第2話 食い違いと和解。
「あら、立派なレストランですこと。」
震えるメリィさんが案内してくれたのは、木の温もりある2階建てのログハウスでした。
立て看板にはCLOSEと記してある。
水色と黄色のステンドガラスがはめ込まれた木のドアを押し開けると、親しみやすい雰囲気の高さの異なる丸テーブルや椅子が並んでいた。
奥には少し広めのキッチンがあり、きっと人気の店なのだろう。従業員のエプロンがいくつか最奥の壁のフックに引っ掛けられていた。
2階部分は居住スペースにもなっているようで、室内はきっとカントリー風なのだろうなと容易に想像がつく。
内装も外観も、想像よりもずっと祖国のものと近い。むしろ椅子や食器などのサイズ違いを除けばほぼ同じだ。
そうして屋内を見回していると、隣のメリィさんはがばっと頭を下げた。
「ど、どうか命だけはぁ…!」
「うん?」
滑りこむように前に出たかと思うと、メリィさんは涙をこぼしながら切々と訴えてくる。
「わ、私はっ隠居した両親から店を受け継いでこの6年必死に店を切り盛りしてきましたっ!従業員も皆良い方達で人間を襲うような者はこの地区にはおりませんし、それぞれ色んな思いがあってここで働いているんです…!私はっここでっあなたに食べられる訳には…うぅっ!」
あら、6年も頑張ってひとりで…
「え?」
嗚咽交じりに紡がれる言葉に私は絶句して何歩か後退った。
「食べ、る…?私が?あなたを?」
私の一言一句一挙手一投足に肩を震わせながら必死に頭を下げたままのメリィさんに、首を傾げてみせる。
「なぜ?」
いや、なぜ?
口に出しても心の内でまた同じことを思う。
メリィさんは震えながらもその場から動かない。動けないのかもしれないが、ここから逃げたら店がどうなるか、と案じているのかもしれない。
何はともあれそんなメリィさんの心根がとても良いという確信を得られたのは嬉しいやら悲しいやら。
それでもそろそろきちんとお話をしなければ、と私は少しかがんでメリィさんに目線を合わせようとした。
ギュッと目を閉じられていて、綺麗な緑色の瞳は見られないけれど。
「メリィさん。私、あなたを食べたりしませんよ。」
けれどメリィさんはブルブルと首を左右に振る。
「だっ、だって…!人間は、羊を食べるでしょうっ!!?」
「えっ…それは、そうね…そうだわ…」
嘘をついても仕方ないと思って頷くと、わぁっと酷く泣き始めてしまった。
え、えー…
メリィさんの気持ちとしては、彼女は羊と同列なのね…
確かに人に近い姿はしているけれど、鼻先はピンクで全体的にスエードのようなうぶ毛が生えているし、くるくるの白い髪の毛も羊の毛に近いものを感じるけれど、それくらいだ。
私的にはもっとこう、魔物寄りの自覚があるのかと…
「メリィさんメリィさん。私あんまり羊肉は食べないのよ。もちろん、食べたことはあるんだけれど。」
メリィさんは青ざめた顔で、はた、と涙を止める。
あ、そうじゃなかったわ。
もっと友好的なことを示さないと。
「ええとね、私のいたところでは、メリィさんのようにお話をする羊さん…?がいなくて、食べることが普通だったの。でも私はメリィさんとお友達になりたいと思っているから、餓死しそうでもメリィさんを食べたいとは思わないし、メリィさんのお友達に例え牛さんや豚さんがいても食べたりしないわ。約束しましょう。」
理由はどうでも泣くのを止めてくれたからきちんと話を理解してくれたようで、おずおずとメリィさんは目を合わせてくれた。
良かった。少しは心を開いてもらえたかしら。
少なくとも捕食者ではないと。
「ほ、ほんとうですか……?」
グス、ズビ、と鼻をすするメリィさんに私はポケットからハンカチを取り出す。
良かった、ハンカチは持っていて。
「だから安心してくださいな。私はこちらに友人はいないし、この身一つでこれから生活しなければならないの。メリィさんだけが頼りなのよ。むしろ、私の命はあなたが預かっているも同然だわ。」
ふふっと悪戯っぽく微笑むと、やっとメリィさんはハンカチを受け取って鼻を拭いてくれた。
ああ、返さなくていいのよ。
「…ありがとうごばいまふ…ふみまへん、私…」
やんわりと私はハンカチを押し返して、メリィさんを覗き込むようにしゃがむ。
「良いんですよ。私たち人間は、魔物は人間を食べるものとして知られてますから。怖がらせてすみません。」
にっこりと笑えば、ぎこちなくも笑顔を返してくれる。
ゴブリンたちも他の魔物たちも、私を食べるどころか捨てていくわ遠巻きに観察するわ失礼極まりないが、殺されないだけ良かったと今なら思える。
「先ほどは失礼しました…恥ずかしいですぅ…。」
メリィさんが落ち着いたところでこれからの話し合いをすべく、食堂の椅子に座る。
こちらの状況を理解して貰って、給仕として雇ってくれるとまで言ってくれた。
「でも、私たちも人間が怖いので問題は受け入れてもらえるかどうかなんですけど…とりあえず、お部屋は階段上がってすぐの部屋を好きに使ってください。」
「ありがとうございます。本当に嬉しいですわ。」
そうお礼を言うと、メリィさんは視線をさ迷わせ、ためらいながら口を開いた。
「あ、のぅ…もう少し、普通に話していただけますか……?」
私が動きを止めると、慌てたように付け足す。
「あっとても上品で素敵なんですけど!うちのお店はそんなに高くないし、もう少し親しみやすくして貰えたらなって…」
ああ、そう。そうでしたね。
私は大きく頷いて笑った。
「確かに、気を付けます。それならメリィさんも従業員相手に敬語はやめましょう。」
あくまで私はメリィさんと仲良くしたい。
その気持ちが伝わったのか、ようやく砕けた笑みを見せてくれた。
この調子でどんどん他の従業員と仲良くなれますように。
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