第11話 報告結果
「魔王様ッ!」
ものすごい勢いで執務室の扉を開けられ、何事かと背筋を伸ばす。
「バゼルか?どうし、た―――」
室内へ大股で入ってきたバゼルは黄金の瞳に光を宿らせ口元には笑みを浮かべている。
いまだかつて彼のこのような顔を見たことがない私は口を閉じた。
「人間の女見つけました。面白いです、あれは。」
あれ。とは、きっと休憩中に見に行った人間の女か、それとも別に何かと会ったのか、赤冠の怪我の具合でもおかしなところがあったというのか。
ありったけの可能性を考えたが、私にはどれなのか判断がつかなかった。
「俺のこと邪魔って言ったんですよ。」
「何?」
そのままの勢いで嬉々と報告してくる。
一直線に向かった小料理屋で出会った草食獣人たちの反応や、あれの反応。
「待て。つまりそれは―――人間の女だったんだな?それが、魔物たちに溶け込み生活をしている、と言っているのか?」
「そうです。」
やっと興奮が収まったのか、バゼルの表情が掻き消える。
そしてやはり彼は大事な説明を省く。
「あ。貴族なのかも聞けなかった…すいません。でも雰囲気からして、そこそこの身分はあったと思いますよ。」
大事なところが抜け落ちている。
思わず耳を疑った言葉だが、私は自分を落ち着かせてゆっくりと深呼吸をした。
確認するだけだと聞いたから捜索の時間も含め与えていたが、よもや客を装って潜入するなど。よほど最強種という自覚が足りていないなと頭を抱える。
「…まぁ、良い。無理に連れてこなかっただけ良かっただろう。」
草食獣人たちに最強種に歯向かえるくらいの気概があれば、城までやってくる可能性も否めない。彼らの数の多さなら国中で問題視され、何があったのか露見する可能性が高い。
万が一、魔王国に人間の女が囚われているなどと人間に伝われば…全面戦争は避けられないだろう。
それが排除されただけでも幾分かマシだ。
「それで、謝罪はしてきたのだろうな。」
バゼルが首を傾げる。
私はまた絶句した。
「また行くという旨は伝えたので、いつでもあれを連れてこれるかと。」
忘れていた私が悪いのだろう。彼は数十年前まで時期魔王として誇り高く生き、下の者に対してその態度を崩すことがあってはならないと、それこそが魔王としてあるべき姿と教わっていたのだ。
力による政治に情けなど必要はなく、その血の存続こそが全てだと。
もう一度深く息を吐いて、私は顔を上げる。
まったく悪びれる気も理由も分からないのだろう、バゼルは少しだけ片眉を上げていた。
「バゼル…。少し、話がある。」
そして私は話し始めた。上の立場の者の何たるかを。
確かに、魔王たるもの誰に対しても無暗に頭を下げるものではない。
それは公的な場でも私的な場でも同じこと。常に見られているということを意識しなければならない。
しかしそれが一転、冷酷無慈悲な独裁者と思われてしまえば国の発展は望めない。
かつて国の繁栄は娯楽のようなものと捉えられていたのかもしれないが、そうではないのだ。
私の場合緩衝材としてバゼルがいてくれるからまだ良いが、どれもこれも国民や自治区代表者、官僚たちの働きあっての国だ。
協力がなければ私ひとりで国を動かすことなどできない。
昼食だって入れてもらうことすらできない。
上が腐敗していれば国民の不満は溜まる一方。国民が疲弊していれば国として成り立ってはいけないのだ。
つまり、言葉だけでも心に寄り添うことは必要である。
かいつまんでそう伝えたが、バゼルにはよく伝わっていない様子だ。
「…仕方がない。手紙を持たせるから、それをそこの店主へ渡すように。」
「魔王様も一度行ってみたらどうですか。」
「何…?」
思い切り眉をしかめて顔を上げると、バゼルは同じことをもう一度繰り返した。
「魔王様も行ってみたらどうですか。俺を恐れないなら、魔王様のことも恐れないかと。」
「そんなはずはないだろう。」
「試しに、一度。」
やけにそう勧める彼に私は低く唸る。
バゼルが来て緊張も高まった中に、さらに魔王が訪れてはその緊張は遥か高く突き抜けてしまうだろう。
草食獣人は気弱な者も多い。それをまたバゼルのように気絶でもさせればどう捉えられるか。
弱者を虐げに行く魔王とその補佐官。かなり外聞によろしくない。
「要人として確保し、それなりに拘束するなら魔王様が直接説明しに行った方がよろしいかと。誠意を見せられます。」
バゼルの言葉に一理あると頷いてしまった。
こういう時は弁が立つ。
それに、バゼルよりも身分が高い者が謝罪へ行くべきなのだ。
恐れられるような見た目でなければ、一も二もなく私は向かっただろう。
私は考えに考え抜いて了承した。
「………分かった。ならば明日の朝だ。営業に差し支えない時を計らって向かおう。拘束もしない。あくまで謝罪と説明をしに行くだけだ。」
「俺もですか?」
「他に誰が行く。」
「…分かりました。」
もう興味が薄れたのか、若干面倒臭そうに返事が返ってくる。
杞憂であって欲しい。
元はと言えばその場で穏便に説明だけでもできたはずだ。それをしなかったのはバゼルが悪い。
加えて、やはり貴族の令嬢を拉致してしまったことについては、魔王国を治める者として責任は私にある。誠意ある態度と謝罪をしなければならないだろう。場合によっては戦争になりかねない。
その身分や言い分によっては国で保護し安全を確保。その後人間の王国へ穏便に返したい。
しかし小料理屋で働くほど馴染みやすいとは、余程その区の魔物と馬が合ったのだろうか。
それでいてバゼルに邪魔だと平然と言えるとは。
考えれば考える程不思議な女だ。
「…名は、何という?」
「えー……――忘れました。」
私はもう一度大きなため息をついた。
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