹き抜けていった。


「シェリー、椅子が必要だろう。」


 コボルトさんがいつもの如く気を利かせてそう言ってくれるが、私は頷くこともできずに顔を引きつらせる。

 コボルトさんを落としてしまうのも申し訳ないし、何より、この状況を早く終わらせたい私は落ち着いて椅子に座る気分でもなかった。


「必要ない。こちらで用意する。」


 黒髪のひとがそう言って目の前の虚空を撫でる様に手を動かすと、ざわざわと大きな木の根が動いて簡素な椅子ができあがった。


 まぁ、魔法だわ。すごい。こんなに近くで見るのは初めてね。


 けれどそこはあろうことか落とし穴の奥。位置取りは最悪だ。


「あちらで話をしよう。」


 黒髪のひとはゆっくりと歩き出す。赤髪はそれに追従する。


 どうしよう。どうしよう。せめてあの赤髪の方が落ちてくれないかしら。


 そう考えている内にも広い歩幅はどんどん落とし穴の場所へ近付いていく。


「あ、あのっちょっとお待ちに―――――」


「ぬッ」


 ズ、と地面が滑る。


 黒髪のひとが地面へ、吸い込まれるように消えた。


 私が必死に伸ばした手は虚空を掴み、心臓は早鐘のように鳴り響いている。


 や、やってしまったわ…!!

 私がせめて赤髪が落ちろとか考えていたから、引き留められなかった…!!


「いっ今すぐ梯子はしごを――」


「必要ないよ。」


 赤髪のひとは昨日と同じく楽しそうに口角を上げて言う。


 えっ…仮にもあなたより立場が上の、上司が落ちたのよね?


 このひとをまともに相手しようとした私が間違っていたのだわ。


 血の気が引いていく感覚を覚えながら、私はそう痛感して穴の中を恐る恐る覗き込んだ。


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