第10話 融解。


 せっかくコボルトさんが綺麗に盛り付けてくれたサラダ。

 それをパクリとひとつ口に入れ、ゆっくりと咀嚼し安心させるように微笑む。


「これで信用しろとは言いませんが、もしお気に障るのでしたら私は裏庭に行きますので―――」


「いいえ、シェリーちゃんはここにいて良いのよっ!」


 メリィさんが声を張り上げてくれる。それと同時に他の常連さんもお客さんも口を揃えて同意してくれた。


「ありがとう、メリィさん。でも…―――」


 でも、この角も獣耳もない風変わりなお客さんはどう見たって私を敵対視してるわ。


 なんて口には出せずに押し黙っていると、彼は観念したようにため息をついた。


「人間の女。貴様は、魔術師ではないんだな?」


 はい?


 きっと私は口を開いて間抜けな顔をさらしてしまっているでしょう。


 それもそのはず。

 魔術師は、私の故郷でも別格の存在。魔力持ちとして生まれた子は忌み子と親に棄てられ孤児院へ連れていかれることが多い。

 そこから成長し何らかの魔術が使えるようになれば国から一定の地位が与えられ、人並みの生活を送ることができる。


 手から顔の大きさ程度の炎を出せればそれだけで王様から参上命令が下る。


「そんな力…私は持っていませんわ…」


 あまりにもトンチンカンで頭痛がしてくる。


 私を魔術師と思っていたから警戒心をむき出しにしていたの?


「魔力の流れを見れば分かるでしょうが、側近様!」


「シェリーちゃんは一生懸命働いてんですよ!」


 そう非難が飛んで、彼は眉を寄せる。


 魔族なら、私たちが空気の流れを感じるように魔力の流れを感じ取ることができるらしい。


 …ん?側近様?


 私が目を白黒させていると、近くの席に座っていたネズミのチュロさんが小さな声で教えてくれる。


「あのね、あの方は魔王様の側近様なの。それで、シェリーちゃんが危険かどうか確認するって、シェリーちゃんがお二階に上がった時に言ってたの。」


「何ですって…?」


 私はキッとその側近様を睨みつける。


「私を試すために、トットちゃんを気絶させたの!?」


 疲労かしらとか、脱水かしらとか色々考えて心配していたのに、この男のせいだったなんて!!

 もし倒れた拍子に頭でも打っていたら。

 もしまたあの可愛らしい笑顔が、元気に跳ね回る姿が見られなくなったら。

 絶望である。


 私ははらわたが煮えくり返るような怒りを覚えて彼に詰め寄る。


「いや、そういう訳では――――」


「堂々と私を連行するなり捕まえるなりできたでしょう!?それを、こんな、お客様がいる中で…!迷惑です!!」


 そう言い切ると、お店の中はシンと静まった。


 そこで私は気付く。魔王様の側近。対して私は国民でもないただの人間。


 頭に血が上ったとはいえ、そんな偉い人に啖呵きってしまうなんて…


 今更そんなことに気付いてしまったけれど、トットちゃんやメリィさん、このお店はそれくらい大事な場所。


「…不敬罪でも違法移民罪でも、何でも良いですが…私はこの件については謝りませんわ。」


 そう先に言っておこう。


 メリィさんにコボルトさん…お店のみんなが私を見ている。


 ここでの私の人生、短かったわ。

 もうおしまいなのね…。もっともっとここで働きたかった。

 もっと、みんなと仲良くなりたかった。

 それだけが心残りだわ。

 私はこれから魔王城へ連れられて、顔は覚えていないけれど魔王様の厳罰を受けるのかしらね…

 けど、どうせならこの際もうひとつ言っておきましょう。


「殺す時は潔くお願い致しますわ。泣きわめいたり致しませんので。」


 だんだんと心が冷え、顔が強張っていくのが分かる。

 でも、どうせひと月以上前に終わっていた命、どうってことないわ。


 彼はゆっくりと私に歩み寄る。

 私は覚悟を決めて顔を上げた。


「お前。面白いな。」


「はい?」


 幻聴かしら。予想もできなかった言葉が聞こえたわ。


「お前、面白いぞ。」


 ガシッと私の両肩を掴むと、真顔でそう言った。

 そして彼は黄金の瞳を輝かせて口元を歪める。その端から覗いた牙が恐ろしいわ。

 きっと彼、お肉を食べるのね。


「休憩がてら来てみて良かった。大収穫だ。」


「どういう…ことです…?」


 キラキラと期待に満ちた彼の表情とは一変、私は大変混乱して顔をしかめている。


「邪魔したな。また来る。」


「え…?ちょ…」


 笑顔のまま、気分良さそうに彼はお店の外に出て風と共に去っていく。


「あ、あ…」


 私は俯く。


「シェリーちゃん!良かったよぉ、あんたあのまま殺されちまうかと思った…」


「ほんとほんと。でもかっこよかったなぁ迷惑だなんて言い切っちまうなんて。」


「大丈夫?シェリーちゃん?」


 メリィさんが気遣わしげに私の肩へ触れる。


 でも私はそれどころではなかった。


 休憩がてら来て…?

 こんな混乱を起こしておいて…?

 面白い?帰る?また、来る?


「ふっざけんなァ!!!!トットちゃんに謝れェ!!!!!!」


 しっちゃかめっちゃかしておいて帰るだと?

 どこの国も重役は変わらねぇなぁ!!

 配慮が足りない。発言の重さも足りない。

 責任感はどこやったんだ!!


 私は荒く息を吐いてその言葉たちを喉の奥にしまい込んだ。


「シェリー、ちゃん…」


 またメリィさんが出会った時のように顔を青くしているが、今は自分を押さえるので精一杯だった。


 ごめんなさい、メリィさん。

 でもやっぱり私、身分を笠に着るような人は嫌いですの。


 あの野郎、今度会ったら覚えておけ。

 トットちゃんと私の恨み、絶対に晴らしてやる。


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