第4話 新しい生活。
「シェリーちゃん、これお願いするよ。」
たくましい体と立派な角を持った雄牛のブルさんに呼ばれ、私は新鮮な野菜が盛られた大皿を両手で持ち上げる。
重い…けどそうは言ってられませんわ。
私の周りには小柄な体で一生懸命お皿を運んだりテーブルを拭いたりと動き回るメリィさんに、私の背丈の半分ほどしかないウサギのトットちゃんが忙しなく働いている。
貴族令嬢だったからと甘えていられないのは分かっているし、何より、こんな種族の違う私を受け入れてくれた優しいひとたちに恩返しをしたい。
その一心で私は顔に笑顔を浮かべて元気に言う。
「お待たせ致しました。本日のサラダです!」
「ひぅ…っ」
サイのように大きなお鼻?角?を持ったお客様が驚きに顔をのけぞらせる。
失礼しちゃうわ。私、あなたよりも何倍も小さいのですわよ?
「本当に人間がいるわ。」
「どうする?他のお店に行く?」
店内に入った途端私を見てコソコソと話しをする小動物系のお客様方に近寄って、私はにっこりと笑顔を浮かべる。
「ええ、私が人間ですわ。食べたりしないしそんな力も趣味もないのでご安心して食べていってくださいな。今日はメリィさんが腕によりをかけて作ったキャロットソースがおすすめですよ!」
きょとんとしていた二人は、キャロットソースという言葉に耳をピンと立てて大人しく空いているテーブルについた。
まあ。脅している訳ではないのに…
けれどこの反応も、一週間働くうちに慣れましたわ。
抵抗があったけど、好奇の目で見てくるひとには声を掛け、顔を青ざめているひとがいれば必要以上に近寄らない。
それを徹底していたら、どうやら少々噂になってしまったようで。
「大丈夫かいメリィちゃん。あの女に脅されてるんだろう?監察官へ報告しようか。」
「大丈夫よデリーおばあさん!シェリーちゃんはとっても優しくて働き者なんだから!」
メリィさんはどうやら私に脅されているみたいですわ。
くすくすと私が笑うと、アルマジロのおばあさんは顔を赤らめて眉を下げた。
「良いんですよ。私は得体の知れない人間の女ですもの。何かあれば迷わず突き出してください。」
私が人畜無害であることを証明する手立てはない。
働きぶりや仕草、言動…その全てで証明しなけてはならない。
毎日、マナーレッスンを受けているみたいだわ。
だけど常に人目を気にして動くことは私にとって造作もないこと。
貴族令嬢であったが故に体得していることは多いのです。
そのおかげというか人間であることが目立ってしまったからか。
ひと月もすればお店は連日行列になるほど大盛況になってしまいました。
逆に迷惑になっていないかしらと心配していたけれど、遠方にいる両親に手紙を送るくらいメリィさんは喜んでいるし、調理器具も最新のものに買い替えたりと、悪いことではないみたい。
「ありがとうシェリーちゃん、こんなに忙しくて嬉しいの、初めてよ!今日もお疲れ様!もう上がって!」
すっかり仲良くなったメリィさんが本当に嬉しそうに私に笑いかけてくれる。
私もつられて嬉しくなって、笑い返す。
「そう言っていただけて私も嬉しいですわ。お疲れ様です。」
私は今日はお昼だけの給仕だった。
2階へ上がって袖の無いワンピースに着替えると、そのまま再びレストランへ戻る。
「シェリーちゃんお出かけかい?」
「ええ!今日はもうお休みをいただいたので、外でゆっくりします。」
「へぇそうなのか。気を付けてね!」
「ありがとうございます!」
常連さんにそう返事をして、厨房に置いてあるランチボックスを手に取ると裏口から外へ出た。
自室にいても階下の騒がしさが聞こえてきて休もうにも休めない。メリィさんがおすすめの休憩スポットを教えてくれた。裏庭だ。
木々は腕一杯伸ばして日光を受け、木漏れ日が心地良い。
広い裏庭にはハーブがたくさん栽培されていて、毎朝摘んできたハーブで紅茶を飲むのがたまらないのよね。
大きな木の根元にあるベンチに腰掛けて、ケープを羽織り直し今日のランチボックスを開く。
これは毎日、料理長のブルさんかその息子のコボルトさんに用意してもらう。
体が大きい雄牛の家系だからか、最初から二人は私を怖がらずに受け入れてくれた。
メリィさんの両親の代から一緒にやっている彼らは、店の人出が増えて私にやる気があるのなら文句は言わないと硬い表情で言ってくれたことがどれ程励みになったことか。
他の従業員も、メリィさんとブルさんが認めているのならと渋々了承してくれたわね。
あの日、メリィさんに話しかけて良かった。
「美味しそう。」
サラダがいっぱいに挟まったバケットは私のお気に入り。
ここへ来てからサラダとパンしか食べていないからかお肌も体も調子が良い。
最初は恋しかったベーコンやステーキも、今となっては記憶の彼方だ。
お肉を食べないなんて生きていけるのかしらと思ったけれど、
そんな心配こそ杞憂だったわね。
ふふっと笑ってバケットを頬張る。
こんな開放的な食べ方も、振る舞いも、ここへ来て初めて知った。
まだメリィさんのレストランの敷地外へ出たことはないけれど、少しはここの生活にも慣れて元気にやっていけている。
このままこうして暮らしていくのも悪くはないわ。
給仕もなかなか向いているかもしれない。
やるじゃないの、私。
働いた後の心地良い疲労感も、常連さんが声を掛けてくれるようになったのも、ここでの何もかもが私を支えてくれている。
メリィさんには感謝してもしきれないわ。
もっと頑張らないと。
そのためには何をすべきかしら。
私が人間だからと好奇心で来て下さる方もいて、中にはあからさまに人間を毛嫌いする方もいるけれど…
それはまだ記憶に新しい、2日前の出来事だった。
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