クロスチャイルド 第1章 ミラク編 6 [1/4]

「見ーつけたっと…。結構先に行っちまったな。」


街の街灯に登り、閑静な住宅街で悪目立ちした存在感を放つ、幌に覆われた軍用トラックの行く先を見下ろす。


口角だけを上げて笑うと、ハダルは地面に飛び降りた。


その時、後ろからけけたたましいエンジン音が閑静な住宅街に響き、真っ赤なスーパーカーがハダルの隣で止まった。


「おぅ、ユキ、遅かったじゃん。」


「クリスチャンに借りたんだ。これが一番早いって。」


夫妻は車好きというわけではないが、税金対策のためいくつか高級車を所有していて、シザードア仕様のそのエアカーは最高時速500キロまで到達する世界でも言わずと知れたスーパーカーだ。


車と言うよりはマシンに近い。


ユキは、ミラクとアーサーが船に乗るのを見届けた後、そこにいた戦闘員の全ての息の根を止めた。


そこには何の感情も置かれず、よく研がれた鋭利な刃物で肉を断つように、とてもあっけなく、簡単に息たえた。まるでルーティン化された作業のようだった。


それから、ハダルと連絡を取り、合流して今に至る。


「これ自動運転じゃないぞ。完全に走り屋の娯楽用だ。運転できるのかよ。」


今では自動運転が主流で、完全に自分で運転するタイプは珍しい。


余程車好きの人間か、運転手を使いたい見栄っ張りくらいしか需要はない。


よって生産数も少ないためとても高価な代物である。


「運転したことはないけど、さっき一通り車の運転の情報をインプットしたから大丈夫。ガラスも防弾・防レーザー仕様みたいだし…。オートだとスピード出せないから逆にいいんじゃないかな。…まぁ話している暇はないね。追いかけようか。」


「さっすが天才…。ユキ様にかかればどんな問題も楽勝だな。」

あっぱれ。というようにハダルは両手をあげる。


基本的にユキは一度見てしまえば大体のことは出来る。


これはクロスチャイルドの特性の一つで、普通の人間より記憶力がいいのだ。


特にユキはクロスチャイルド始まって以来のIQの持ち主で、更に記憶力や洞察力・俯瞰してものを考えられる能力に優れている。


頭の回転が物凄く早く、ナイルワニやシャチには自然界の法則に準ずると力では負けるはずだが、それを頭でカバーするのがユキだった。


ハダルが車に乗り込むと、ユキは思いっきりアクセルを踏み、機体を揺らす騒がしいエンジン音ともに急加速し、宙を切り裂きながら出発した。


目標は夫妻を乗せた軍用トラックだ。


「しっかしまぁ…。戦時中は水と食料と資源の奪い合いで戦争していたってのに、今じゃ情報で喧嘩かよ。まぁ、豊かになった証拠かな。」


と、ハダルが悪態をつく。


「戦う理由なんてそんなもんだよ」と、ユキ。


「ま、自分達の利権がおびやかされるという大義名分さえあれば、人間は戦う理由なんて何でもいいんだな。」


ハダルは皮肉っぽく微笑んだ。


ハダルは今年で28歳。8歳の時には兵器として使い物になっていたはずだから、丸20年戦いの現場にいることになる。


こたびの任務は、急速に発展する新しい世界観の鬩ぎ合いを垣間見ている様だ。

戦いの歴史は、常に覇権争いと利権の確保。


その筋の一番を目指して国が対立し、自国の防衛のためならば、どんな手段も問わずに高々と仮想敵を作り出して攻撃する。 


時代が変わり、内容や戦い方が変わっても、目的は変わらない。


常にそばにはお金と利権が存在し、どんなに人が減っても、住む場所が減っても、何も変わらず争っている。


「丸20年見てきたけど、自動戦闘機は既に実用化されて今や立派な兵士だし、その内、宇宙空間に戦艦ぶち上げてロボット同士で殺しあう世の中かもな。昔のSFアニメみたいにさ。」


ハダルは首に巻いた包帯をきつく巻き直すと、ため息をついた。


先ほどシャチのクロスチャイルドと闘り合った時の傷が腕や首に痛々しく傷跡として残っている。


ハダルの肌は透けるように白いため、、その生々しさはいやに目についた。


「よく…生きていたね」


ユキは横目でハダルの傷を確認した。


傷は深く痛々しいが、ハダルはクロスチャイルドだ。


人間では致命的な傷も、クロスチャイルドには全く効かないものもある。


ともするとアーサーの傷の方が重症だろう。


ハダルの傷は放っておいても大丈夫そうだ。今のところは。


「あぁ、これか?当たり前だろ。」


ハダルはなんでもないように勝ち誇った顔で、にやりと微笑んだ。


シャチのクロスチャイルドはユキやハダルと同じように、基本的に爪で切り裂いたり、牙で噛み砕いたりする、打撃系の能力を主に使う。


水を操る能力があると聞いたことはあるが、レーガン邸の屋敷付近には海も川もなく、噴水が庭にあったがその水を使った痕跡もなかった。


あるとすれば、やはりシャチの特性を生かしたあの攻撃しか考えられない。

ユキは念には念を入れ、ハダルにある物を渡した。


「なんだよ、これ」


「念の為。」


毒系のクロスチャイルドに傷をつけられた時には、解毒が必要になる場合もあるが、その心配もないだろう。


「お前の『念の為』はこえーな。」


ユキは付け焼き刃とは思えぬ運転で、ハイウェイの法定速度を大幅に無視して追いかける。


ハダルがパーティーの前に夫妻にGPSをつけたが、まだこれが相手に気づかれていないようだ。


「この道は…空港か?」


トラックなどの荷物を運ぶ車は下、人間を運ぶ車は上、という風に空路も仕分けがされている。


荷物輸送レーンは人間を運ぶレーンよりもスピードを出していい決まりになっていて、そこのさらに上からトラックを捉える形で進んでいく。


軍用のトラックはハイウェイを降りたようで、GPSが指しているのは空港に近い出口だった。


「お国に帰って拷問でもする気か?」


「そうなったら国際問題に発展するね。」


「あの国がそんなことを気にすると思うか?」


「…気にしないだろうね。」


今回のクロスチャイルド保有国であるフェイ国は、全く内情が見えない共産主義国で、国全体の全てをウェン一族率いる国家が統率しまとめている宗教国家のため基本的に鎖国状態で、一度国に入ってしまえば簡単に手出しはできない。


「一旦国に入っちまうと面倒だな」


「そうだね。」


ユキは速度をさらに上げた。


世界中から集まった信者の中でもよりすぐりの人間を戦闘員として育て上げ、国家的犯罪集団としての地位を裏社会で確立している国と聞いているが、それらは人身売買や拉致など、様々な噂が混在している。


フェイ国にはクロスチャイルド作成計画が始まって間もないころ、仲介役を通してクロスチャイルドを斡旋した。


また、今回の影の支援国でもあり、黒幕でもある大国アイソンは、敗戦後、復興し、近年高度経済成長によりGDPは世界第1位にまで上りつめ、目まぐるしい成長とともに、この30年の間に再び経済大国へと返り咲いた国だ。


完全無欠の社会主義国家のため、敵に回すと厄介だ。


「なんとか、空港でケリをつけないとな。」


ハダルは金色の瞳をぎらりと光らせ、奥歯をひきむすんだ

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