第5話 悪女の所以。
(※暴力の表現がございます。苦手な方はご注意を。)
「ここかぁ?ニンゲンがいるって店は!」
彼らは、まだ開店してもいないお店へ入ってきてはテーブルの上へ足を上げて座った。
なんて粗雑でマナーの悪い。
それに何だか見たことのない容姿をしていらっしゃるわ。
多くのお客様を見てきたけれど、こんなに毛がなく、獰猛な目をしていて、鋭利な歯を持っているひとは見たことがなかった。
メリィさんは私を隠すように奥へ追いやると、ふるふる小刻みに震えて彼らの前へ出た。
コボルトさんはまだ買い出し中だ。
「な、何のご用ですか?お店はまだ―――」
「ニンゲンはいるのかって聞いてんだよ!!」
「きゃあっ!」
ガタンッと派手な音がして、私は思わず影から飛び出した。
「何ですか。私がその人間ですが?」
うずくまっているメリィさんに怪我はなさそうでほっと胸をなでおろし、助け起こす。
柔らかい緑色の瞳が心配そうに揺れている。
私はにっこり微笑みを返して、目の前にいるトカゲもどきの魔物をキッと睨みつけた。
対して彼らは余裕の笑みを浮かべている。
「お前か。」
「悪くないんじゃないか?」
「そうだな。」
彼らは舐め回すように私を見て、ブツブツと話し合っている。
「随分と不躾な視線ね。不愉快だわ。」
私がそう言えば彼らは毛のない眉を寄せて私を睨んだ。
これで対等に目が合いましたわね。
私がいつも意識していること。
私にとっても得体の知れない魔物と、極力目を合わせることだ。
そうすることで、少なくとも感情を持つ生き物として見てくれる。
お互いに、そうだ。
それが今回吉と出るか凶と出るか分からないけれど、話が通じるなら話した方が良い。
「何のご用ですかと聞いていますわ。」
フン、と私は精一杯強がってみせる。
ただの人間嫌いではなさそうな様子に、歯を食いしばっていないと震えだしそうだった。
「見たところ、アンタ奴隷として働いてる訳じゃなさそうだな。」
「奴隷紋もねぇっす。」
「もしかしてあなた達は…!!」
ハッと声を潜めたメリィさんを振り返る余裕もなく、彼らは私を取り囲んだ。
奴隷?今奴隷とおっしゃったの?
「お嬢ちゃんには悪いが、一緒に来てもらう。抵抗しなければ傷付けないと約束してやる。」
「ちょ、やめてっ!―――触らないでっ!」
羽交い締めにされそうになるのを、背をかがめたり腕を振り回して必死で抵抗する。
捕まったらどこへ連れていかれるか。
きっとここよりもずっと酷いところだろう。
「おい大人しくしねぇか!」
「何モタついてる!ちっ、おい女!」
トサカが一番大きい魔物が焦れたように声を上げる。恐らくリーダーだろう。
その筋肉で盛り上がった腕には、メリィさんが囚われていた。
青ざめた顔でもがいているが、その力の差は歴然としている。
「メリィさんを離しなさいっ!!!」
「じゃあ大人しく来るんだな。」
私は言葉を詰まらせる。
メリィさんには感謝している。
だけど私はそこで分かりましたと言えるほどできた人間ではなかった。
ゴブリンにさらわれてきて、そのまま奴隷として売り飛ばされてもいなければ、出会った魔物に傷付けられたり攻撃もされていない。
ただ私は頑張っていただけだ。自分のできることを精一杯。
だんだんと荒くなる呼吸は、
怯えているのか憤っているのか分からなかった。
「…いい加減に、してよ……」
消え入りそうな声に、彼らはせせら笑う。
「あん?」
「来る気になったか。」
「メリィさんとお話をさせてください……」
俯いてそれだけ言うと、リーダーは殊勝な顔でゆっくり近付いてメリィさんを離した。
囲んでいるから何もできないと踏んでの行動だろう。
狡猾だわ。
「見た目も醜ければ、中身も醜いのね!!」
メリィさんをぎゅっと抱き締めるなり私は叫んだ。
「コイツ…!!」
「ボス!」
「構わねぇ、やれ!」
ビキビキと青筋を立てた彼らは、筋肉を隆起させて飛び掛ってきた。
私はメリィさんを突き飛ばし、服の中に忍ばせていたカトラリーのナイフをしっかり握る。
体術も剣術も習っていないけれど、
知っていることがある。
――――男性の急所と、人体の急所を。
「食らえこのクソ野郎ォ!!!!」
敵は3人。
まず正面から来たリーダーの足の間に真っ直ぐ足を突き出す。
ぐにゃりと気持ちの悪い感触がつま先に伝わったけれど、気にしないでそのまま膝を着いた彼のトサカを思いっきり引っ張りながらその勢いを利用して私は前方右横へ移動した。
「グェ」
私が立っていた場所へ勢いよく倒れたその頭を、右から突っ込んできたもうひとりの魔物が思い切り踏みつけてしまい慌てて飛び退く。
「う、うわあぁボス!!」
「てんめぇ!!」
メリィさんを突き飛ばしたせいで出遅れたもうひとりが、紐を手に迫ってきた。
「ぎゃああっ」
グッとナイフを握ると、何もしていないのにその男はドサリと倒れてしまった。
「大丈夫か?」
息を弾ませたコボルトさんがひしゃげたお玉を手にしている。
しかし私が息つく間もなく苛立った声が聞こえた。
「く、くそぉ!!」
もうりとりがボスを抱えて出ていこうとするが、足をもつれさせて転んだ。
私は考えなしにその魔物の硬い尻を踏みつける。
つんのめって倒れた魔物は、顔を引きつらせて私を見上げた。
「も、もう何もしねぇよ!アンタのことは諦めるから…!!」
「それ、信用できないわ。」
奴隷と口にする人を、どう信用しろと言うのかしら。
「う…っ」
急所を強く蹴ったからか頭を打って気を失っていたのか、共倒れになって転がっていたリーダーが目を覚ます。
「ねぇあなた。あなたが誓ってくださらない?」
「ひ、ひぃっ!?」
私は尖ったナイフの先端をその眼球すれすれに突きつけてもう一度言う。
「二度とここに近寄らないと誓ってくださる?」
「わ、分かった!誓う、誓う!!!」
そこでようやく私は立ち退く。
「言質は取ったわよ。…次は潰すからな。」
そっと呟いた言葉にリーダーは唇を震わせ、仲間を引きずりながら転げるように出て行った。
「シェ、シェリー、ちゃん…?」
振り返ると、絶句しているコボルトさんと目をぱちくりさせたメリィさんがこちらを見ている。
「まぁ、やだ…」
私はカランとナイフを落とすとその場に座り込む。
全身の力が抜けるとはまさにこのことかと息を吐いた。
今になって震えが止まらない。
「だ、大丈夫か?」
コボルトさんが遠慮がちに手を差し出してくれるけれど、首を振ってそれを断る。
「ええ…ごめんなさい。私必死で、何だか…怖がらせてしまいました…ね?」
目に見えて私と距離を取るメリィさんに聞くと、恐怖で瞳孔が開いてる。
「別人のようで怖かったけど…でも追い払ってくれたから…」
ありがとう、と言われて複雑な気持ちを抱いたのは初めてだ。
私は曖昧な笑顔を浮かべて言った。
「あれだけ脅せばもう来ませんものね!」
発言が良くなかったのかもしれない、今日は大変だったからお休みして良いと言ってくれたメリィさんの目が、どこか遠くを見ていました。
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